『新聞配達――届けるという祈り』
第1章 未来なんて見えなかった
銀行を辞めたあと、しばらくのあいだ、僕は「次に何をしたいか」を考えなくなっていた。
考えても仕方がないと思っていたし、何かを望んだところで、どうせまたうまくいかなくなる気がしていた。
コンビニでは、人並み以上に働いた。というより、自分でも少し異常だったと思う。
仕事を覚え、人に頼られ、店を回し、それなりに誇りも持っていた。
でも、うまくいかなかった。
恋も、仕事も、人生も、全部が少しずつずれていった。
気づいたときには、身体も心も、ずいぶん薄くなっていた。
そんな頃に選んだのが、新聞配達だった。
夢があったわけではない。
新聞に思い入れがあったわけでもない。
きっかけは、積立制度だった。
四年間働けば、二百万円に会社が百万円上乗せしてくれる。
四年で三百万。
それだけ貯めて、辞める。
最初から終わりを決めて入る仕事なんて、たぶん普通はあまりない。
でも、当時の僕には、その“終わりが見えている”ことが妙にありがたかった。
未来に期待できなくてもいい。
四年だけ生き延びればいい。
そう思えた。
「四年で辞めます」
入った初日に、僕はそう言った。
今思うと感じの悪い新人だが、そのときの僕には、それくらいしか自分を守る方法がなかった。
ここにずっといるつもりはない。
深入りしない。
期待しない。
傷つかない。
そのための予防線だった。
ところが、不思議なことに、誰もそれを咎めなかった。
「そうなんだ」
「まあ、まずはやってみなよ」
「四年後にまだいたら笑うけどな」
みたいな感じで、みんな普通に受け入れてくれた。
新聞配達の仕事は、単純だった。
朝が異常に早い。
寒い。
眠い。
暗い。
雨の日は最悪。
夏は汗で服が張りつく。
冬は手がかじかんで新聞がうまくつかめない。
それでも、毎日、新聞は来る。
そして、毎日、配らなければならない。
そこに言い訳はない。
逆に言えば、それがよかった。
過去を語らなくていい。
夢を聞かれなくていい。
希望を持っているふりをしなくていい。
目の前の新聞を持って、決まった順路を回って、決まった家のポストに入れる。
それだけだった。
その“それだけ”に、救われていた。
朝が早すぎて、世界にまだ誰もいない。
バイクのライトだけが道を照らして、住宅街は息をひそめていた。
ポストの口は冷たくて、冬の金属は指先に痛かった。
公園のそばを通ると、夜の湿気と木の匂いが残っていた。
どこの家もまだ眠っている時間に、自分だけが街を走っている。
その感覚が、少しだけ好きだった。
毎朝、誰かのポストに新聞を入れる。
顔を合わせるわけじゃない。
感謝されるわけでもない。
誰かの一日が、そこで始まる気がした。
それだけで、少しだけ、自分もこの世界に残っていた。
若い仲間たちもいた。
最初は関わる気がなかったのに、気づけば笑っていた。
配達が終わったあと、コンビニの駐車場で缶コーヒーを飲みながら、どうでもいい話をした。
誰かの恋愛話で盛り上がったり、失恋話で急に静かになったり、朝の変なテンションで無駄に笑い転げたりした。
“あれ、こんなふうに笑うの、久しぶりだな”
と思ったことを覚えている。
ただの仕事だと思っていた。
でも、その“ただ”に、少しずつ整えられていった。
未来は見えなかった。
見えなくてもいいと思っていた。
でも、今を生きることだけは、できた。
風の冷たい朝に、配達を終えて深呼吸すると、「ああ、今日は生きてる」と思える日があった。
それだけで、もう少しだけ、やっていける気がした。
第2章 届けるという祈り
新聞配達の四年間で、いちばん忘れられないのは雪の日だ。
東京で、これまで見たことのない大雪が降った朝だった。
午前一時半。
目を覚ました瞬間、外の空気がいつもと違っていた。
窓の向こうの街灯が白く滲んでいて、世界全体が妙に静かだった。
外に出ると、道は真っ白だった。
雪国育ちの僕には、雪の音がわかる。
足を踏みしめたときの、ぎゅっ、ぎゅっ、という鈍い音。
それを東京で聞くのは、変な感じだった。
懐かしいのに、場違いだった。
配達所に着くと、もっと異常だった。
バイクが雪に埋まっていた。
チェーンなんて何の意味もなかった。
タイヤが地面に届いてないんだから、どうにもならない。
そのとき、ようやく理解した。
今日は歩くしかない。
新聞を十部ずつ抱えて、雪の中を歩く。
配る。
戻る。
また抱える。
また歩く。
たったそれだけのことが、地獄みたいにきつかった。
片道五十メートルが遠い。
百メートルが、気の遠くなる距離に感じる。雪は膝まで埋まり、足を抜くたびに体力が削られる。
指先の感覚は消え、手袋の中は濡れていた。新聞は滑るし、何度も雪の上に落とした。
それでも、拾った。
配った。
また歩いた。
やめなかった。
途中で一度、雪の上に倒れ込んだ。
頬に当たる雪は、痛いというより、妙にやさしかった。
このまま少し寝てもいいんじゃないか、と思った。
でも、ここで寝たら死ぬ、とすぐにわかった。
東京の雪で死ぬなんて、誰にも信じてもらえないだろうな。
そんなことを考えながら、また立ち上がった。
あの日、僕は何のために配っていたのか。
会社のためでもない。
ノルマのためでもない。
もう途中から、それは仕事というより意地だった。
目の前の一部を届ける。
それをやめたら、自分が自分じゃなくなる気がした。
そして、不思議なことに、あの日のことを思い出すと、いちばん最初に浮かぶのは雪じゃない。
人の声だ。
玄関の扉を少しだけ開けて、年配の女性が言った。
「大丈夫? 配達してるの?」
その声には、本気の心配があった。
そして最後に、
「気をつけてね。ありがとうねぇ」
と言ってくれた。
別の場所では、雪かきをしていた人たちが声をかけてくれた。
「配達? がんばってねぇ!」
「無理しないでね!」
「滑るから気をつけて!」
僕はそのたび、言葉にならないまま頭を下げた。
あの声がなければ、たぶん途中で折れていた。
誰にも見られていないと思っていた。
でも、見ている人はいた。
たった一言で、人はこんなに救われるのかと思った。
その日の配達は、十二時間かかった。
最後の一部をポストに入れたとき、全身の力が抜けた。
やっと終わった、と思った。
空を見上げると、雪は弱くなっていて、街がようやく息を吹き返し始めていた。
あの日、僕ははっきり思った。
届けるというのは、祈ることに似ている。
顔も知らない誰かに、今日を渡す。
何も言わずに、ポストにそっと差し込む。
それだけなのに、そこには確かに願いがある。
無事に届きますように。
今日が始まりますように。
その人がちゃんと今日を生きられますように。
新聞を配っていたつもりだった。
でも本当は、僕自身があの仕事に運ばれていたのかもしれない。
四年と少しの最後の日、配達所のリーダーに
「今朝が最後の配達です」
と告げた。
みんな、いつも通りだった。
でも、その“いつも通り”が、やたらとあたたかかった。
ある先輩に、
「お前、最初、死んだ魚みたいな目してたのに、表情変わったよな」
と言われたことがある。
笑えなかった。
でも、たしかにそうだったんだと思う。
新聞配達を始めた頃の僕は、生きてるというより、死んでないだけだった。
未来もいらないと思っていた。
期待するのも疲れていた。
でも、朝は毎日来た。
新聞も毎日来た。
そして僕は、それを届け続けた。
その繰り返しの中で、少しずつ、人間に戻っていったんだと思う。
最後の配達を終えた帰り道、丘の上で見た朝焼けは、やけに静かだった。
きれいというより、やさしかった。
所長が最後に手を差し出してくれた。
握手しながら、背中を軽く叩かれた。
「お前、よく頑張ったな」
その一言で、止めていたものがほどけた。
積立満期の金額が口座に並んでいるのを見たときより、その言葉の方が、ずっと重かった。
未来なんて見えなかった。
でも、ここで僕は、未来を受け取る準備をしていたんだと思う。
新聞はもう配らない。
けれど今でも、あの頃の朝を思い出すことがある。
ポストの蓋が閉まる音。
雪の中の足音。
「ありがとうねぇ」という声。
そして、配り終えたあとに空を見上げて、「ああ、今日は生きてる」と思えた朝のことを。
気づいたときには、前みたいな顔をしていなかった。
配っていたのは新聞だった。
でも、運ばれていたのは、たぶん僕の方だった。
僕は、このお金で“やり直す”つもりだった。
でも実際にやったのは――やり直しじゃなかった。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あの四年間で、僕は一度、ちゃんと立ち直っていた。
だから――
また落ちても、もう一度立てた。
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