スポーツ短編小説集①『セパタクロー』
はじめに
セパタクロー──東南アジア発祥の、手を使わず足や頭でボールを蹴り合う競技。
高さ1.5メートルほどのネットを挟み、アクロバティックなジャンプと回転技が飛び交うその光景は、まるで空中格闘技のようだ。
強烈なスマッシュ、華麗なレシーブ、そして一瞬の駆け引きが、観客の息を呑ませる。
この短編小説集では、セパタクローをテーマに五つの異なるジャンルで物語を描く。
スポーツの熱狂だけでなく、その裏にある人間模様や不思議な出来事まで──。
セパタクローとは
セパタクローは、マレー語で「蹴る」という意味の「セパ」と、タイ語で「ボール」を意味する「タクロ」を組み合わせた名前のスポーツ。
直径約12cmのラタン製ボールを、足・膝・胸・頭などで扱い、ネット越しに相手コートへ返す。
1チーム3人制で、バレーボールに似たルールだが、手は一切使えない。
そのため、空中で回転しながら放つ「ローリング・スパイク」や、頭上から落とす「サーブ・スマッシュ」など、独自の必殺技が多い。
東南アジアでは国技級の人気を誇り、ASEAN大会やアジア競技大会でも常連種目。
見た目の派手さと技術の高さから、世界中で愛好者が増えつつある。

ホラー短編:呪われた試合
東南アジアの古びた体育館。
床板には長年の汗と泥が染み込み、天井から吊るされた電球がゆらゆらと揺れていた。
決勝戦を控えた日本代表の若手選手・真司は、試合前に更衣室の片隅で奇妙なボールを見つけた。
籐で編まれた古びたそれは、まるで血のような赤い染みが絡みついている。
「これ…使ってみようかな」
何気なくボールを蹴った瞬間、足首に冷たい感触がまとわりついた。
そして耳元で囁く声──
「決して…落とすな…」
試合が始まると、真司の体は異常なほど軽くなり、空中で宙返りしながら鋭いアタックを決めていく。
しかし相手選手の一人が、そのボールを受けた瞬間、首を押さえて倒れ込んだ。
顔は真っ青、口から黒い液体がにじみ出ていた。
審判がボールを拾おうとすると、なぜか手を滑らせて落としてしまう。
そして観客席の誰かが低く笑った。
「次は…お前だ」
ボールはコート中央に転がり、まるで生き物のようにゆっくりと真司の足元へ戻ってきた。
試合はまだ、終わっていなかった。
ミステリー短編:消えたボールの謎
アジア大会の準決勝。
日本代表は接戦の末、あと1点で勝利という場面を迎えていた。
しかし、その瞬間──ボールが消えた。
コート上も、ベンチも、観客席も探したが見つからない。
審判団は混乱し、試合は一時中断。
チームマネージャーの美咲は、ふと照明塔の上に目を向けた。
そこには誰もいないはずなのに、影が一つ。
その影が何かを手にして、素早く屋根裏へ消えた。
美咲は裏階段を駆け上がる。
しかし屋根裏には、古びた籐のボールが1つ転がっているだけ。
手に取ると、それは大会公式のものではなく、数十年前に製造された希少なモデルだった。
──戻ってみると、試合はなぜか再開されており、コート上には消えたはずのボールがある。
美咲が持ってきた古いボールは、さっき見た瞬間よりも新品のように輝いていた。
誰も、その入れ替わりの瞬間を目撃していない。
だが彼女は確信した。
この会場には、ボールをすり替える「何者か」が潜んでいる──。
恋愛短編:空を翔ける約束
インドネシアの小さな港町。
由衣は、観光で訪れた公園でセパタクローを練習する青年アリフと出会った。
裸足で砂の上を駆け、信じられない高さのジャンプでボールを蹴る彼の姿に、目を奪われた。
言葉は片言。
でも、毎日夕暮れになると二人は公園に集まり、笑いながらボールを蹴り合った。
由衣は何度も失敗し、そのたびアリフが優しくボールを拾ってくれた。
帰国前夜、海辺のコートで最後の試合をした。
夕陽が沈む瞬間、アリフは跳びながらボールを由衣の足元へと優しく落とした。
「君がまたここに来たら、一緒に大会に出よう」
そう言って差し出されたのは、彼がずっと使っていた籐のボール。
由衣はうなずき、胸が熱くなった。
──一年後、港町のコートで、二人は再び並んで空を翔けた。
ファンタジー短編:天空の試合
東南アジアの古都では、百年に一度「天空セパタクロー大会」が開かれる。
選ばれた選手は空に浮かぶ黄金のコートで、雲を踏み、風を蹴って戦うという。
少年リャンは、村で一番高くジャンプできることで知られていた。
ある夜、月明かりの下で一人練習していると、光る籐のボールが空から降ってきた。
翌朝、彼の前に羽根を持つ審判が現れた。
「天空大会への招待状だ。勝てば、村に百年分の恵みをもたらそう」
試合が始まると、相手チームは雷をまとったスパイクを放ち、雲を切り裂く。
リャンは風精霊の助けを借り、跳躍と回転を繰り返し、ついに黄金のゴールを決めた。
歓声が天まで響き、空のコートは虹色の光に包まれた。
村に戻ったリャンの手には、まだほんのり温かい光るボールが握られていた。
お仕事短編:実況席の孤独
全国大会決勝。会場の熱気はすさまじく、観客の歓声が体育館を揺らしていた。
実況席に座るのは、元セパタクロー選手で現実況アナウンサーの坂口だ。
かつてアクロバティックなスパイクで観客を沸かせた彼も、今はマイクを握る立場。
選手たちの動きを一瞬で分析し、的確に言葉へ変換するのが仕事だ。
だが、この日は違った。
解説席の横に、かつてのライバルであり友人だったケンが座っている。
彼は病気で現役を退き、その後は姿を消していた。
「坂口、あの三番の子…お前に似てるな」
ケンがつぶやく。坂口は思わず笑った。
「そうか?あいつは俺より高く飛ぶさ」
試合は延長戦へ。決着の瞬間、坂口は声を張り上げ、全力で勝敗を伝えた。
実況が終わった後、ケンが静かに言った。
「やっぱり、お前の言葉には熱がある」
観客が帰った後、空になったコートを見つめながら、坂口は気づいた。
今の自分も、やっぱりセパタクローの選手なのだと。
あとがき
セパタクローは、バレーボールのようなネット越し競技でありながら、手を使わず足や頭でボールを扱う、驚異の身体能力が試されるスポーツです。
その空中技はまるで舞踊のようで、観る者を一瞬で魅了します。
今回の五つの物語は、そんなセパタクローをさまざまな切り口から描きました。
競技そのものが持つ美しさ、熱狂、そして人間ドラマを、これからも作品として紡いでいきたいと思います。
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