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『終わりの音を聴いた少年⑩』

第10章 痛みの扉

保健室のドアは、開いていた。

授業中、誰もいないはずの時間。
でも、そこには“気配”があった。

白いベッド。薄暗いカーテン。
消毒液の匂いと、遠くで鳴るチャイムの残響。

「この部屋……なにかが、染みついてる」

ミユが小声で言った。

「誰かの“痛み”が、この空間ごと固まってる感じ」

アキラがベッドの横に立ち、そっと指を差した。

「見て。床に……“涙の跡”みたいなの、ある」

ほんとうだ。
そこには、水たまりのように光を反射する濃い黒い染みが、床に浮かんでいた。

ミユがつぶやく。

「“感情”が、物質化してる……。これは、相当深い扉」


そのとき。

保健室の仕切りカーテンが――勝手に動いた。

ザァ……ッ

風もないのに、静かに開いた。

そしてその奥に、ひとりの少女が座っていた。

髪は長く、顔は見えない。
でも、肩が震えていて――泣いていることだけが、わかった。

「……誰?」

声をかけると、少女はピタリと動きを止めた。

そして、泣き声が“笑い声”に変わった。

ヒッ……ヒヒ……
ヒヒヒヒ……!

アキラが一歩下がった。

「……怖い……あれ、影じゃない?」

ミユは首を振った。

「違う。“痛み”そのものが形になってる。
名前すら与えられなかった“感情の亡霊”……!」

僕は、少女の前に立った。

「……君は、誰かに“名前をもらえなかった”んだね」

少女は、小さく頷いた。

「君が感じたもの、言葉にならなかった気持ち……
僕が、ちゃんと受け取るよ」

少女の背後の壁に、扉が現れた。

その扉は、鍵穴が“心臓の形”をしていた。

「鍵は、“名前”じゃない……“痛みを抱きしめること”なんだ」

僕はそっと、鍵穴に手を当てた。

すると――

扉が、開いた。

そして中から、第四の譜面が現れた。

『終わりの音 第4楽章』

少女の姿は、すぅ……っと消えていった。


でもその瞬間、保健室の窓が一斉に開き、
**“音のない風”**が吹き抜けた。

「……静寂が、本気で迫ってきてる」

ミユの顔が険しくなる。

「このままだと、あと一回“鐘”が鳴ったとき、世界が一気に崩れる」

アキラがつぶやいた。

「次の扉……きっと、“言葉のない空間”だ」

「言葉も、音も、感情も……“全部失われた場所”。」

ミユが言った。

「次は、“音が生まれなかった場所”へ行くよ」

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