創作秘話――なぜ「百人自主」を書いたのか
この物語は、犯人を探す話ではありません。
どんでん返しを用意したミステリーでもありません。
結末を先に知っていても、誰が首謀者かを理解していても、
それでもなお重く残るものを描きたいと思って書きました。
テーマは一つだけです。
「正義は、どのように作られてしまうのか」
犯人は、最初から重要ではなかった。
この物語には、明確な黒幕がいます。
そして、彼は最後まで法的には裁かれません。
でもそれは、「悪が逃げ切る話」を書きたかったからではありません。
むしろ逆です。
誰か一人を“悪”にして終わらせることが、
この構造の本質を隠してしまうと感じたからです。
この物語で本当に怖いのは、
命令がないこと
強制がないこと
脅迫が存在しないこと
それでも、罪も、犯人も、判決も成立してしまうという点です。
なぜ「自首」なのか
この物語で選んだ行為は、
殺しでも、爆破でも、テロでもありません。
ただの「自首」です。
しかも、誰も命令されていない。
募集文には命令形が一つもありません。
条件が書いてあるだけです。
選ぶのはあなた
語る内容も自由
沈黙してもいい
ただし、一度名乗ったら、取り消せない
それだけです。
僕はこの一点に、
現代社会の怖さが凝縮されていると思いました。
「自由な選択」で、どこまで人は壊れるのか
募集文を読んだほとんどの人は、
何事もなく画面を閉じます。
保存もしない。
誰かに見せることもない。
記憶にも残らない。
でも、たった一部の人間には、刺さってしまう。
まず、圧倒的に多いのは、
「とにかく金が必要な人」です。
金がないと、人は冷静な判断ができなくなる。
正直に言うと、過去の自分は、
自分でも信じられない発想を、現実的な選択肢として想像できてしまう状態だった。
だから「一千万円」という金額は、綺麗事じゃなく、現実として絶妙なラインにした。
人生を動かせる。
でも、人生を壊すには十分すぎる。
そして、壊れたあとに「戻れない」と思わせる額でもある。
その上で、刺さる人間がいる。
罰を求めている人。
終わらせたい人。
居場所が欲しい人。
何者かになりたい人。
そういう人たちです。
誰も嘘を強要されていない。
それでも、彼らは自分から「犯人」になる。
この構図を、
僕はどうしても物語にしたかった。
第3話「田所一也:自主した男」について
この回は、この物語の中でも、特に重要な位置にあります。
この男は、
正義のためでもなく
思想のためでもなく
誰かの命令でもなく
金に引かれた部分もあり、
同時に、ただ、「これなら終われる」と思っただけの人間です。
刑務所は、彼にとって罰ではありませんでした。
屋根がある
三食ある
理由を聞かれない
それは、彼が社会で一度も得られなかったものです。
そして皮肉にも、
彼が名乗った罪は、後から「真犯人」が捕まる。
その瞬間、彼は気づく。
自分は、どこにも属していない
この感覚こそが、
僕がこの回で一番描きたかったものです。
第6話について(本日、NOTEで投稿する回)
第6話は、逆側の人間の回です。
実際にやった側。
逃げ切ったと思っていた側。
通知ひとつで、
世界が勝手に「犯人」を決めていく。
「犯行を認める供述を受けています」
その一文だけで、
自分の過去が他人の口に乗る。
しかも、その他人は、自分の罪を名乗っている。
ここで描きたかったのは、
恐怖や後悔という感情ではなく、
「正義が出来上がっていく手触り」です。
捜査は終わっていない。
終わらせる気もない。
真実がどうかより先に、
“成立してしまう流れ”がある。
この回の男が震えるのは、
捕まるからだけじゃない。
自分の罪が、
自分の手から離れていくからです。
これは「冤罪を告発する物語」ではない
誤解されやすいですが、
この物語は冤罪を糾弾する話ではありません。
もっと厄介なものを描いています。
嘘をつかなくても
脅されなくても
強制されなくても
人は、自分で“正義の材料”になってしまう。
そして一度成立した正義は、
取り消すことができない。
それが、この物語の一番残酷な点です。
なぜNOTEでは解説を書くのか
ネタバレは、気にしていません。
なぜならこの物語は、
知らずに読むより
知った上で読むほうが
むしろ重くなる
そういう構造だからです。
NOTEでは、
僕が何を怖がっているのか
どこに違和感を覚えているのか
何を「嫌だ」と思って書いたのか
それを全部明かした上で、
読んでもらいたいと思いました。
最後に
これは、「誰が悪いか」を決める物語ではありません。
正義が、どのように作られ、
どのように人を救い、
どのように取り返しのつかない形で固定されるのか
その過程を、ただ記録した物語です。
結論はありません。
救いも用意していません。
それでもなお、
この物語を読んだ人の中に、
「もし自分だったら?」という問いだけが残れば、
それで十分だと思っています。
この物語で描いた正義は、
正しいものではない。
ただ、一度成立してしまったものだ。
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