見出し画像

『終わりの音を聴いた少年⑮』

第15章 ルイという名の音


「次の楽章は、あなた自身なんだと思う」

ミユの言葉が、胸の奥に静かに沈んだ。

そのとき、僕は気づいた。

“名前”を呼ぶことは、
誰かを照らすことだった。
でも――
“自分の名前”を呼ぶことは、自分を許すことだった。


部屋には、もう影はいなかった。

でも、空気はまだ重いままだった。
まるでこの世界の最深部に、
“最後の鍵”が残っているような感覚。

アキラが、ぽつりと言った。

「ルイ、お前さ。
一度でも、自分の名前、ちゃんと呼んだことある?」

僕は、言葉を失った。

たしかに、他人の名前は呼べた。
ユイの名前も。ミユも。アキラも。

でも――
「ルイ」って名前を、自分のために呼んだことなんて、一度もなかった。


ピアノの音が、遠くで響いた。

“ポロン”

それは、記憶の奥から呼ばれた音だった。

5歳のころ。
母が僕の名前を呼ぶ声。
夜、熱を出して泣いたとき、父が背中をさすりながら言った。

「ルイ、大丈夫だ。お前は、音の子だよ」

――音の子。

あれは、たしかに僕の原点だった。


譜面が開いた。

『終わりの音 第6楽章』
そこには、誰の名前も書かれていなかった。

空白。

でもその中央に、ひとつだけ、細い筆跡が浮かびあがった。

「ルイ」

誰が書いたのかわからない。
でも、それを見た瞬間、僕の胸の奥で何かが砕けた。


僕は、静かに口を開いた。

「ルイ……」

呼んだのは、僕自身だった。

「ルイ」

二度目の名前は、まるで祈りのように響いた。

「ルイ」

三度目には、涙がこぼれていた。

世界が、震えた。

音が、溢れた。

それは“終わりの音”じゃなかった。
始まりの、はじまりの音だった。


背中の印が光り、溶けていく。

痛みも、後悔も、呪いも、全部――

「ルイ」という名前の中に、
静かに溶けて、優しい音になっていった。


ミユが泣いていた。
アキラも、何も言わずに肩を揺らしていた。

誰も言葉にしなかったけど、
たしかに、あの瞬間――

僕は、世界に自分を届けた。


外の空に、風が吹いた。

校舎の窓がきらめき、どこからか歌声のような音が聞こえた。

「終わりの音」なんて、本当はどこにもなかったんだ。
僕たちが怖がっていたのは、音じゃない。
名前を呼ぶ勇気だった。


そして僕は、譜面の最終ページをめくった。

そこには、こう書かれていた。

『終わりの音 第7楽章』
作曲者:ルイ

いいなと思ったら応援しよう!

静月 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。皆さまの応援が、静月の物語を生み出す力です。いただいたチップは、すべて次の作品作りに大切に使わせていただきます。