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どうして私には物欲が無いのか?


はじめに

最近、ふとこんなことを思いました。
「自分は昔から、なぜこんなにも物欲がないのだろう?」と。

いい車にも興味がない。
いい服を着たいとも思わない。
高い時計も、豪華な食事も、まるで必要に感じない。

これは、我慢しているわけでも、悟っているつもりでもありません。
ただ、本当に、欲が湧いてこないのです。
そして最近になってようやく、その理由が少しずつ見えてきた気がしています。


与えられていた子ども時代

私は三人きょうだいの末っ子として育ちました。
姉たちに可愛がられ、親からもたっぷりと愛情を受けて育ったと思います。

欲しいおもちゃはたいてい買ってもらえたし、
やりたい塾、習い事、野球も自由にさせてもらえました。
大学進学の際には一人暮らしまでさせてもらい、仕送りも受けていました。

「欲しい」と言う前に、すでに“ある”。
そんな状態が、自然と「欲しい」という感情そのものを育てなかったのかもしれません。


知らなかった母の苦労

でも、大人になってから知ったことがありました。
私が6歳のときに父が病気で亡くなり、母は女手一つで私たち3人を育てていたのです。
その背景には、私の想像を超える苦労と借金がありました。

社会人になって銀行に勤めていた私が、それを知ったのはかなり後になってから。
私は勤務先で融資を受け、母の借金を肩代わりしました。
田舎の自宅も手放し、母は姉の元へ引っ越しました。

私には当時、家族も子どももいて、自分の住宅ローンも抱えていた。
結果的に、自己破産し、離婚も経験しました。

子ども時代に受け取っていた“あたりまえ”のすべては、
母の見えない苦労の上に成り立っていたのだと、
あとになってやっと気づいたのです。


母との最期の時間と、はじまりの想い

その母と、私はこの数年間、自宅で静かに暮らしていました。
およそ3年間、自分なりに介護をしてきた日々は、
人生でいちばん濃密で、深い時間だったように思います。

そして昨年末、その母を看取りました。
最愛の人を見送った今、静かな余白が心に残りました。

このnoteは、そんな“余白”から生まれています。
物がいらない、出世もいらない、でも言葉にしたいことがある。
それがようやく見つかった気がしています。


欲がないのではない。“足りていた”のかもしれない

こうした経験を重ねた今、思うのです。
自分は「欲しい」と思わなかったのではなく、
本当はずっと「もう足りていた」んじゃないか、と。

母が黙って差し出してくれていたもの。
誰かに大切にされたという記憶。
その記憶の奥にある、犠牲と静かな愛。

それらは、モノ以上に心を満たしてくれていたのかもしれません。



おわりに

いま私は、派手な生活はしていません。
収入も地位も、特別なものは何もありません。
でも、不思議と「それでいい」と思える自分がいます。

欲を持つことも、競争することも、決して悪いことではありません。
でも、「何もいらない」と感じる人生の在り方があってもいい。

これから少しずつ、母との介護の時間や、
そこで感じたさまざまなことも書いていけたらと思っています。

あなたの心にも、静かに届いたら嬉しいです。


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