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掌編│音の消えた体育館


六月の準々決勝だった。

体育館は、もう夏の匂いがしていた。

窓は全部開けられていて、外から吹き込む風が、時々カーテンを揺らす。

けれどコートの中はほとんど風が届かない。

床のワックスと汗の混ざった匂いが、ずっと漂っていた。


僕らの高校は進学校だった。

バスケットで名前が知られている学校ではない。

練習も、特別に多いわけじゃなかった。

それでも、その年だけ、なぜかメンバーが揃っていた。

誰かが特別すごいというわけじゃない。

でも、五人が並ぶと、妙に噛み合った。


試合が始まると、体育館の空気が少し変わった。

相手は県の王者だった。

最初のシュートは、少し遠かった。

でも打つ前から、入る気がしていた。

ボールを放つと、リングに触れる音が軽く響いた。

ネットが、ふっと揺れる。

三点。

ベンチがどよめいた。

次の一本も、また外からだった。

ボールが空中をゆっくり進むのが、やけに長く感じた。

また入った。

気がつくと、相手のディフェンスが少しずつ前に出てくる。

でも、その日は身体が軽かった。

ボールが手に吸いつく。

リングがいつもより大きく見える。

三点シュートが、ぽんぽん決まった。

靴底が床をきしませる音。
ドリブルの弾む音。
ベンチから飛んでくる声。

それらが混ざって、体育館の中で反響していた。

コートの外側は人で埋まっていて、
応援の声が体育館の天井に反射していた。

タイムアウトでもないのに、ふと視線が客席の方に流れた。

そのとき、見覚えのある顔が目に入った。

中学のときの先生だった。

僕は一瞬だけ、動きが遅れた気がした。

どうしてここにいるんだろう、と思った。


次のプレーで、僕は外でボールを受けた。

三点ラインの外だった。

ディフェンスが一歩離れている。

その瞬間、客席の先生が目に入った。

シュートを打った。

ボールがリングに落ちた瞬間、
先生が思いきりガッツポーズをした。

大人なのに、少し不器用なガッツポーズだった。

僕は走りながら、ちらっとだけ客席を見た。

先生の目が、少し赤くなっていた。

一度だけ、目が合った。

先生は、何も言わなかった。

ただ、小さく頷いた。

それだけだった。


中学のとき、
僕はずっと補欠だった。

試合のとき、先生の後ろで立っているだけの時間がほとんどだった。

コートの音を、遠くから聞いていた。


気がつくと、僕らがリードしていた。

残り十分。

まだ時間はたっぷりあった。

僕はまた外でボールを受けた。

ディフェンスが一歩遅れている。

迷いはなかった。

ジャンプして、放った。

ボールは高く弧を描き、
リングの中心をきれいに抜けた。

そのまま身体を返して、ゴール下へ走る。

相手のシュートに合わせて、僕も跳んだ。

空中で、ほんの一瞬だけ肩が触れた。

次の瞬間、相手が大きく体をのけぞらせて倒れた。

笛が鳴った。

短く、乾いた音だった。

振り向くと、審判が手を上げている。

五本の指。

五つ目だった。

僕は思わず、天井を見上げた。

体育館のライトが、白くぼやけて見えた。

光が床に反射して、少し揺れている。


ベンチに戻る途中、交代する選手が立っていた。

少し緊張した顔をしている。

僕は彼の肩を叩いた。

汗で濡れたユニフォームの感触が、手のひらに残る。

「頼む」

それだけ言った。

彼は黙ってうなずいて、コートへ走っていった。

ベンチに座ると、試合は続いていた。

選手たちが走る。

ボールが動く。

観客が声を上げる。

でも、その音が、どこか遠かった。

僕の中では、急に音が消えていた。

ドリブルの音も、
笛の音も、
歓声も。

すべてが遠くなって、
まるで無音のモノクロ映画を見ているみたいだった。

ボールがコートを渡る。

選手が跳ぶ。

シュートが放たれる。

ただ、映像だけが流れていく。

残り時間が、少しずつ減っていく。

点差が縮まり、
やがて逆転された。


試合が終わったあと、相手はインターハイに行った。

それから長い時間が経ったけれど、
僕はときどき、あの体育館を思い出す。

六月の匂い。
床のきしむ音。
肩を叩いたときの感触。

そして、残り十分の、
音の消えた体育館だった。


最後の試合

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