なぜあの人は「全部他人のせい」にするの?責任転嫁する人の心理と仏教の教えに学ぶ賢い付き合い方
「自分がミスしたのに他人のせいにする…」 「『問題はあなたでしょ』と優しく諭したら、逆に怒り出した…」
職場や身近な人間関係で、何でも人のせいにする人がいて困った経験はありませんか?

「どうして素直に自分の非を認めないんだろう?」とモヤモヤしたり、毎日のようにストレスを感じてしまいますよね。上司でも部下でも、友達や家族であっても、「人のせいにする人」と一緒にいるのは本当に心が疲れるものです。
でも実は、何でも人のせいにしてしまう人の裏には、ある「勘違い」や「視野の狭さ」が隠されているんです。
今回は、仏教で昔から教えられている「自業自得(じごうじとく)」という言葉の本当の意味をヒントに、人のせいにする人の心理と、私たちがイライラせずに付き合っていくためのポイントを分かりやすく解説します!
「何でも人のせいにする人」の心の中で起きていること
自分にはほとんど非がないと思っている!?
何でも人のせいにする人は、自分に起きたトラブルや問題に対して、驚くような発想をしています。
普通の人なら「自分にも悪いところがあったかな…」と振り返るような場面でも、彼らは「自分に原因があるのはたった1%くらいで、あとの99%は全部他人のせいだ」と考えてしまっているのです。
普通の人:「自分に責任がある部分」と「他人のせいと思う部分」の両方を考える
人のせいにする人: 自分に目を向ける度合いが極めて低く、ほとんど自分には非がないと思っている
そのため、周りから「あなたの問題でしょ?」と正論で諭されても、本人は「自分は悪くないのに理不尽に責められた!」と感じてしまい、腹を立ててしまうのです。

なぜそんな考え方になってしまうの?
なぜ、そこまで頑なに自分の非を認められないのでしょうか?
その根本的な原因は、仏教の言葉である「自業自得(じごうじとく)」の本当の意味をよく理解していないことにあります。
本来の「自業自得」は悪い意味だけじゃない!
善いことも悪いことも、すべて自分の行いの結果
普段私たちは、「パチンコばかりして会社をクビになったなんて、自業自得だわ」というように、悪いことが起きた時だけこの言葉を使いがちですよね。
ですが、もともとの仏教における意味は少し違います。
「業(ごう)」 = 自分の「行い」のこと
「自業自得」 = 自分がした行いによって、自分自身の運命(幸せや不幸)が決まること
つまり、自業自得とは「悪いこと」だけでなく、「善いこと」にも使われる言葉なのです!
仏教では次のように教えられています。
【因果の道理】
・善因善果
・悪因悪果
・自因自果
善い行い(善因) をすれば ➔ 善い結果(善果) がやってくる
悪い行い(悪因) をすれば ➔ 悪い結果(悪果) がやってくる
自分の行い(自因)が→自分に返ってくる(自果)
一生懸命勉強して大学に合格したのも「自業自得」。 自分の蒔いた種が、自分に結果として返ってきただけなのです。
【自業自得とは】
なぜ悪い時だけ「自業自得」と言われるの?
善い結果が出たとき(成功したとき)は、誰から言われなくても「俺が頑張ったからだ!」と素直に受け入れやすいですよね。自分の努力や苦労を誇らしく感じます。

しかし、悪い結果や辛いトラブルが起きたときは、人はなかなか「自分の行いが原因だ」と認められません。「なんで自分だけこんな目に…」「あいつのせいだ!」と人のせいにしたくなってしまいます。

だからこそ昔から、「それもあなたの行いが原因なんだよ」と反省させ、諭すために悪い意味で「自業自得だ」と言われることが多くなったのです。
「私は悪くないのに!」と思ってしまう理由
「あれも、これも、どれも」自分の蒔いた種
普通の人は「これは自業自得だけど、あれはあいつのせいだ」と区別して考えがちです。 ですが仏教では、「自分に起きるすべての運命は、100%例外なく自分の蒔いた種まき(行い)によるもの」と教えられています。
そう聞くと、「そんなはずない!一方的にひどいことを言われたのに、自分が悪いなんておかしい!」と思いますよね。 なぜ私たちは「自分は悪くないのに…」と思ってしまうのでしょうか?
自分が蒔いた「種」を忘れているから!
自分が悪くないと感じる最大の理由は、非常にシンプルです。 それは、「自分が過去に蒔いた種(行い)を、すっかり忘れてしまっているから」です。
ちょっと胸に手を当てて考えてみてください。
2日前に食べたお昼ご飯のメニューを、すぐ思い出せますか?

5年前や10年前の今日、自分がどんな発言をしていたか覚えていますか?

私たちは、自分が過去に言った言葉や行った行動を簡単に忘れてしまいます。 特に言葉というのは「言った本人はすぐ忘れるけれど、言われた相手は死ぬまで忘れない」ということがよくありますよね。
気づかないうちに不用意な言葉で誰かを傷つけていたとしても、自分自身は忘れてしまっているのです。
覚えていなくても、種まきした結果は返ってくる
恐ろしいことに、本人が忘れていようが覚えていようが、蒔いた種の結果は必ず自分に返ってきます。
自分が誰かに酷い言葉を言われて傷ついたとき(これを仏教では、言葉は人を殺す『語殺』と言います)、よく振り返ってみると「そういえば自分も若い頃、同じように誰かを傷つける言葉を言っていたな…」と思い出すことがあります。

また、親を粗末に扱ってきた人が、年をとってから自分の子供に無下にされて初めて「自分も昔親に同じことをしていた…」と気づくこともあります。

さらに仏教では、私というものは生まれる前からずっと続いている(過去世・現在世・未来世)と教えます。自分が覚えていないだけで、過去世に蒔いた種が今巡り巡って結果として現れているのです。
4. まとめ
最後に、今回のポイントをまとめてみましょう。
人のせいにする人の心理
自分に原因がある割合を極めて低く見積もっている(自分は1%、他人が99%)。
「自業自得」の本当の意味
善い結果も悪い結果も、すべて自分の過去の行い(種まき)が原因で起きている。
なぜ人のせいにしてしまうのか
過去に自分が蒔いた悪い種(不用意な言動など)を忘れているため、「自分は一方的な被害者だ」と思い込んでしまう。
何でも人のせいにする人は、過去の自分の言動に気づけず、視野が狭くなってしまっている状態です。
自業自得の教えがよく分かると、困った同僚や身近な人に対して「この人は自分が蒔いた種に気づけず、イライラしているんだな」と、一歩引いて冷静に見ることができるようになりますよ。
無理に相手を変えようとして戦うのではなく、相手の心の仕組みを理解して、自分の心を守りながらスマートに付き合っていきたいですね!

今日の記事が「ためになった」「心が軽くなった」と思ったら、ぜひ「スキ」を押していただけると励みになります! これからも心がスッと楽になるヒントをお届けしていきますので、「フォロー」もよろしくお願いします!
■ 無料メールマガジンのご案内 ■
noteでお伝えしている「仏教の教え」を、さらに分かりやすく、あなたのメールボックスへ直接お届けします! 新着記事のお知らせや、メルマガ限定のコラムも配信中です。
登録は無料ですので、ぜひ以下のリンクからご参加ください。
▼もし少しでも心に届いたなら…
あなたのお声を聞かせてください
今回の内容はいかがでしたでしょうか? 皆さんが何を感じ、どんな疑問を持たれたか、ぜひ教えていただけると嬉しいです。いただいたお声は、今後の発信の励みや参考にさせていただきます。
「もっと深く話してみたい」「相談したいことがある」という方向けの「個別対話」も受け付けています。お気軽にどうぞ。
👇 ご感想・ご相談はこちらから
仏教に関する深掘り記事は、以下のマガジンにまとめています。
📗 【お得なまとめ】仏教の有料記事マガジン
【マガジンの3大メリット】
2記事で元が取れる(単体500円 / マガジン1,000円)
今後の追加記事もすべて読み放題(追加料金なし)
早く買うほどお得(記事増加に伴い値上げ予定)
今の価格が一番お得ですので、気になる記事が複数ある方はぜひマガジンをご検討ください!
▼この記事を読んだあなたへおすすめ
もっと深く知りたい方はこちらも👇
▼フォローして新着記事をチェック🌱
仏教の教えから
「不安なく生きるヒント」を発信しています。
➡ プロフィールはこちら

