毎日をただ生きるだけで疲れてしまうあなたへ。「生死の一大事」から見つめる人生の目的
毎日仕事や家事に追われ、「なんだかただ生きているだけで精一杯だな」とため息をつきたくなる日はありませんか?

私たちが普段、「神様に救われた!」「あの人に助けられた!」と言うとき、それは病気が治ったり、事故から逃れられたりした瞬間かもしれません 。しかし、仏教の世界には、それらとは根本的に異なる「仏の救い」が教えられています 。
今日は、私たちが抱える人生の根本的な悩みと、それを解決するヒントになる「仏教の視点」について、少しだけ立ち止まって一緒に考えてみませんか?
奇跡的に「助かった」=実は「一時停止」なだけ?
私たちが日常で感じる「救い」とは、一体どんなものでしょうか。
がんなどの重い病気から回復したとき 。

雪山で遭難したけれど、無事にレスキュー隊に救出されたとき 。

危険な事件に巻き込まれても、命拾いをしたとき 。

こうしたとき、私たちは「神様や人のおかげで救われた、助かった!」と心から喜びますよね 。でも、よく考えてみると、これらはすべて「今回は死なずに済んだ」という意味での「助かった」なのです 。
世界に80億人の人間がいますが、絶対に死なない人は一人もいません 。人間は100%確実にいつか死を迎える存在です 。つまり、厳しい言い方になってしまいますが、病気や事故から「助かった」というのは、決して永遠の救いではなく、「助からない状態が一時的に延びただけ」と言えるのです 。

毎日生きることは、死と戦い続けること
では、「今日を無事に1日生きる」とはどういうことでしょうか。それは言い換えると、「今日1日、死に打ち勝った」ということでもあります 。
私たちの体や生活の中では、実は毎日激しい戦いが繰り広げられています。
どんなに健康な人でも、体内では毎日何十個もの「がん細胞」が生まれています 。
それをやっつけるために、免疫細胞が国境を守るように激しく戦い続けてくれているのです 。

病気だけでなく、私たちは地震に備えたり、健康的な食事を心がけたり、貧困やいじめを避けたりと、無意識のうちに「死」を遠ざけるための対策を打ち続けています 。
しかし、ここに人間の根本的な矛盾があります。私たちが「死なないように」と一生懸命に生きれば生きるほど、1日生きた分だけ、確実に死へと近づいてしまっているのです 。
有名な孫子の兵法には、「一番最悪な戦争は、負けるとわかっていてやる戦いだ」と書かれています 。いつか必ず死ぬとわかっているのに、必死にそれを先延ばしにする私たちの人生は、最初から負けるとわかっている戦いをいかに長期戦に持ち込むか、という姿なのです 。

人生は「終わりのない海」を泳ぐようなもの
この人間の姿を、親鸞聖人は「生死の苦海(しょうじのくかい)」という言葉で例えています 。
私たちの人生は、水平線だけが広がる広大な海を、ひたすら泳ぎ続けているようなものです 。
波に飲まれないように(=死なないように)一生懸命に手足を動かします 。
しかし、360度どこを見渡しても島影(=安らげる場所)は一つも見えません 。
どこまで泳いでも、やがて腕の力は衰え、力尽きる時が必ずやってきます 。

「でも、自ら安楽死を望む人もいるじゃないか」と思う方もいるかもしれません 。 しかし、それは積極的に「死にたい」わけではないのです 。ビル火災の際、あまりの熱さに耐えきれず窓から飛び降りてしまう人がいるように、生きる苦しみが限界に達してしまい、飛び降りざるを得なかった悲痛な姿なのです 。

仏教が教える「本当の救い」とは
もし、いくら泳いでもたどり着く島がないなら、「一体なんのためにこんな苦しい思いをして泳いでいるんだろう?」と虚しくなってしまいますよね 。大きな波が来たら、「もうこの辺であきらめてしまおうか」と思ってしまうかもしれません 。
逆に言えば、「あそこに向かって泳げば助かる!」という大きな船や島影が見えていれば、どんなに高い波が来ても「これを乗り越えよう!」とファイトが湧いてくるはずです 。
人間が必ず死んでいかなければならないこの大問題を、仏教では「生死の一大事(しょうじの一大事)」と呼びます 。 目を背けたくなるような現実ですが、お釈迦様(シッタルタ太子)はこの問題から目を逸らさず、どうすれば本当に救われるのかを説き明かしました 。
病気が治るような一時的なものではなく、この「生死の一大事」の根本的な解決こそが、本当の意味での「仏の救い」であり、仏教の原点なのです 。
【仏の救いとは】
まとめ
いかがでしたか?
少しドキッとするようなテーマでしたが、私たちの人生が「負け戦」や「果てしないない海での遭難」に例えられるというのは、とても深く考えさせられますよね。
「ただ生きるため」に必死に泳ぐ毎日は、時に虚しく、疲れ果ててしまうものです。しかし、自分の現状(=必ず死に向かっていること)から目を背けずに見つめ直すことは、本当の幸せへの第一歩なのです。
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