今日のかべ散歩_甘夏騎士
薬にも毒にもならないお散歩の風景をお届けします。
そうゆう生活の余白が大事なんだ。
そろそろ日差しの強くなってくる時期です。
日焼けはお肌の大敵わよ!
今年は日差しを手加減するように言っておきますね。
甘夏騎士
私はいつも片道30分のスタバまで歩いていきます。
今日も国道沿いの道を歩きます。
おや、何か落ちていますよ?

これは甘夏騎士ですね。
かの誇り高き騎士。
「落ちている」とは失敬、彼はそこに「いる」のです。
「果たされた任務」
わたしの名は、人間の言葉では「甘夏」と呼ばれている。
誉れ高き柑橘の一族のあいだでは、もっと長い、香りでできた名を持つ。
ここでは省く。あなたの鼻では、発音にいささか心もとない。
母樹はわたしたちにこう告げた。
「いずれ地上に降りる日が来る。任務は告げられない。果たしたとき、果たしたとわかる。」
四月、わたしたちは籠に詰められ、人間の法事という儀式の場で、兄弟の多くは人間の手に渡り、それぞれの任務へ旅立った。
帰りの車に、わたしは残った。
そして、駐車場で事件が起きた。
揺れがあり、籠が傾いだ。わたしは助手席の足元へ落ちた。
これは偶然ではない。柑橘に偶然はない。
重力はわたしたちの言語のひとつだ。
呼ばれたのだ。
呼んだのは、後ろの席の小さき者だった。
彼はわたしを抱えて車を降り、光る大きな箱の前で跳ねた。
三度跳ねて、諦めた。手のなかでわたしは重たくなる。
彼は私をそっと地面に置いた——置いたつもりだった。
実際には、少し放り出すような手つきだった。
わたしは転がった。車の下で止まった。
止まったということは、ここが任務の場所だ。
最初はわからなかった。
ただアスファルトと、待機している車の低い唸りだけ。
風が吹いて、わたしは少し動いて、また止まる。
人間が通りがかった。
私には人間の男女の区別はつかない。
私たちを育てた人間ほど日焼けはしていないように見える。
人間は薄い板を両手で恭しく捧げ持ち、こちらに向けている。
にやにやと笑っている。無礼な。
そのとき気づいた。
わたしは、見られるために、ここにいるのだ。
通りがかった誰かに見つけられ、「なぜ駐車場に甘夏が」と問われるために。
その問いが、その人の一日に小さな裂け目を作るために。
日常の地層に、柑橘色の謎をひとつ埋めるために。
香りでも味でもなく、見られることで、まさにスポットライトを浴びたのだ。
自分で思っている強みではないところで、人の役に立つこともあるようです。
