セリヌンティウスはかく語りき
友への信頼
セリヌンティウスは落ち着いている。必ず、あの単純で正直な友を信じて待たねばならぬと決意した。セリヌンティウス同様、メロスにも政治はわからぬ。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。彼は昔から、不正を見過ごすことができない男だった。
王の前に引き出された時、メロスは私を見つめて言った。 「セリヌンティウス、私の代わりに人質となってくれないか。妹の結婚式を見届けたら、必ず戻ってくる」
なんと無謀な申し出だろう。三日という期限で、シラクスまで往復するなど、到底不可能に思えた。それでも私は頷いた。メロスを信じていた。
孤独な三日間
メロスが去った後、私は牢に繋がれた。石の床は冷たく、鎖は重かった。看守たちは私を見るたびに首を振った。 「可哀想に。友人に騙されたのだ」 「メロスなど、もうとっくに逃げているだろう」
初日は、まだ希望があった。メロスならきっと間に合うと思っていた。 二日目になると、不安が募った。本当に戻ってくるのだろうか。 三日目の朝、私は覚悟を決めた。今日の日没に、私は処刑される。メロスは戻ってこない。
揺らぐ心
王が私の前に現れた。 「セリヌンティウスよ、君の友人は裏切った。もう諦めなさい」
私は答えなかった。いや、答えられなかった。心の奥底で、私もメロスが戻ってこないのではないかと思い始めていたからだ。
「君は善良な男だ。こんな愚かな友人のために死ぬことはない。メロスを呪えばよい。そうすれば、君を許してやろう」
王の言葉は甘い毒のようだった。確かに、メロスのせいで私はここにいる。彼が無謀な計画を立てなければ、私がこんな目に遭うこともなかった。
それでも私は首を振った。メロスを信じたい。彼が私を裏切るはずがない。そう自分に言い聞かせながら、心の片隅では疑念が膨らんでいた。
日没の時
処刑台に向かう時が来た。群衆が集まり、私を見つめている。哀れみの目、軽蔑の目、好奇の目。
王が宣言した。 「日が完全に沈む前にメロスが現れなければ、セリヌンティウスを処刑する」
太陽が地平線に近づいていく。私の命も、それとともに終わろうとしている。メロス、君はどこにいるのか。本当に私を見捨てたのか。
その時だった。
奇跡の瞬間
「私だ、刑吏! 殺されるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」
遠くから声が聞こえた。群衆がざわめく。埃にまみれ、血を流しながら走ってくる男の姿が見えた。メロスだった。
私は信じられなかった。本当に戻ってきたのだ。最後の最後に、間に合ったのだ。
メロスは私の前で倒れ込んだ。 「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」
私は、うなずき、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。
私は微笑み。そして言った。「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」
メロスは腕にうなりをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。
真の友情
私たちはひしと抱き合った。王も群衆も、この光景に心を打たれていた。疑いながらも信じ抜くこと、それこそが真の友情なのだと、その時初めて理解した。
メロスは約束を果たした。私もまた、最後まで彼を待った。完璧な信頼ではなかった。途中で揺らぎ、疑い、それでも最終的には信じ抜いた。それこそが、人間らしい友情の形なのかもしれない。
王は私たちを許し、そして言った。 「おまえらの望みは叶かなったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」
どっと群衆の間に、歓声が起った。
