【短編小説】リカちゃん
いつものコンビニでAmazonからの荷物を受取る。
何度も繰り返したはずの作業に、咲は緊張していた。
店員の表情を確認したくなったが、余計に怪しまれると思いなおして我慢した。
咲の後ろにはレジを待つサラリーマンがいる。
彼の視線がスマホに向いていることだけは確認できた。
咲は、無事に自宅のリビングに戻った。
息子の部屋からは、オンラインゲームだろうか、ハイテンションな声が漏れている。
「当分こっちには来ないな」
ふっとため息に似た呼吸をしてから、Amazonの包みをほどき始めた。
段ボールの中身は予想以上にたくさんの梱包材が敷き詰められていた。
それらを手早くゴミ箱に投げ入れた。
最後に残った有名玩具メーカーの商品箱。
コンビニでのそれとは比にならない緊張感が、咲の動きを止めた。
どれほどの間、見つめていたのだろう。
壁にかけられた時計の針は、ほとんど動いていないように見える。
しかし、咲にはとてつもなく長い年月が一瞬にして動いたような感覚があった。
11月に入ると二人の兄はクリスマスプレゼントの話題でテンションが高い。
咲の家にサンタは来たことがない。
クリスマスは、両親からおもちゃを買ってもらえる日だ。
欲しいものをお願いする相手はサンタクロースではなく、両親。いや、母親だ。
欲しいものを選ぶ兄たちを眺めながら、毎年、咲はどうしていいのか分からなくなる。
2番目に欲しいものを選ぶことは、
咲に、希望と諦めという両立するはずのない感情をわき起こす。
本当に欲しいものは、きっと今年も買ってはもらえない。
分かっているのだ。きっとじゃない。絶対にだめなのだ。
それを欲しいと言葉にすることすら、絶対にだめなのだ。
同性の兄弟のいない咲は、兄や兄の友達と遊ぶことが多かった。
彼らは、咲を、時にはかわいがり、時には邪魔にした。
咲は彼らと遊ぶために努力したが、成長するにつれて、その努力は無駄だと分かってきた。
少年たちは、自分たちの遊びに幼い少女を向かい入れるほどの余裕はなかった。
咲は、兄たちと離れて一人で遊ぶこともあった。
しかし、幼い咲が一人で遊ぶには、厳しい環境だった。
男の子向けのおもちゃを手に取ってはみるが、すぐに持て余してしまう。
しかも、そのおもちゃの対象年齢には、咲の月齢は数年足りなかった。
咲は、一人で自分を楽しませる手段をこの家で見つけることができなかった。
咲は、近所の同年代の女の子の家に遊びに行くこともあった。
そこは、咲にとって、夢のような世界だった。
ここでなら、一人でも、いつまででも遊んでいられるだろう。
この家が、自分の家ならどんなに楽しいだろうと願いそうになる。
しかし、ここでは咲は「よその子」だった。
幼い咲にも、そのことはよく理解していた。
だから、ちゃんとよその子として、遊んだ。
「さきちゃんにはこの子貸してあげる」
「ありがとう!」
人形の世界にもカーストがあるとしたら、3軍くらいの少し髪が乱れたリカちゃんを咲は愛おしいそうに受け取った。
人形の持ち主の機嫌を損ねたら、ここにはいられなくなる。
痛いくらい理解している咲は、いつもニコニコして、幼い子ども同士にありがちな些細なケンカなど、起きるはずもない。
その処世術は、今も咲の奥深くに根付いている。
咲は、商品箱からリカちゃん人形を丁寧に取りだした。
「お待たせ、さきちゃん」
「さきちゃんのリカちゃんだよ」
あえて、声に出して言ってみた。
セリフのように聞こえた自分の声に、咲は胸を詰まらせた。
これで私は変われるんだ。
ただ、リカちゃん人形は、咲が想像してたよりも少しだけ小さかった。
