【3分で読める】親である私だって、大事にされたいと思っていたと気づいた日――寂しさを抱えたまま子を育てているあなたへ
娘と一緒にいると、どうしてこんなにイライラしてしまうのだろう。
12月31日から、娘と孫が帰ってきていた。
お正月らしく迎えようと、料理をして、身の回りのことを整えて。
できる限りのことはしていたと思う。
それなのに、会話の端々で、こころがざわつく。
私の言い方は、いつも怒っているように受け取られる。
娘の受け答えは、私には冷たく感じられる。
どちらが悪いのか、正直、よくわからない。
ただ、確かにそこに、トゲのようなイライラが残る。
病院で出会うクライエントさんの中にも、
似た話をしてくれる人がいる。
娘に、もっとわかってほしいと言われるけれど、
どうしてほしいのかわからない。
抱きしめてあげたほうがいいのはわかっているけれど、
どうしても苦手で。
その話を聞きながら、
世代間連鎖を止めたいですね、と一緒に言葉を交わす。
けれど、家に帰ると、
私自身がまったく同じ暗闇の中に立ち尽くしている。
親なのに、の奥にあった本音
ある瞬間、ふと、別の感情が浮かんできた。
それは怒りでも、厳しさでもなかった。
もっと、私も大事にされたい。
剥き出しの、そんな感覚だった。
あなたには、お母さんがいる。
それが、たまらなく羨ましい。
私は、親としてちゃんと振る舞おうとしている。
孫の面倒も見ている。
でも、孫は当然のように母親を求めている。
その様子を見ながら、
胸の奥に残る、寂しさと、羨ましさ。
親である自分が、
まだ誰かに大事にされたいと思っている。
その事実に気づいたとき、
少し、言葉を失った。
この気持ちは、
持っていてはいけないものなのだろうか。
そんな問いが、こころに重く沈んだ。
※この続きでは、
この感情をどう受け止めたのか。
そして、愛着に傷を抱えながら子育てをしている人へ、
そっと置いておきたい視点について書いています。
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