ヒカルの動画から始まった、ある「こころ」の観察記録 ――人は人の言動に、なぜこんなにも反応してしまうのか
去年の秋ごろ、
久しぶりに家に帰ってきた娘と、何気なく一緒にYouTubeを見ていました。
娘がずっと「好きだ」と言っていたYouTuber、ヒカル。
それまでの私は、名前を知っている程度で、
特別に動画を追いかけたことはありませんでした。
けれど、その日をきっかけに、
気づけば私のほうが、空いた時間に彼の動画を再生するようになっていました。
テンポの良さ。
企画の強さ。
そして何より、人の感情の動きを掴む鋭さ。
人の「こころ」や関係性を考えることが、
仕事を超えて、もはや癖のようになっている私にとって、
ヒカルという存在は、とても観察しがいのある対象でした。
もちろん、
見ていて違和感を覚える場面もあります。
「今の言い方は、きついな」
「それは少し乱暴じゃないだろうか」
そう感じることも、正直あります。
それでも、
動画を閉じたあと、
また別の動画を開いている自分がいる。
この感覚が、ずっと引っかかっていました。
なぜ私は、
こんなふうに彼の動画を見続けてしまうのだろう。
それは、
ヒカルという人への興味であると同時に、
自分自身を観察する問いでもありました。
対人援助職として15年以上、
多くの人の「生きづらさ」や「こころのしんどさ」に触れてきました。
けれど今回は、
専門家として分析したいというよりも、
一人の人間として、
自分の内側に起きている反応を、静かに見てみたかったのです。
ヒカルの髪色は、
金と黒という、はっきりとしたコントラストをしています。
光と闇。
強さと危うさ。
魅力と違和感。
その両方を、隠さずに並べているように見える姿に、
私はどこか、目を離せなくなっていました。
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生きづらさを手放す、こころの土台づくり
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