自責ではなく自己理解へーー歌が教えてくれた、やさしい言葉の内在化
まずは、少しだけ聴いていただけたら嬉しいです🎵
|瀬海歩《せかいあゆむ》さんが、私の記事や言葉をもとに、
「自責ではなく自己理解へ」という歌を作ってくれました。
🎧「自責ではなく自己理解へ」
いつも私の記事を読んでくださっている方は、聴きながら、きっと思うかもしれません。
「あいさんが、いつも書いていることやん」
責めなくていい。
弱さではない。
反応には意味がある。
あなたのペースでいい。
自責ではなく、自己理解へ。
普段の発信で、何度も届けてきた言葉です。
けれど、歌になって届いたとき、私はもう、涙が止まりませんでした。
もともと私は、音楽や美しいものにふれると、涙が出やすいところがあります。
以前も、ピアノ演奏を聴いて、4時間ほど涙が止まらなかったことがありました。
ディズニーのパレードや花火でも、
こころがふるえて、涙が出てしまいます。
でも、今回の涙は、少し違っていました。
瀬海歩さんは、100曲作った中から5曲を送ってくれました。
届いた日は、最初の曲を2回。他の曲は1回ずつ聴くのが精一杯でした。
ティッシュの山ができて、これ以上泣いたら、明日の目が大変なことになると思って、途中で聴くのを止めたほどです。
クラシックを聴いたときのような、ただ美しいもの・良きものにふれた感動もありました。
でも、感動だけではありませんでした。
普段、読者さんへ届けている言葉が、歌になって、今度は私自身のこころに届いたのです。
そのとき、改めて思いました。
人は、言葉に傷つくことがあります。
けれど、人は、言葉に支えられることもあります。
小さいころから何度も聞いてきた言葉。
大切な人からかけてもらった言葉。
苦しいときに、そっと支えてくれた言葉。
積み重なった言葉は、少しずつ自分の中に残っていきます。
心理学では、外から届いた声やまなざしが、少しずつ自分の内側に取り込まれていく働きを「内在化」と呼びます。
誰かの声やまなざしが、いつしか自分の中の声になっていく。
責める声を内在化してしまうこともあります。
でも、支える声を内在化していくこともできます。
自己肯定感が育っている人は、自分を信じられる声や、困ったときに自分を支える声を、こころの中に持っているのかもしれません。
少なくとも、私はそう感じています。
反対に、ずっと責められる言葉を浴びてきた人は、誰も責めていない場面でも、自分の中から責める声が聞こえてくることがあります。
また失敗した。
ちゃんとできなかった。
迷惑をかけた。
嫌われたかもしれない。
頭では、「そこまで責めなくていい」とわかっている。
けれど、こころと体が先に反応してしまう。
そんなとき、必要なのは、もっと強くなることではなく、自分を責める声とは違う声に出会うことなのかもしれません。
責めなくていいよ。
弱さじゃないよ。
あなたは、ここまでよくがんばってきたよ。
その反応は、あなたを守ってきたものかもしれないよ。
何度も、何度も、あたたかい言葉にふれていくうちに、少しずつ、内側の声が変わっていくことがあります。
以前、内在化についての記事を書きました。
カウンセリングが終わっても、誰かの声やまなざしが、こころの中に残ることがあります。
その声が、苦しいときに自分を支える言葉になることがある。
そんなふうに書いたことがありました。
けれど今回、歌を聴きながら気づいたのは、もっと個人的なことでした。
私は、読者さんに向けて
「責めなくていい」
「弱さではない」
「反応には意味がある」
「あなたのペースでいい」
と書いてきました。
でも、その言葉はきっと、私自身も誰かに言ってほしかった言葉だったのだと思います。
歌を聴きながら、届けてきたはずの言葉が、今度は私の内側に戻ってきました。
そして、少しずつ、私自身が癒されていくような感覚がありました。
今回の歌は、私にとって、普段届けている言葉を、もう一度、自分自身が受け取る体験でした。
誰かに届けていたはずの言葉が、本当は、私自身も誰かに言ってほしかった言葉だった。
そんなことに気づいた瞬間でもありました。
歌は、ただの音ではありません。
言葉は、ただの文字ではありません。
届くタイミング。
声の温度。
繰り返されるフレーズ。
自分の中に眠っていた記憶。
いろいろなものが重なったとき、歌や言葉は、理屈よりも深い場所へ届くことがあります。
あなたは、今回の歌を聴いて、どんな感じが残りましたか。
ほっとした。
安心した。
少し泣きそうになった。
また少しだけ歩けそうな気がした。
何も変わらなかった。
少し距離を感じた。
どんな感じ方でも大丈夫です。
響いた方も、少し距離を感じた方も、感じ方に正解はありません。
よかったら、あなたが励まされた歌や、救われた言葉も、コメントで教えてください。
苦しいときに思い出す歌。
涙が出た言葉。
今でもこころに残っている声。
きっと誰にでも、人生のどこかで支えになった言葉があるのではないかと思います。
そして今、私はサブアカウントの方で、自己理解に向かうための小さなワークや、日常の中で自分を責める前に立ち止まるための仕組みを、少しずつ整えています。
たとえば、人との距離感や安心の感じ方を見つめる、アタッチメントスタイルの傾向チェック。
くり返し出てくる考え方や感じ方のパターンをやさしく見つめる、認知行動療法やスキーマ療法につながる自己理解の入口。
さらに、出来事を入力すると、自分を責める言葉ではなく、自己理解に向かう言葉が届くような、小さなアプリの活用も考えています。
ワークもアプリも、正解を教えたり、診断して決めつけたりするものではありません。カウンセリングの代わりでもありません。
ただ、つらい出来事があったあとに、自分を責める前に少しだけ立ち止まるための場所。
「私はどうしてこんなに苦しくなったんだろう」
「この反応は、私を守ってきたものかもしれない」
「これから、どう生きたいだろう」
そんなふうに、自分にやさしく問い直せる言葉の居場所を、少しずつ育てていきたいと思っています。
大学院のころ、ある先生に聞いた話があります。
昔は、お坊さんや神職の方が、人の生き方やこころのあり方を伝えていた。
けれど、そうした場が少なくなった今、心理に関わる人が、そういう役割を担うこともあるのではないか。
正しい生き方を教えるのではありません。
どう生きたいかを考えるきっかけを、そっと手渡すような関わり方。
私は、そんな在り方を目指していきたいと思っています。
今回の歌も、これから作っていきたいワークやアプリも、根っこにある願いは同じです。
自分を責める人が、自分を責める前に、少しだけ立ち止まれるように。
責める声だけではなく、支える声も、自分の中に育てていけるように。
自責ではなく、自己理解へ。
この言葉を、記事として、歌として、日常の中に少しずつ届けていけたらと思っています。
今回、歌を作ってくれた瀬海歩さんへ。
私の記事や言葉を、こんなふうに受け取って、歌という形にしてくれて、本当にありがとうございました。
歩さんも、今回の歌について記事を書いてくれています。
歩さんの記事では、私の活動や言葉を、とても丁寧に紹介してくれています。
読ませてもらいながら、少し照れくさくもあり、同時に、こんなふうに受け取ってもらえたことが本当にありがたくて、胸がいっぱいになりました。
▶︎ 歩さんの記事はこちら
瀬海歩さんの記事「自責ではなく自己理解へ」
100曲の中から届けてくれた5曲。
一曲ずつ聴きながら、言葉が音にのって届くことの力を、あらためて感じました。
そして、いつも記事を読んでくださっている皆さまへ。
何度も読みに来てくださる方。
コメントで言葉を届けてくださる方。
そっとスキを押してくださる方。
必要なタイミングで、記事を思い出してくださる方。
皆さまが受け取ってくださるから、私もまた、言葉を紡ぎ続けられているのだと思います。
歩さん、すてきな歌を本当にありがとうございました😭💞✨🫶
そして、今日も読みに来てくださった皆さま、出会ってくださり、ありがとうございます🥰😍😌💞
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今回の記事とつながる過去記事も、あわせて紹介します。
内在化について書いた記事
カウンセリングが終わったあとも、誰かの声やまなざしがこころの中に残ることがあります。
今回の歌を聴いた体験とも、深くつながっているテーマです。
鏡と、「どう生きたいか」を考えるきっかけについて書いた記事
大学院時代に聞いた、心理に関わる人の在り方について書いた記事です。
正しい生き方を教えるのではなく、「どう生きたいか」を考えるきっかけをそっと手渡す。
大切にしている原点のひとつです。
音楽にこころがふるえて、4時間泣きっぱなしになった話
音楽や良きものにふれたとき、こころが大きく動く感覚について書いた記事です。
今回の涙とも、どこかつながっているように感じています。
サブアカウントはこちら
自分を責める前に、少し立ち止まるためのワークや、自己理解に向かう小さな実践は、サブアカウントの方で少しずつ整えています。
よかったら、こちらものぞいてみてください。


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