3つの小話「アイスクリーム」
箱の中に、3つのチョコレート。
一粒では物足りないのに、3つだとお得な感じがする。
おなじ種類が3つより、「ミルク・ホワイト・ブラック」みたいに、違う味だともっといい。
『3つの小話』は、そんな3粒のチョコレートをイメージした。
おなじテーマだけど、味が違う。
一口で食べられるくらいの短い話。
どこからでも、どれかひとつでも。
__お暇のお供に、つまんでもらえれば。
「ハーゲンダッツキャラメルクリスピーサンド」
お気に入りにアイスを聞かれたら、必ず「ハーゲンダッツのキャラメルクリスピーサンド」と答える。
夫もそれをよく知っているので、仕事帰りにスーパーへ寄ると、必ずこれを買ってきてくれる。
「あれ、買っといたから」。
夫がひと声そう言ってくれたら、わたしは冷凍庫を確かめにいく。
お、あったあった。
わたしの「キャラメルクリスピーサンド」と、夫の「ビスケットサンド」。
夫は森永の「ビスケットサンド」がいちばん好きなので、わたしもよく夫にそれを買う。
おたがい、好きなアイスをばっちり把握しているので、うちでは「アイス戦争」は起こらない。
「俺のアイス勝手に食べただろ!」
「取った・取られた」の感情は、平和な家庭を崩すからね。
◇◇◇
「三度目のバニラアイス」
3歳くらいだった。
地元のデパートのアイスクリーム屋さんで、アイスを買ってもらった。
母に抱っこしてもらって、ショーケースを見下ろし、並んだアイスの中から、「メロン」を選んだ。
当時は、とにかく「メロン」が大好き。
何でもかんでも「メロン」にする子どもだった。
メロンシャーベットのようなすべすべのアイスを、コーンに乗せてもらって、しかと受け取る。
近くのベンチに座って、さあ、食べようとおもったとき。
するり。
ぽと。
すべすべのメロンアイスは、音もなく冷たい床へ落ちていった。
ものの1秒ほどのできごとを、3歳の目は瞬きもせずに見届けた。
つぶれたアイスを無言で見つめていると、母が「落としたん!?」と叫んだ。
怒っているというより、かわいそうで慌てている声だった。
わたしが、泣きもせずにうなずくと、母はアイスクリーム屋さんに駆けこんで、もう一度、おんなじメロンアイスを買ってきてくれた。
空っぽのコーンを母に渡して、今度こそ、メロン味を口に__
するり。
ぽと。
すべすべのメロンアイスは、再び床に滑り落ちた。
ほんの少しなのだ。
3歳の子どもにとっては、ほんの少し傾けたつもりだったのだけど、たぶん本人が思っているよりもコーンは斜めになってしまっていたし、口溶けのいいさっぱりしたシャーベットは、コーンの上でもその滑らかさを存分に発揮したようだった。
二つのメロンアイスは、わたしの口に一歳入ることなく、冷たい床へと投げ出された。
無残なアイス。
わたしは、泣かなかった。
「・・・もう、バニラにしようね」
母が固い声で言ったので、わたしは黙ってうなずいた。
もうアイスなんてどうでもいいという気持ちだったけど、母が怒るまい、呆れまいという信念のこもった声で言うもんだから、わたしはまだアイスが食べたい子どもを演じた。
母は、もう一度アイスクリーム屋さんで、バニラアイスを買ってきた。
バニラは、コーンの上にどっしりとしがみついて、傾けても、びくともしなかった。
甘いバニラアイスとぺろぺろ舐める足元に、メロンアイスはずっと転がっていた。
誰がどう拭いてくれたのか、覚えていない。
「あんた、2回もメロン味落としたわよね」。
30年たった今でも、ときどき母は言う。
◇◇◇
「雪の上で缶を転がして」
小学校の理科で、「アイス」を作った。
雪の積もった、寒い冬だった。
体育会系の若い男の先生が、「雪の上で缶を転がすとアイスができる!」と言うので、わたしたちは飛び上がってよろこんだ。
そういう授業が、大好きだった。
何を入れたか記憶がない。
たぶん、生クリームとか、砂糖とか、卵とか、牛乳とかだろう。
原理も覚えていなくて、調べてみたところ、材料を入れた小さな缶を、塩と氷を入れた大きな缶の中に入れて、密閉。
それを振るとできるらしい。
わたしたちは、その大きな缶(たしかコーヒーの缶だった)を、ごろんごろんと雪の上で転がした。
「バニラアイス」になるという話だった。
雪の積もった校庭は寒かった。
でも、わたしたちは息が上がるほどはしゃいだ。
大笑いしながら、一心不乱に缶を転がした。
何度も缶を振り、音を聞いて、中身が固まっているかどうかをたしかめた。
液体のような音が、すこしずつシャカシャカと固まっていくような感覚。
まちがいない、アイスができている。
3時間目から始めたアイス作りは、給食の時間になっても終わらなかった。
とうとう、うちの班だけになって、ようやく先生が缶をあけてくれると、ちゃんと「バニラアイス」ができていた。
汗だくの体が冷え、手がかじかんでいたけれど、わたしたちは絶叫した。
みんなの口から、白い息が出た。
みんなが給食を食べているころ、わたしの班だけは、理科室のテーブルで、アイスを食べた。
ストーブのゴウゴウと唸る音。
隣に置いてある実験器具をぼんやり眺めながら食べた、あの冷たいアイスが忘れられない。
