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18年目の「帰省」を終えて。


今年も、お盆の帰省を無事に終えた。

高校卒業とともに家を出て、それから毎年帰省してきた。
お盆と、可能なときは、冬休みにも。
18年分の帰省。
帰らなかった年は、おそらくなかった。


県外から実家に戻るためには、お金も時間もかかる。
大学は福岡だったので、新幹線を使った。
今は関西に住んでいるので、高速道路で4時間。
田舎と田舎の移動なので、「帰省ラッシュ」というほど混雑しているわけではないが。
それでも、帰省というのは手間がかかる。

それでも毎年、夏になれば「帰ろう」とおもう。
自然と、そんな気持ちになる。

「帰る場所」があるということ。
それはたぶん、すごく幸せなことだ。

◇◇◇

毎年実家に帰って、いったい何をするか。
Netflixの電車の広告「聞いて驚くな。実家は意外とやることがない」というフレーズが話題になっているのを見かけたが、確かにそう。

帰省しても、やるべきことはない。
滞在は、3日くらいが限界だ。
自分も親も、3日くらい経つと、疲れ始める。

それでも毎年、いそいそと帰るのは、いったいなぜか。


学生の頃の帰省といえば、「ご飯を食べる」のがおもな目的だった。

親族の集まりもなければ、墓参りもない。
地元に友達がいるわけでもない。

帰省中、わたしがやることといえば。
実家で焼肉やら寿司やらを囲み、母の朝ごはんや、父のお好み焼きを食べ、みんなでビールを飲み、干されたてのふかふか敷布団で、思いっきり寝る。
それだけだった。

うわあ。
書いてみると、すごいぞ。
なんて幸せなんだ。



そんな優雅な過ごし方は、子どもができてもそんなに変わっていない。

はじめこそ、規制の目的は「孫の顔を見せる!」だった。
しかし、意気込んで帰ってみても、うちの両親はそんなに「孫バカ」ではない。
多少は可愛がってくれるが、そんなに興味もないようで、「孫見せ」に重きを置くのはやめた。

それよりも両親は、わたしや弟や妹、つまり自分の子どもたちが、元気にやっているかどうかを気にかけてくれた。
もちろん、わたしの夫のことも。

だから、親になってからも相変わらず、帰省中は、美味しいものを食べ、少しでものんびりさせてもらいに行く、という感じのままでいる。

母もまだまだ、もてなしたい側のようなので、それに甘えて、家事も免除してもらっている。
というか、子どもの世話で手一杯なので、慣れない実家で家事をしても、お邪魔みたいだ。
おとなしく、出されたものを「美味しい!」と叫んで食べる。



こんな感じで、お盆の帰省は行き帰りの移動さえ乗り越えれば、数日間、快適な生活を味わえる。
至れり尽くせりを、堪能する。
もちろん、母の話し相手になり、父の話し相手になり、最低限の家事はしながら。

家事の中心人物から、外してもらえる。
それが何より、ありがたい。
親になってからは、そのありがたみが、ほんとうによく沁みるのだ。

◇◇◇

そんな両親も、もう65歳前後になる。
正確な年齢は、忘れてしまった。

母はまだ現役!という感じだが、父はすこしずつ弱々しくなっているように見える。

これから先も、毎年帰省するつもりだ。
でも、いつまでわたしが「子ども」として甘える側でいられるか、分からない。


今度はわたしが、両親のために何かできることをしなきゃいけないのだとおもう。
いや、年齢的にはとっくにしなきゃいけない頃なんだろう。

でも、今は。
母が「我が子のためにしてやりたい」と動き回っているあいだは。
実家の味が、食べられるあいだは。
父が酒を呑みながら、テーブルの向かいに座って、広島弁でポツポツ喋るあいだは。

ただそこに座って、「母さん」「父さん」と言いながら。
子どものように、はしゃいでいても、いいですか。


父さん、母さん。
今年もありがとう。
また来年も、帰るからね。

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