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言語だけじゃない、心を届けるためのもう一つのコミュニケーション


〜完璧な言語力より大切なこと――“伝えようとする気持ち”がつなぐ心〜

ニュージーランド留学に来てから9か月が経ち、いま10か月目に入った。最初は「現地の言葉をどれだけ話せるか」が一番大事だと思っていた。
授業についていけるか、友人と会話できるか、店で困らないか。とにかく言語力さえあれば乗り越えられると信じていた。

あなたも、留学や海外生活と聞くと「言語力さえあれば大丈夫」と考えていないだろうか?

もちろん、言葉ができることはとても大切だ。語学ができれば選択肢は広がるし、自信にもつながる。確かに、その国の言語が分かればコミュニケーションは可能になる。だが、言語以外にも繋がれる手段は沢山ある。

私も出発前は、英語が流暢に話せるかどうかばかりを気にしていた。
けれど、実際に暮らしてみると、言葉が十分に話せなくても人とつながれる瞬間は数えきれないほどあるのだ。

到着して間もない頃、授業では先生の話が速すぎてほとんど理解できなかった。ノートに書かれる文字を追いかけるだけで精一杯で、クラスメートの笑い声の理由すら分からない。
そんなとき、隣の席の彼女が私のノートをのぞき込み、足りない部分を指で示してくれた。彼女は一言も話さなかったが、指差しと優しい表情だけで「ここが大事だよ」と伝わった。
言葉を使わずとも、その心遣いは十分に届き、胸が温かくなった瞬間だった。

昼休みにも同じようなことがあった。食堂でどう注文していいか分からず立ち尽くしていた私に、前に並んでいた彼がにっこり笑って、手で「こっちに来て」と示してくれた。
彼が注文する様子を見て真似をしたら、無事に食事を手に入れることができた。ほんの数秒のジェスチャーが、私の孤独感を和らげてくれた。
もし彼が声をかけてくれたとしても、当時の私には聞き取れなかったかもしれない。だからこそ、あの一連のやり取りは強く印象に残っている。

ホストファミリーとのやり取りも、言語を超えた交流の宝庫だ。夕食の会話についていけず皿の上の料理ばかり見つめていたとき、小さな彼女が私にピザを差し出し、笑顔で「イエス?」と一言。
彼女の差し出す手と無邪気な目に、私は思わず笑って頷いた。たったそれだけで緊張が解け、家族の輪に入れてもらえた気がした。
言葉ではなく、分け合う仕草や笑顔が私を救ってくれたのだ。

また、友人関係の中でも非言語の力を実感している。あるとき、プレゼンテーションでうまく言葉が出てこず焦っていた私を、クラスメートの彼女が前の席から大きくうなずいて励ましてくれた。
その一瞬で心が落ち着き、言葉が少しずつ出てくるようになった。あのとき支えになったのは、言葉よりもむしろ視線と仕草だった。

留学生活は語学を磨く場であると同時に、「人とどう関わるか」を学ぶ場でもある。9か月過ごした今、私ははっきりと実感している。

だから私は今、はっきりと思う。

「言葉が伝わらないから、分からないからコミュニケーションがとれない」というのは間違いだ。

私たちには、顔の表情や、ジェスチャー、そして態度がある。

伝えようとすれば、必ず伝わる。

「伝わらないかもしれない」と不安に思って、言葉を口にする前にあきらめてしまうことはないだろうか。私は留学生活の中で、それが一番もったいないことだと気づいた。

だから、私が伝えたいのはこれだ。勇気を出して、まずは表情で、ジェスチャーで、一歩踏み出してみてほしい。言葉が完璧じゃなくても、その気持ちはきっと届く。

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🇳🇿Shiori | 高校3年17歳 | ニュージーランド留学から帰国したよ | そして世界へ狂言を いただいたチップは、ニュージーランドでの留学中に日本が恋しくなったときに🍡🍙日本のお菓子や食べ物を買うために使います😊

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