16歳で始めたSNS発信とその葛藤
私は16歳、高校生の留学生としてニュージーランドで生活している。そんな私が同時に挑戦しているのが、SNSでの発信活動だ。正直に言うと、この「発信」という行為は楽しいだけじゃない。むしろ、悩みや葛藤の方が大きい日だってある。だけど、それでも私はやめられないし、続けたいと思っている。今日はその理由や葛藤について書いてみたい。
「いいね」が欲しくなる気持ち
SNSを始めたばかりのころ、私はとにかく「いいね」が欲しかった。フォロワーが増えることが自分の価値だと錯覚してしまったこともある。投稿をアップした直後、スマホを何度も確認しては、「まだ誰も反応してない…」「あ、この人が見てくれた!」と一喜一憂していた。
それはまるで、数字に心を支配されているような感覚だった。現実の私がどう見られているかより、SNS上での「評価」の方が気になって仕方なかったのだ。
「本当の自分」を出せているのか?
フォロワーが増えるにつれて、こんな不安も生まれてきた。「本当の自分を出せているのかな?」ということ。共感を得やすいような発信を選びすぎて、本当は書きたいことを隠してしまったり、少し盛った表現をしてしまったり…。
「自分を偽ってまで続ける意味ってあるの?」と自問自答した夜もあった。SNSは誰かを励ましたり、情報を届けたりするための場所だと思っていたのに、気づいたら「好かれるためのキャラクター」を演じているように感じてしまったのだ。
承認欲求との付き合い方
結局、SNSって承認欲求と切り離せない。誰かに見てほしいし、褒められたい。それを完全に否定する必要はないと思う。私自身も「見てもらえるのが嬉しい」という素直な気持ちがあるからこそ続けている。
ただ、それに振り回されすぎないことが大事だと気づいた。いいねが少なくても「今日はこういう気分だった」とか「これを残したい」と思える投稿ができたなら、それでいい。数字よりも、自分が納得できるかどうかを基準にすることにした。
発信を通じて広がった世界
葛藤はたくさんあるけれど、それでも発信を続けたいと思えるのは、やっぱり世界が広がるからだ。SNSを通じて出会った人がいる。共感してくれる人がいる。「私も同じことを感じてた!」とメッセージをもらえたとき、孤独じゃないんだと思える。
留学生活の中で寂しさや不安を抱えていた私にとって、それは本当に大きな支えになった。画面越しだけれど、つながりの実感がある。SNSには確かに、人と人をつなげる力があるのだ。
これからの発信について
これからも発信は続けたい。でも、以前のように「数字に追われる発信」ではなく、「自分の言葉を大事にする発信」をしていきたい。
私はまだ16歳だし、これから考え方も変わるかもしれない。それでも、「今の私」が見た景色や感じたことを素直に残していきたい。完璧じゃなくても、不器用でも、私の発信に価値を見出してくれる人がいると信じて。
こうして書き出してみると、SNSはただのツールじゃなくて、自分と向き合う鏡みたいなものだと思う。だからこそ悩みも生まれるし、同時に成長もある。16歳の私にとって、それはとても大切な経験になっている。
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