ご先祖様・・・先祖供養・・・
私にはあまりピンとこない。
我が家は、父が次男なのでお仏壇もなく、父の実家には幼少の時からお盆と、お彼岸、年末年始に帰省しますが、子どもにとっては、お小遣いもらえる♪ いとこのお兄ちゃんと遊べる♪ ご馳走が食べられる♪ おはぎも嬉しい♪ と思う程度。母方は、お盆に食事して、普段会わない従妹たちに会う行事のひとつの感覚。
そこで、ご先祖様や、亡き祖父母の話を聞いたことは、ほぼなかったように思う。
私と先祖様との関係は、薄っすい環境で育ちました。カルピスの原液にお水入れるの多すぎて、味がしないイメージ。カルピス入れたよな~先祖さんは、いるよな~そんな感じ(≧◇≦)
ただ、当時私が学生ぐらいの時に、母が一度、ひいお爺さんの話をしてくれました。会ったことがないので、あまり興味がなかったけど、ひいお爺さんの存在は心には残っていました。
そして、母が他界してから数年後、母より一回り年上の母のいとこの、えみちゃんに、ひいお爺さんの話を聞く機会がありました。
すごぉ~~!ひい爺さん!!! (^◇^)
今は亡きえみちゃんのひいお爺さんの話は、詳しく話してくれたので長かったけど、すぐに忘れてしまう特技の私が覚えていることは、
ひいお爺さんは、不動明王の仏像がどこどこの女性の家の、どこどこにあるから、それを探して祀ってほしいという内容の夢をみたそう。もちろん、最初は、そんな話を鵜吞みにするわけがなく、ほおっておいたそうよ。でも、同じ夢を何回もみるので仕方なく探しに行ったそうです。
そしたら、夢で言われた通りの場所に女性が住んでいて、言われた通りの場所に、不動明王の仏像があったそう。そして夢の話をして譲ってもらったんですって。
その後、どういう経緯をふんだのか私には定かではありませんが、ひいお爺いさんは、お守り?を作ったそう。そのお守りや、病気を治す力?が凄すぎて、遠方からもたくさんの人が訪れたそうです。いつもお供え物がいっぱいだったと、えみちゃんは言っていました。
ひいお爺さんは、どのように対価をいただいていたのか私にはわかりかねますが、地域に芝居小屋を建て、名前入りの緞帳(どんちょう)をつけたそう。(≧◇≦)
そして、母を通して母の親友と、母のいとこの嫁(Aさん)とご縁があり、母が他界してから、その流れで私とAさんとご縁が出来たのです。たまたまAさんとお会いした時に、ひいお爺さんの話をしたら、「知っとる!うちは、剣がある!義理の母からひいお爺さんの事は聞いていて、いただいた剣があるの。」ひいお爺さん→ひいお爺さんの娘(義理母)→Aさんの家へと受け継がれている剣。剣にも興味があったけど、ひいお爺さんがどんな人なのかの方が、がぜん興味がわいてきた私。「ひいお爺ちゃんを見てみたかった」と話したら、「誰か写真を持っとるかもしれないから、聞いてみてあげる」と言ってくださいました。
それから、一か月ほどして、Aさんとお会いし、ひいお爺さんの写真をみせてもらいました。
うううう・・・普通のお爺ちゃんやん。
袈裟を着けた写真がなかったとのこと。袈裟を着けたひいお爺さんの写真が見たかったわ~。
そして、翌日、たまたま用事で近所のいとこの家へ行った時に、帰り際に、「そ~いえば、昨日ひいお爺ちゃんの写真を見せてもらったけど、袈裟を着けた写真を見たかった。」と話したら、
「あるよ!見せたろ!不動明王の仏像もあるよ!」
とのことで、見ることが出来ました!
私が行ったのが火曜日で日曜日には、叔父の長男の家が写真も仏像も引き取ることになってたので、とても良いタイミングで見せていただきました。長男のところに引き渡されていたら、もう見ることはなかったと思います。

ひいお爺さんの写真が見れて満足して帰宅した私は、帰宅してから、「ひいお爺ちゃんの名前教えて♪」と従妹に聞きましたら、
「知らない。お父さんも(私の叔父)も忘れたって~。」
えええ!そんなことあるの~?芝居小屋まで建てたひいお爺ちゃんの名前を覚えとる人おらん。ひい爺ちゃんは、緞帳(どんちょう)に自分の名前まで入れとんのに。(≧◇≦)
ひい爺ちゃん~誰も名前を覚えとる人おらんよ~…。
だ~れも、おらへんに~ 😭
なにをしたとて、諸行無常の響き在り。この世は、夢、幻ですな…
私の祖父は、名前も改めてひいお爺さんの後を継いだみたいだけど、力を受け継がれずにお守り?に効力がなかったそう。なので、祖父は方向転換し、別の仕事に就いて安泰な日々を送れました。無理にこだわらなくて、本当によかったよ〜。思い切って方向転換して大正解!
夢でお告げを受けたお不動さん(不動明王)のご加護を信じて祈祷や拝み?を行っていたひいお爺さん。そして今、私も、少し違うけど目に見えない領域を扱っている。
私が今の仕事を選んでいるなんて、昔は1ミリも想像をしていませんでした。やりたい仕事が他にありました。もしかしたら、ひいお爺さんも同じように思ったことがあったかもしれません。
思い返せば、Aさんは、50歳を過ぎてからかねてからの夢だった飲食店を家族に反対されながら開業→最初は閑古鳥だったそう。それを聞いて、母は、知り合いや友達を連れてお店に通った→その中に、母の親友もいた→母が他界してから、母の親友が私がしている趣味仕事をたまたまAさんに話した→私とAさんが出会う事になる
Aさんが家族に反対されて夢を諦めていたら、母が親友をお店につれていかなければ→私が趣味仕事をしていなければ・・・どのピースが欠けていても、ひいお爺さんまで繋がらなかっただろうと思います。
ご縁は本当に不思議。そして、完璧。
このタイミングで、写真を通してでもひいお爺さんに再会できたことが、不思議と心強く私は独りじゃないんだと思えました。これからは、ひいお爺さんの存在も心の支えになると感じています。
私の行く道にひいお爺さんの守りや力添えがあると嬉しいな~と思いますが、なにぶん今までご先祖様に感謝もさほどしてきていない私なので、おこがましいかもしれない。ま、大きい器だろうから、笑って見ているだろう。
名前も知らない、ひい爺ちゃん♪ 私も私の選んだ道を信じて進んで行きます。可愛いひ孫をよろしくね。(^◇^)
