優しさを声のかわりに
わたしは以前、
やさしさを、無理に差し出さないと決めたことがある。
それでも今日、また——
そっと差し出してみたくなった。
それは、守ったからこそわかる優しさなのかもしれない。
人から伝わる、ほんの少し重たい空気。
ふとした表情ににじみ出る疲れ。
助けてあげたい気持ちが、胸の奥からふくらんでくる。
けれど、
その人の「生きる力」を信じたいと思った。
だからこそ、近くて遠い距離から
見守るという覚悟を選んだ。
手を出さないことが、本当に優しさなのか──
何度も、手を出したくてたまらなかった。
それでも、今はそれでもいいと思える。
危なげな足どりに、
つい、小石や段差がないか目で追ってしまう自分がいる。
でも——
たとえ転んでも、また立ち上がる強さを
その人が自分で手にできるように。
わたしは、手を出さずに、そっと見つめる。
見守ることが、時には一番の愛情なのだと、少しずつ学んでいる。
外は、いろんなエネルギーでくすんでいる。
透明な湯気が立つ湯船に体を沈めて、
くすんでいた肌は、やわらかなピンク色に変わっていた。
やさしさは、誰かのためだけじゃなく、
わたし自身を包むものでもあった。
揚げたての唐揚げを、あたたかいままで出せるように準備する。
ぬくもりで、擦りむいた心の傷を
そっと手当てできるように。
キッチンのシンクに運ばれた食器たち。
水の音が、心にやさしく沁みてくる。
油の香りがまだほんのり残っていて、
洗いやすく並んだ皿たちに、胸がまあるくなる。
さっきまで重たかった表情が、
少しずつ軽く、やわらかくなっていくのを
空気で感じ、そっと横目で見ながら、わたしはまた日常に戻っていく。
見守るという優しさのなかで、
ひとは、自分自身の強さを見つけていくのかもしれません。
手を差し伸べない見守りのなかで、あなたは何を見つけられるでしょう?
そして、
あなたの周りにもきっと誰かが、
そっと陰から見守ってくれている人がいるのかもしれません。
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