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何もできなくなった私を、責めないで ― それでも、生きていた日々のこと

何もできなかったあの頃の私に、「責めないで」って言ってあげたくて書きました。
同じように、しんどさを抱えている誰かにも、届きますように。


眠れている時がいちばん安心できた。
何も考えなくてすむから。

でも起きた時はまた、何もできない自分の現実が襲ってきた。

体が鉛のように重く、心も重く沈んでいく。動こうとしても、何かが全身を押しつぶしているみたいだった。
布団に潜り込むと、少しだけその重さが和らいだ。
けれど、それも束の間のことだった。

絶望感に包まれ、どうにでもなれと開き直ることさえできなかった。
誰にも心を開けず。

自分の中で何が起きているのかさえ、説明できなかった。

そんな自分に、何の希望も光も見えなかった。

壊れていく私を、夫も子どもたちも、
いつも悲しそうな目で見ていた。
その視線がまた、私を責める刃のように感じられた。

だけど今思うと、あれは愛情の目だったんだと思う。
どうにかして助けたい、守りたいという、
切実な想いのこもった目。

私はそれに気づけず、さらに孤独を深めていった。
けれどゆっくり時間をかけて心を開いて、支え合うことを知った今は、
その目の意味をやっと理解できるようになった。

「私、生きてていいの?」
何度もくり返しながら、ほんとは自分でも答えを求めてた。

この世から消えたいと、車を走らせた夜もありました。
どこかへ行きたかったのか、どこにも行きたくなかったのか、自分でもわかりません。
ハンドルを握る手だけが現実にあって、心はずっと、遠くにいました。

認めてもらいたかったわけじゃない。
自分で、自分に「いいよ」って言えない日々が続いてたんだと思う。

生きてるけど、死んでいるようだった。
目は開いているのに、何も見えてなかった。
ごはんは流し込むように食べて、言葉も交わせず、心がどこにもいなかった。
料理もできなくなって、母に家事や食事を頼らざるを得なかった。
子どもたちがいるから、私ひとりだけのことじゃ済まなかった。
情けなさと申し訳なさで、心の奥がずっと重たかった。

ちゃんと生きてるように見えて、
1日が早く終わってほしいと祈る日々だった。
それでも生きていた自分を、今は少し抱きしめてあげたい。

食べてもおいしく感じなかった。
味も香りもないのに、体を動かすためだけに口に入れていた。
“生きるために食べる”は本来力強い言葉のはずなのに、
あの頃の私は、ただ「死なないために食べていた」だけだった。

どんなに頑張ろうとしても、心と体がいうことをきかなかった。
頭ではやらなきゃとわかっているのに、
動けない。踏ん張れない。
座っていることさえ苦痛だった。

そんな時期があったことを、今だからこそ話せる。

あなたにも、同じような想いがあるなら、
ひとりじゃないよと伝えたい。

何もできなかった日があっても、大丈夫。
その日も、生きていたあなたは、じゅうぶん偉かったんだと思います。

今しんどいあなたに、「それでも、生きててくれてありがとう」と伝えたい。

最後まで読んでくださってありがとうございます。
わたしは、こういう気持ちを長いあいだ抱えてきました。

きっと、読んでくれたあなたの中にも、似たようなものがあるかもしれません。

あなたは、どんな時に“自分を責めたくなる”と感じますか?

もしよかったら、あなたの“ことばになりきらない思い”も、ぽつりとコメント欄に残していってくださいね。

わたしも、ひとりじゃなかったと知れて救われたから、
今、同じように感じているあなたの気持ちにも、そっと寄り添いたいです。

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