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流せる性質は、リーダーシップだった〜次女が自然に持っていた境界線

むしろ、そんな言葉すら知らなかった。

それでも次女は、
自然と境界線を持てる人に育っていた。

何かをぶつけられても、
必要以上に抱え込まない。
嫌なものは嫌だと分かっていて、
そこで自分を削らない。

言い返さなくても、
我慢しなくても、
自然に「ここまで」という線が引かれている。

それは冷たさでも、逃げでもなく、
場を壊さずに自分を守る力だった。

流せる性質は、弱さじゃない。
それは、静かなリーダーシップだった。

これは、
生まれ持った本質なんだと、
あとから、静かに実感した。

特に長女は感受性が強く、
まだすべてを受け取ってしまう。
けれど、以前よりは、
少しずつ自分でコントロールできるようになってきている。

息子も感受性は強いが、
今はもう、
流すことを自分で選べるようになっている。

それぞれに、
受け取り方も、流し方も違う。
どれが正しいわけでも、
どれが強いわけでもない。

ただ、
その人の本質と、
その人の時間があるだけだった。

流せる性質も、
感じすぎてしまう性質も、
どちらが優れているわけではない。

それはきっと、
性格というより、天気みたいなものなんだと思う。

雨なら雨具を使えばいいし、
寒ければコートを着る。
暑かったら脱げばいいし、
必要ならクーラーをつければいい。

だから、
他の誰かと比べて落ち込んだり、
自分を責めたりしなくていい。

ただ、
自分の性質を理解して、
そのときいちばん心地よい選択をする。

それだけのことなんだと思う。

性質の違いがわかると、
他人の言葉や態度も、
必要以上に抱え込まずに受け流せるようになる。

だからこそ、
本当に大切にしたい人を、
ちゃんと大切にできる。

そして、
ここがいちばん大事なところだと思う。

性質の違う人に、
自分の感覚を理解してもらうことは、
本当はとても難しい。

それは努力が足りないからでも、
説明が下手だからでもない。
性質が違うだけなんだと思う。

だから人と関わるときは、
まず相手がどんな性質なのかを、
静かに見てみる。

そのうえで、
自分が無理をしなくてすむ距離を決めておく。

それだけで、
分かり合おうとして傷つくことは、
ほとんどなくなる。

それは冷たさではなく、
関係を続けるための知恵だった。

それはたぶん、
よく言われている
「自分を好きになれば、他人も大切にできる」
という言葉の、
少し違う言い方なのかもしれない。

ここで初めて、
「境界線がある状態って、こういう感じか」
と、身体感覚に戻った。

力を入れなくても、
頑張らなくても、
ちゃんと立っていられる感覚。

境界線は、
守るために戦うものじゃなかった。
自然に巡らせるためのものだった。


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