運命志向を受け止める運命
こんばんは。やまと ゆきです。
みなさんはCliftonStrengths(クリフトンストレングス)、旧ストレングスファインダーをご存知でしょうか?
クリフトストレングスの詳細はこちら⬇️
3年?2年?ほど前に、こちらのクリフトストレングスを受けました。
その時の上位資質は以前のnoteに記載しております。
今回は、私の2番目に高い資質『運命志向』と私が思う死生観ついてお話ししたいと思います。
死生観と言ってますが、いつも私が言っていることの延長線にあることですので、ご心配なさらずに。
さて、運命志向ってなんぞや?と思う方もいらっしゃると思います。
この資質は日本人の中でもかなり低い資質だそうで(ギャラップ社が発表している国別のデータを見ても、日本人の資質ランキングの中で『運命志向』は34資質中の下位(だいたい25位〜30位あたり)に位置している様子)あんまり見ない資質なのかーと自分でも思っていました。
その運命志向と最近のモヤモヤの理由が、なんだか地続きにあるな?と感じております。
前回のnote記事にて私の気持ちを吐露しましたが、今でも何にも解決、解消したわけではありません。今も正直疲れています。ただ、疲れているだけではなく、思考は巡っている感じです。
そんな日々の中でふと感じたことがあります。
私の死生観と運命志向、結構繋がってるんじゃない?と。
急に死生観とか言い出したな?と思う方もいらっしゃるかもですが、私は常々『いつかは死ぬから今、生きることを大切にしたい』と思っていますし、なんなら多分いろんなところで言っています。
そして、私にとっては死ってある意味ご褒美みたいなものだと思っています。
例えば、病気で痛みがあったり、麻痺がでて歩けなくなったりすると、それは加齢に伴って起きることだったりするので、亡くなることで、すべての苦しみから解放されるって思うのです。
生きるのって、辛い、つらたん!なことも多いじゃないですか。
だから、それから解放される死を、そんなに怖がらんでもいいやんって思ってる節があるわけです。
ただ、この感覚というかこの手の話は、伝わりにくい。
でも、それは私の中にある『運命志向』の資質が高いから、自分の中では完結しているが、人には伝わりにくいのかなと思うようになってきました。
私の中で、熟成していき、いつかまた何かの、誰かの種にもなるのかもしれません。
全ては繋がっている。そう思っている。
終わりがあるから、今があって、今があるのは終わりがあるから。
私は、私の中の運命志向と思考を巡らせて生きていこう。
きっと、それが私の運命なのだ。
