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兼友さん! 小説徒然草③(全3回)

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17.すごろくと兄上


「わー、また負けちゃったー」
 仁和寺にまた兄上が遊びに来てくれた。
「兄上、すごろく強いですね!」
 僕はがっかり半分、尊敬の眼差し半分で兄上を見つめた。兄上はニヤリと笑った。
「実は先日、すごろく名人に必勝法を尋ねたのだ」
「えっ! すごい! ぜひ、僕にも教えてください!」
 僕は前のめりになった。兄上は「他でもない兼友の頼みなら仕方あるまい」と一人言を言ってから僕に教えてくれた。
「勝つぜと思って打つな。負けねえと思って打て。どの手がすぐ負けてしまうかよーく考えて、その手を使わないようにしろよ、と!」
「なるほど!」
 よくわかったようでよくわからなかったが僕は心にメモした。
「こういうその道の達人の言うことは、国を平穏に保つことにも役に立つ! まこと尊いことである!」
「はい!」
 僕が感動していると、外から盛恵がひょっこり顔を出した。
「今、師匠のとこに尊い僧侶が来てるって」
 兄上はいそいそと立ち上がった。
「ふむ、それは是非ともお話をうかがいたい!」
 僕と兄上は盛恵についていった。
 師匠の部屋の前で立ち止まる。中には師匠と見たことのないお坊さんがいた。そのお坊さんは師匠と話し込んでいた。
「……あと、囲碁やすごろくが好きでよくやってる人と言うのは」
 僕はどきっとした。今の今まで兄上とやっていた。
「殺し、盗み、痴漢、嘘、等々よりすさまじく悪いことだと思うのです!」
 兄上はそっと後ろ歩きで部屋の前から離れた。僕もそれにならった。
 部屋に戻ってから兄上は小さく呟いた。
「あの方の言うことが耳から離れなすぎてヤバい」

18.ひみつの歌


「延政門院悦子内親王さまが、まだ幼かった時にだな、父上にこんな歌を送られたそうだ」
 兄上が僕に話してくれた。
「ふたつ文字牛の角文字すぐな文字ゆがみ文字とぞ君はおぼゆる」
「どういう意味ですか?」
「どういう意味だと思うか?」
 兄上はニヤリと笑った。
 何かの暗号だろうということは僕にもわかった。僕の見立てでは、内親王さまの父上である天皇の身に迫っている危険を、誰かはわからない敵に悟られないようにお教えするための歌に違いないと思う。
 考えに考え、僕はひとつの結論に辿り着いた。
 ーー二つの牛の角がまっすぐやってきて、その身を歪ませてやろうとしている。早く逃げて! という暗号だ!
 答えがわかった僕は顔を上げた。と同時に兄上が答えを言い始めた。
「ふたつの文字、つまり『こ』。牛の角の文字『い』。まっすぐな文字『し』。歪んでいる文字『く』。つまり『恋しく』。おとうさま、だーいすき! ってことだな! めちゃくちゃかわゆくあらせられるな!」
 全然違った。


19.続・ひみつの歌


 僕は宗心に昨日兄上から聞いた悦子内親王さまの歌のなぞなぞを出してみることにした。きっと解けないに違いない。僕だけが全然見当外れな推理をしたとは考えにくい。
「ねえ宗心、この歌、どういう意味だかわかる?」
 僕は「ふたつ文字牛の角文字すぐな文字ゆがみ文字とぞ君はおぼゆる」と伝えた。
 宗心は「簡単だな」と笑った。
「それ、あれだろ、四つの文字の形を現してるってやつだろ?」
「知ってたの!?」
 僕はがっかりした。有名な言葉遊びだったのだろうか。
 宗心は「うーんと」と一文字ずつ考え始めた。
「ふたつ文字だから『ニ』か? そんで牛の角文字『八』、まっすぐな『ー』、歪んだ『~』……つまり! 『ニハー~』だ!」
「にはー~って、何?!」

20.尊い狛犬と獅子


「わー、すごいー!」
 僕ははしゃいだ。
「うむ。なかなかに立派な社であるな」
 兄上も感激しきりなようだった。
「さあさあ、ごゆっくりご覧ください」
 しだなんとかさん(名前忘れた)がにこにこしながら僕たちを案内する。
 今日は、しだなんとかさん(下の名前聞いてないのかも)に誘われて、みんなと丹波国の出雲大神宮に来ている。かの有名な出雲大社から神様の分身をお招きしたらしい。とても立派な神社で、僕は感動していた。
「ああ! めでたい! 実にめでたい!!」
 突然大きな声が聞こえた。びっくりして振り向くと、そこには兄上の友達の聖海上人(しょうかいしょうにん)が立ち尽くしていた。
「この獅子の立ち方! とてつもなく珍しい!」
 僕たちはわらわらと聖海上人の周りに集まった。
 そこには、狛犬と獅子が背中合わせに立っていた。
「ほんとだ。初めて見ましたね、兄上」

 普通は狛犬と獅子は向かい合って立っているものだ。兄上も、うむ、と眉を寄せた。
「素晴らしい! これは何か深いいわれが「素晴らしい!!!! きっと何か深いいわれがあるに違いない!!!!」
 聖海上人は叫んだ。兄上の言葉は途中でかき消された。兄上も感動しやすいタイプだが、この人はその上をゆく。しかも上人は涙ぐんでいた。僕は少し引いた。
 上人は僕らを振り返った。
「いやいや、皆さん! こんな素晴らしいことをスルーしていいものか! いやあ、あり得ませんぞ!!」
 人間失格、みたいなことを言われて僕らはさらに引いたが、狛犬と獅子を見比べて「珍しいね、帰ったらみんなに教えてあげよう」とかなんとか話し合った。
「おお! あそこの神官どのに聞いてみよう!」
 上人が走り出した先には、物知りっぽい顔をした神官さんが立っていた。
「神官どの! この狛犬と獅子が背中合わせに立っているのは、きっと絶対何か尊い何かいわれか何かなのでしょう! ちょっと教えてくだされ!」
 神官さんは「それな」と言って続けた。
「悪ガキどもがやらかしました」
 よっこらしょ、と言って神官さんは狛犬と獅子の向きを変えて立ち去った。
 上人は僕らを振り返ることもなく立ちすくんだ。僕らはリアクションに困った。
「これはこれは。上人の感涙が無駄になってしまったな!」
 兄上が余計な一言を言ったおかげで、場の空気は凍った。

21.人生で一番



「わあ、兄上! 人がいっぱいですね」
 今日は僕と兄上で競馬を見に来た。僕は競馬を見るのは初めてだ。三日くらい前からわくわくドキドキしていた。
 兄上と柵の近くに寄る。人だかりがすごい。柵の中を見ようとぴょんぴょん跳ねる。が、十二歳にしては背が低い僕には、柵の中にいる馬は全く見えなかった。僕はしょんぼりした。
 いやいや、下を向いていてはいけない。そう思った僕は上を見上げた。その時だ。
「あ! 危ない!」
 僕は悲鳴を上げた。向かい側のセンダンの木の上から、法師が落ちそうだった。他の見物客の目もぱっとそちらに向いた。
 その法師は落ちる寸前に木の枝に捕まって無事だった。セーフ! 
 と思ったのは間違いだった。
 法師は枝にもたれかかると、またうっつらうっつらし始めたのである!

 うっつら、グラッ、落ちる! ハッ、しがみつく、うっつら、グラッ、落ちる! ハッ! しがみつく、うっつら……

「ばっかじゃねえの。危ねえって」
「死にそうなのわかってねえのかな」
 見物客たちは呆れてそんなことを話あっていた。でも僕はあの法師の気持ちがよくわかった。
 競馬は見たいよね! でも眠い時は眠いよね!
 僕は我がことのように悲しくなった。兄上はそんな僕をじっとみつめた。そして見物客たちのほうに歩み寄った。
「我々の死はいつ突然くるかわからない! それなのに競馬などを見て日を暮らしている! 愚かさは、あの法師に勝る!」
 僕は慌てた。また兄上がわかったようなわからないようなことを言い出して場を凍らせようとしている。
「ああん?」
 ほら、言わんこっちゃない。血気盛んなお兄さんたちが後ろを振り返った。
 そして、僕に気がついた。
 お兄さんたちは僕を見下ろした。そして急に笑顔になった。
「いや、ホントにそのとおりですよね」
「ごめんね、ボク。こっち入っていいよ」
「競馬、初めて?」
 どうやらお兄さんたちは子供が好きであるらしい。
 兄上は僕を振り返り手招きした。
「良かったな、兼友! 人の心は木石ではないからな! 優しいものであることよ!」
 過去イチ恥ずかしかった。

22.ありがたい宝物


「これはわしの宝物でしてなあ」
 ある日、兄上と一緒に兄上の古くからの知人だという人の所に遊びに行った。その人(以下、名前忘れたから知人さん)は宝物を僕たちに見せてくれた。
 兄上はそれを覗き込んで感心した。
「ほほう。これは見事な書物ですな。筆跡も素晴らしい!」
 それは『和漢朗詠集』という書物だった。
 僕、これこないだ習った! 昔、藤原公任って人が編集したやつだ!
 僕と兄上は興味津々でその書物に見いった。知人さんは言った。
「いや、この宝物のすごい所はもうひとつありましてな」
「ほほう! ぜひ聞かせて下さい!」
 こういうのが大好きな兄上は前のめりになった。知人さんは胸をはった。
「なんと! かの有名な小野道風が写した直筆本なのです!!」
「すごい!」
 僕は叫んだ。小野道風さんて人もこないだ習った。字がめっちゃ上手い人だ。しかし、兄上は首を傾げた。
「少し疑問なのですが、小野道風は藤原公任が生まれる前に亡くなってますが」
 僕ははっと息を飲んだ。
 藤原公任が作ったモノを小野道風が書写できるはずがない! てことは、この宝物は偽物!!
 僕はドキドキしながら知人さんを見た。ショックを受けてないといいけれど。
 しかし知人さんはさらに胸をはった。
「そう、それ! だからこそ世にもありがたき宝物なのですよ!」
「確かに! ありがたきことこの上なし!!」
 兄上もとても感激していたので、僕はそれ以上何も言わなかった。

23.つれづれなるままに


「兄上。何を書いているのですか?」
 僕は兄上の手元を覗き込んだ。兄上は顔を上げてにっこりと笑った。
「つれづれなまんま、一日中硯に向かって心に浮かんでは消えてゆくよしなしごとをそこはかとなーく書き付けているのだ。兼友、お前もやるといいぞ!」
「それをするとどうなるのですか?」
 僕は尋ねた。
「あやしい感じだし、もの狂おしい感じになる!」
 僕はするのをやめた。












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