兼友さん! 小説徒然草① (全3回)
これは、徒然草を書いた兼好法師の弟、兼友(けんゆう)さんと兄上や愉快な仲間たちとのお話。
角川ソフィア文庫 『新版徒然草』(小川剛生訳注)を元に書いています。
序
「兼好兄上へ。お元気ですか、僕も元気です。僕が仁和寺に来てからひとつき。もうすっかりここでの生活にも慣れ、毎日楽しく過ごしています。兄上は『大寺院なんて男色坊主ばっかりだぞ。そんな所に行ったらお前も狙われてしまうぞ。なんと言ってもお前はかわいい十二歳だからな。悪くすると染まってしまうかもしれん。いや……むしろそのほうが幸せかもしれないが……』とか心配していたけれど、皆僕に優しいです。狙ったりとかそんな命の危険なんかないです。いい人ばかりで上下関係もうまくいっています。友達もたくさんできたので今度紹介しますね」
僕はそこまで書いて筆を置いた。僕には年の離れた兄上がいる。皆からは「兼好法師」と呼ばれている。卜部兼好という名前だから、それを音読みしたのだそうだ。僕は「兼友(かねとも)」だから「けんゆう」と呼ばれることになった。
これは、僕と兄上と仁和寺の法師たちのお話だ。
1.兄上との思い出(ついこの間)
僕が仁和寺に入る前日、兄上は僕を呼び出した。難しい顔をして正座していた兄上の前に、僕はびくびくしながら出ていった。
「兼友。これから大事なことを言う。よく聞くんだぞ。友とするのには悪い者が七つある」
僕はごくりと唾を飲み込んだ。難しいお話みたいだ。
「ひとつめは俺様。ふたつめは若造。みっつめは脳筋。よっつめは酒好き。いつつめはやんちゃが過ぎる奴。むっつめは嘘つき。ななつめはがめつい奴。何故だかわかるな?」
僕は頷いた。兄上の言いたいことはわかった。一概に友達になっちゃダメだとは思えなかったけれど、でも僕自身はそうならないように気を付けたいと思った。
兄上はさらに続けた。
「そして、良い友にはみっつある」
僕は緊張して拳を握りしめた。
「ひとつめ、それは、頭のいい人」
僕は頷いた。僕も誰かにとっての「良い友」になりたい。
「そして、あとのふたつ。ーーそれは、医者と、物をくれる人だ!」
あんまり難しくなかった。
2.そうだ、石清水八幡宮行こう
「あれ? 行融(ぎょうゆう)僧都。どこ行くんですか?」
僕は仁和寺の門を出ていく行融僧都を見つけて声をかけた。僧都はどや顔で答えた。
「石清水八幡宮だ! 今急に思い立った。わしとしたことがまだ参詣したことがなかったのだ!」
そして、どすどすと徒歩で一人で寺を出ていった。
「ただいま戻ったぞ! 土産だ!」
土産と聞き、僕は友達たちと一緒にわらわらと僧都のもとに集まった。わくわくと両手を出している僕たちを一瞥して、僧都は「よしよし、そんなに土産話が聞きたいか!」と満面の笑みを見せた。集まってしまった手前、僕たちは手をさりげなく引っ込めて円座になった。
「いや、想像以上に尊かった!」
僧都は僕たちに極楽寺の荘厳さ、高良大明神の重々しさ等を滔々と語った。そして、思い出したように首をひねった。
「だが、参詣してた人たちが皆が皆、山に登っていたのはなんだったのだろう」
僕も首をひねった。みんなそんなに筋トレが好きなのだろうか。
「まあ、石清水八幡宮に参拝することが目的だったから、山の上までは行ってこなかったけどな!」「そうなんですねー」
僕は相づちを打った。が、僕の右隣にいた友達の宗心(そうしん)は、何かを堪えるようにぐっと顔に力を込めた。
そして、左隣にいた友達の盛恵(じょうえ)は真顔のまま僕にしか聞こえないような声で呟いた。
「いやそれ、山の上こそ石清水八幡宮だから」
筋トレじゃなかったのか!
翌日。兄上が来たのでその話をした。兄上は難しい顔をしてこう呟いた。
「些細なことにも案内役はいて欲しいものよ……!」
兄上は自分の台詞が気に入ったようで「些細なことにも案内役はいて欲しいものよ!」と再び呟いてうんうんと首を縦に振っていた。
次に会った時も「些細なことにも案内役はいて欲しいものよ!」と言っていた。
3.あだ名
京の柳原のあたりに「強盗法印(ごうとうのほういん)」というあだ名の僧侶がいるらしい。法印というのは僧侶の位のひとつで、とても偉い人らしい。「怪盗なんとか」の類いだろうか。カッコよすぎると僕は思った。
兄上がやってきたついでに聞いてみた。
「すごいですよね! カッコよくて強そうな名前! でもお坊さんなのに強盗、なんてどこから出てきたんでしょうね!」
「めちゃめちゃ強盗に遭ってしまう人だからだそうだ」
4.因幡の美少女
僕がお寺の床掃除をしていると、友達の宗心がやってきた。
「なあなあ、因幡の国にいる美少女のこと知ってるか?」
「因幡の美少女?」
僕は聞いたことがなかった。宗心は真剣な顔で続けた。
「なんとか入道って人の娘さんがちょーかわいくてモテモテなんだけど、お父さんが誰とも結婚させないんだって」
「ふーん」
「何でだかわかるか?」
「なんでだろうねえ。『うちの大事な娘をどこの馬の骨ともわからん奴にやれるか!』とかの類いかな?」
僕が推理してみせると、宗心は悲しげに眉を下げた。
「違うんだ。その娘が変わりもんだから『こんな娘は誰にも嫁にやれない』ってお父さんが言っているらしい」
「変わり者……」
どんな子なのだろう。どんなに変わっていても、人それぞれいいところもあるだろうに。
宗心はため息をついた。
「それがその娘はさ、栗ばかり食べて米を全然食べないんだって。そりゃあ仕方ねえよなあ。わかるよ」
「待って。全然意味がわからない」
5.人生で大切なこと
僕はまた兄上に呼び出されて正座していた。
「いいか、兼友。今から人生において大切なことを教えてやろうぞ」
僕は緊張しながら頷いた。
「博打についてだ」
僕ははっとした。そうだ、世の中には博打で身を持ち崩してしまった人がたくさんいる。そんな人になってはいけないというお話だろう。
僕は気を引きしめた。兄上は続けた。
「相手が負けきってしまって『最後に有り金全部!』と言っていたら、その者に近づいてはならない」
僕はしっかりと頷いた。兄上は僕の顔を真剣に見つめた。
「『有り金全部』とまで言った者は、次は勝ちっぱなしになる。相手にしたら絶対負けるのだ。ーーその潮時を知る! それが優れた博打打ちというものだ!」
博打の極意の話だった。
6.生活で大切なこと
兄上の前でまた正座する僕。
「いいか、兼友。生活では大切なことがある。スッキリ暮らす、それだ」
「断捨離ってやつですね!」
僕は瞳を輝かせた。兄上は続けた。
「うむ。世の中、ものが多いと下品に感じてしまうものだ。例えば自分の手の届く範囲に何でも置いてないか?」
僕はドキッとした。仁和寺に来る前の僕はいつもそうだった。文机で書き物をする時、必ずおやつをそばに置いておく。飽きた時の為に絵巻物も置いておく。暗くなってきたときのために灯りも用意しておく。眠くなったらすぐ横になれるように枕とかけものの準備もバッチリだ。ゴミが出たら机のはしっこに置いておく。
そして「今日は一歩も動かずに暮らした!」と喜んでいたものだ。
「あとな、硯にやたら筆が置きっぱなしになってないか?」
兄上に見られていた! だってすぐ固まっちゃうから洗うのめんどくさいし! 僕はドキドキした。
兄上は他にも色々と多いことで見苦しくなるものの例を挙げた。
「だがな、多くても見苦しくないものがあるんだ。わかるか?」
僕は考えた。
「ええと、知識、とかでしょうか?」
兄上は「さすが、わしの兼友だ!」と僕の頭をいいこいいこした。
「そう、本棚に本が多いこと、それを言おうと思っていた。そして、あとひとつある」
僕は前のめりになった。兄上は厳かに告げた。「ゴミ捨て場にゴミがたくさんあることだ!」
「えっ、なんでやねん」
僕が思わず突っ込むと兄上は「ゴミ捨て場って言うのはな、ゴミを捨てる場所だからだ」と諭した。
よく意味がわからなかった。
7.趣のある女性
「あれ? 兼好さん? お久しぶり!」
兄上と街を歩いていると、若いお姉さんに声を掛けられた。
「おお、そなたは……!」
どうやらお姉さんが子供の頃、兄上が面倒を見てあげていた近所の子らしい。とても親しげに話しかけてくる。
「やだー、兼好さんに子供ができたのかと思っちゃったー。弟さんなのね!」
「はっはっは。お前の早とちりは相変わらずだな」
兄上はとても楽しそうだ。
「え? あの高師直と懇意なの? ずいぶん兼好さんてば立派になっちゃったんだね」
高師直さんは、確か足利尊氏さんていう人の家臣で偉い人だ。
お姉さんはすっと表情を改めた。
「こんな口をきいてはいけませんでしたね。でも、変わらずお付き合いしていただけると嬉しいですわ」
兄上はおろおろした。
「何を今さら他人行儀に」
するとお姉さんはにこりと笑って「嬉しい! じゃあ、また会いましょうね!」と立ち去った。
お姉さんの姿が見えなくなってから兄上は感心したように僕に言った。
「親しい人がふとした時にかしこまるのは、好感が持てるものであるな」
僕はふむふむと兄上の話に聞き入った。そのうち、ある屋敷の前を通った。
「お久しぶりでございます」
丁度中から出てきた今度は別のお姉さんが兄上に気付いて会釈した。
「おお、そなたは……」
このお姉さんは以前兄上に歌を習っていたらしい。
「その節は本当にお世話になりまして……」
兄上とお姉さんは和やかに話を続けている。お姉さんが僕のほうに目を向けた。
「こちらは、お子さんですか?」
「いや、弟だ」
「えっ! やだ! あたしのバカ! ごめんなさいっ」
お姉さんは慌てたように顔を真っ赤にした。そして目を丸くしている兄上に気付いて、ごほんと咳払いをした。
「申し訳ありません。馴れ馴れしい口をきいてしまい……」
「はっはっは。いいのだよ」
お姉さんは約束があるとのことで、僕たちに会釈をして立ち去った。
兄上は感心したように僕に言った。
「それほど親しいわけではない人が、ふとした時に打ち解けた言葉を使うのもなかなかいいもんだな。……ふふ、兼友、お前にはまだ早いかな」
兄上と別れて仁和寺の門を入ると、友達の盛恵が掃き掃除をしていた。僕はさっき兄上に教えられたとっておきの話を盛恵に話した。盛恵は顔色を変えずに呟いた。
「お前の兄上、ちょろいな」
8.先人の尊い教え
みんなでお堂でお経を唱えていた時のことだ。隣の宗心がうっつらうっつらと船をこぎだした。
「こら! 寝ながら読経するとはなんたることだ!」
師匠が宗心の頭を叩いた。宗心はがばりと顔を上げた。
「申し訳ありません! お経を唱えるのをやめて寝ます!」
「馬鹿者!」
僕が兄上にそのことを告げると、兄上は眉を寄せた。
「うむ。その昔法然上人という方がおってな。その方に『念仏の最中に眠くなるのはどうしたらいいですか?』とある人が聞いたのだそうだ」
「どうしたら良いのですか?」
僕は尋ねた。なぜなら僕も眠くなることが多くて困っていたからだ。兄上はうむと頷いた。
「法然上人は答えたそうだ。ーー『寝ていない時に念仏しなさい』と。誠に尊い! 潔く寝た宗心は立派であるな!」
翌日のお経の時間、僕は兄上の教えに従った。
師匠から晩飯抜きを言い渡された。
2話に続く
