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#夏の1コマ 海が私にくれた宝物

海が私にくれた宝物





去年の夏。

仕事で函館へ出張に行っていた私は、休日に何気なく海へ足を運びました。

「函館の海には、綺麗な石が落ちているかな。」

そんな軽い気持ちだったと思います。

もともと私は、娘と一緒に石拾いをするのが好きでした。


休日になると山や川へ出かけては、小さな石を拾い、「これはハートの形だね」「こっちはキラキラしてるね」と話しながら過ごす時間が、何よりの楽しみでした。

その延長で訪れた函館の海。

そこで私は、人生で初めてシーグラスと出会いました。


波に何年、何十年も磨かれ、角が丸くなった小さなガラス。

それは、ただのガラスとは思えないほど優しく、美しく輝いて見えました。

気がつけば、仕事の合間を見つけては海へ向かい、夢中でシーグラスを拾うようになっていました。

そして、拾い集めたシーグラスで、小さな作品を作り始めました。



作品を作っていると、不思議なくらい、たくさんのご縁が生まれました。

函館で作品を見てくださった方と仲良くなり、作品をきっかけに会話が広がる。

そして、その作品をnoteで発信するようになると、日本中の方から温かいコメントをいただけるようになりました。

「素敵ですね。」

「癒やされました。」

そんな言葉をいただくたびに、とても嬉しくて、また作品を作りたくなる。

気がつけば、たくさんのフォロワーさんや大切な友達との出会いがありました。

今思えば、あの夏に海へ行かなければ、今の私はいなかったのかもしれません。

海からの小さな贈り物が、人と人をつないでくれたのです。



シーグラスは、もともとはガラスのゴミです。

誰かに必要とされなくなり、海へ流れ着いたもの。 

けれど、長い年月をかけて波に揉まれ、角が取れ、世界に一つだけの姿へと生まれ変わります。

そして今度は、誰かに「欲しい」と言ってもらえたり、「大切にします」と手に取ってもらえたりする存在になる。

私はこれまで、作品を欲しいと言ってくださった方へ、シーグラス作品をプレゼントしてきました。

そのたびに思うのです。

もしかしたら、このシーグラスも、この日が来るのを、ずっと海の中で待っていたのかもしれない。



私は、シーグラスは人生そのものだと思っています。

一つとして同じ形がないように、人の人生も一つとして同じものはありません。


楽しいこともあれば、苦しいこともある。

遠回りすることもあれば、思いどおりにいかないこともある。

それでも、その時間があるからこそ、その人だけの形になっていく。

だから、みんな違って、みんな良い。

シーグラスを見るたびに、そんなことを教えられている気がします。



この写真は、昨年の夏、函館で拾い集めたシーグラスだけで作った作品です。

私にとって「夏の一コマ」は、この写真だけではありません。

娘との石拾いから始まり、函館の海でシーグラスと出会い、作品を作り、人とのご縁が広がっていった、あの夏そのものです。

今年は北海道への出張がないため、あの海を歩くことはありません。

それでも、あの夏に海がくれた宝物は、今も私の暮らしの中で静かに輝き続けています。

この写真を見るたびに、波の音や潮風、夢中でシーグラスを拾っていた時間が、昨日のことのようによみがえります。

あの夏、海が私にくれた宝物。

あの夏の一歩が、今の私へとつながっています。





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