第10話|デュラはん、オッさん、おじいちゃんの国|創作大賞2025エンタメ原作部門

実のところファミレスの手前まで、乙彦は少し落ち着かない気分だった。
「ぼくがした櫻国との《戦い》、そのまま聞いたら、ふたり、どう思うんだろう」
というのが、心でぽわぽわ、バウンドしていた。
だが実際のところ、乙彦がそれなりの覚悟で話を進めているのと、ふたりの聞く熱量が見合っていないような気に、乙彦はさせられた。
そして、途中で、
「あー、えっと、ところでなんですが……、
もう何があったか、櫻国氏とぼくの戦いのことって、ふたり、だいたい知っちゃってたり、してます……?」
「ん、まぁ〜あ、なっ」、
ずっと違和感があったのだが、黎分はなんとなく、心ここに在らず状態なのだ。「白馬がよ、オッさんを《選んだ》って時点で、いままでの発想とは違う、新しい時代がくるんじゃないのってことは、もう、既定路線っていうのかさぁ……まいった、まいったとは思ってっけどね」
「え、どういうことですか、『まいった、まいった』って……」
「さっき、異動の内示が、でましたんですけど、それで黎分さん、昇進したんですね」、
難しそうな日本語の単語ではあるが、デュラはんは立場上このあたりは言い慣れているのか、用法も完璧に言えている。
「え、すごいじゃないですか。おめでとうございます」
「いっやー、おめでとうっていうか、いっやー……」、
黎分が、どうもあまり嬉しそうではないのが気になる。
「言いづらいかったら、《同期》いま、解除しますけど」、
デュラはんは、馬に《聞かせない》ということも、選べるようだ。
「じゃあ、ちょっと、それで頼むよ……切った?おう、よっしゃ、ちょっと待てよって、俺、岩になるとかー、マジ無理なんですけど……!」、
黎分は、烏帽子岩の守り鴉に任じられたようだ。
京都市内には、貴船河畔、西賀茂、保津峡にそれぞれ烏帽子岩と呼ばれる岩がある。
これらの岩は「鴉が宿ったことが先」であって、「帽子」がその名の由来ではない。
「でも、3つの岩どうしの移動は、飛んだり跳ねたり自由にできるみたいし、まあ、いいじゃない」、
デュラはんは、にこにこしている。
そして、なんとなくで、単に乙彦の気のせいかもしれないが、隣のソファに座った彼に、肩や腕がかするとか、押し当ててくるとかのボディタッチ率が高めだ。
「それで、デュラはんは、異動ってどうだったの?」
「ええ〜?(❤︎)」、
なんで、もう少しで語尾にハートがつきそうなしゃべりに、なっているのだろう。
「どうだったら、いいの、わたしが。ねえね、乙彦的には」
「……ぬぬ」、
飲み込んだつもりだが、デュラはんに聞こえてしまっただろうか、いやむしろ聞いてくれまである、そんな「ぬぬ」を乙彦は放つ。
包帯を巻いた右の手のひらを、口のところでぱたぱたやりながら、デュラはんは言う。
「ハイ、ザン!わたし、東京に、決まりました〜!」
「えっ!」
「しかも、びっくり、世田谷区上馬6丁目に、決まりました〜!」
「ちょっまっ!!!!」、
思いっきり、乙彦の住んでいる場所だ。
「それで、オツヒコに追いロッテ(※)のお願いあるよ(※ たぶん「おりいって」のこと)、住む部屋が決まるまで、一緒に住むよ」
「ややややや、ちょっと、普通、ないんで、それ……」、
乙彦が言うと、
「え、わたしたち、『普通』なのか?」、
「うっ……!」、
乙彦は、うめくしかない。
「どー考えても、普通、じゃねーわなぁ」、
黎分がニヤニヤして言う。
「あ、でも、エッチなことは、しないですから。とりあえず。
わたし、サバイバーですから。そういうの無理です、とりあえず」
「……ってとこまで込みで、それでも、オッさんならきっとなんとかしてくれるって、馬さんのイキな計らいよ」
「…… ……」、
また、新しいことが大爆発して、胸いっぱいで言葉がない。
とはいえ、この時。
心の深い場所で、乙彦はほっとしている……、
というか、もっと複雑な感情の網の中にとらわれてしまったような、だがそうやってとらえられてしまったことがとても居心地がいいような、これまでまったく経験のない感情の中にいた。
深い海に沈めている記憶。
乙彦自身も、サバイバー。
ひとりでは、深く潜れなかった。
怖くて、怖すぎて。
取材の対象として向き合うことも、考えたけど、ずっとできなかった。
でも、向き合いたい、その欲求は、ずっとあった。
このタイミングで、白馬と《同期》し、俺は先へ進む。
深く潜る。
僭越だけど、妄想かもだけど、これはきっと、世界に望まれている。
弱さが、強さを、乗り越える時が来た。
きっと、こういう動きが、地球のあちこち至るところで、同時に、多発的に、起こっているはず。そういう確信がある。
ひとりじゃなくて、デュラはんがいて、その先には、連帯できるみんながいる。
デュラはんと、どうなるかは、いまはまったくわからないけど……
「いつか、本当の名を聞きたい」、
それだけは、たしかだ。
ガラガラガラガラガララ……
「おじさん、こおり、あふれてるよ」、後ろの子に言われて、ハッと乙彦の意識が戻る。
「ひゃわっ!」、
完全に、ぼけっとしてた。
ドリンクバーコーナーの、製氷サーブマシンの前で突っ立って、ずーっと押し当ててしまっていた。
「うわ〜、オッさん、ちょいと!しっかりしてくれよぉ」、
黎分が来て、床の氷をすくう。
「!」、
乙彦は目を疑う。黒い羽が、ちょっと見えちゃってたってば……!
「ちょっと、逆にしっかりしてくださいよっ」、
乙彦はあわてる。
そこに、デュラはんがハグしてくる。
「オツヒコ、オッさん、よろひくね」、
デュラはんが、ビールジョッキを握って、席から歩いてやってきた。
目が、とろんとしちゃっている。
「あぁ〜。デュラはんさ、アルコールほんと、弱いんだわ……」、
黎分は次の展開を予想しているのか、レザージャケットをさっと羽織り、背中で言う。「とりあえず、お会計しちゃう。先行ってていーよ、どこまでも」
どこまでも……?
デュラはんが、乙彦の手を取り、目を見つめ、言う。
「えちは、しない、とりあえず!
けどね、わたし、オッさんと、いつも一緒にはしりたぁい。
それが、わたしのねがい〜。
ねえねえ、ほら、月だよ、月が、綺麗ですね、オッさん」
乙彦は、月を見た。
綺麗だ。
いままで、しらなかった。
月って、こんなに綺麗だったんだ。
月が、白い馬を、デュラはんを、そして乙彦を見て、笑いかける。
「はしるかい」
「はしろー❤︎」
「うん。いっしょに」
(おしまい)
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