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有名人と名前の読み一緒だと、たまに何かと戦う人生になる、けど【フビワングランプリ+なまえ百景同時応募作】

(本文4,000文字)

ぼくの本名は、とある有名人と、読みが「同姓同名」。

no+eの自己紹介記事には、これ書いてません。
各種「バレ」の未然防止ももちろんですが、
「まあまあリアル不憫なこれ●●、no+eに持ち込みたくないや。」
が、意識として一番。

だがしかし。

アルロンさんの企画「#フビワングランプリ」への応募きっかけに、大塚ぐみさんが「#なまえ百景」を開催したと知り。

「両企画を同時に満たす記事、ぼく、書けちゃうな」……、
「いや、そうじゃない。これは、『自分が書くほかない』やつ」。

これを書くことで、さらに家族バレや
職場バレの危険を近づけちゃいますけど、

それでも、もう「書かない」は、選べない。

不憫だった自分と、与えられた名前とを、なぐさめてあげるため。
いま、自分の名を呪いのように感じ、親御さんetc.名付けた方を恨んでいる見知らぬどなたかに、少しでも心を軽くしてもらうため。

この記事のタイトルの最後のところ、
「……人生になる、けど」の、「けど」部分を書くために、やります。

エッセイと呼ぶには長すぎですが、有名人と同姓同名、あるいは読みが有名人と一緒、その当事者の方はぜひ読んでくださると、嬉しいです。




現在の主戦場は、病院の待合室、たまに電話口

現代の病院の呼出しシステム、進化してますよね。
小型の呼出し機器(フードコートで渡されるアレみたい)で、
「診察室外、待合スペースまでお越しください」
なんて、指示くれる。
スムーズなの最高、けど、個人的には、
「呼名されない」
が、なにより最高オブ最高なのです。
……ずっと、戦いでした(遠い目)。

「○○さん。  ○○ ○○さぁーん!」
って、フルネームではっきり呼ばれることとの、戦い。
秒で対応するべく、はりつめた弓の柄を、ぎゅうと握りつづけ。
(「はりつめたぁ〜〜〜♪」)

「名の○○」が呼ばれるところに、
「はいっ、はーいっ!」
の矢ヒュンと放ち、生きてまいりました。

おお、刑事さん、早くも丼ですか……、
そしたらぼくは、「フビビンパ」1つ、お願いします。

電話口で、たまに、フルネーム言わなきゃな場面も、ありますね。
軽易な本人確認。
健康診断の日程変更とか。
言う時、別の人の口調になります。
その自分に「気づく」どころか、もうそのナレーターを舞台に「引っ張り上げる」レベル。はいなよろしく、って。

「『○○ ○○』ト、申シマス。」

(「わたくし黒木香でございます。」めいた何か。
わからなくても、検索しないでいいですよ)


「同姓同名」は、ある日突然に

ぼくが10代の頃、ある方が世に出ました。
「オリンピックで活躍した」、「芸能で名が売れた」、あるいは「とんでもない事件でニュースを賑わせた」状況ですね。

名前を「かぶられる」。ある日突然、なんの前触れもなく。
このなかなかの事件は、しかし、誰の人生にも起こりえます。
……ますよほんと!

すでに、属するクラスや学年、校内で、他の生徒から自分について認知があれば、まだ、まし●●なんです。
「同じ学校の彼・彼女と読みが同じ人が、有名になった」
と、「自分先」で認知してくれる。
「向こうの人」は、遠くの見知らぬ存在、って。


(ただ、直接知り合いじゃない別クラスの生徒たちや先輩は、例外。
高校1年の夏頃、休み時間。
高2の「怖いグループ」の先輩たちが、どかどか教室に入ってきて、机に座っていたぼくをふわっと囲み、
「お前、○○  ○○って、マジ?」
「や、ちょっと見にきただけw」
と言い立て、帰っていきました。

中学・高校年代は、とかく差異や珍奇に敏感。
避けがたく、こういうことも起こります。
……いま冷静に書いていますが、リアルタイムではひどく動揺しましたし、思い出すと感情がネガティブに煽られますけどf^_^;))


きっついのは、進学先や就職先での「自己紹介タイム」

中学→高校、高校→大学や専門学校、学校→就職先。
初日とか数日後、設けられる「自己紹介タイム」。
あれヤバい。
憂鬱すぎて、口から鼻血噴きたくなります。
開始後は、

「ううう……この場に隕石落ちてくるとか、ない…?」

「俺の前の人が、急に苗字しか名乗らなくなる流れ、できない?」

とかぐるぐるさせてます。

で名乗れば、案の定、好奇の目(ウホッ?!)、ざわめき。
わかってはいますよ。
これは自意識過剰なだけ、勝手に脳内ブーストかけているだけ。

「みんな他人のこととか、
そんな気にしてないから!」

この言葉に、心ですがる。
なんなら、「悪夢の自己紹介自分の番」直前まで、口内でぶつぶつ念じて。

ですが。
「ウホッ♪」な人らも、確実にいるんだと痛感した経験も。

大学入学後、クラスでの集い(コンプラ)。
内部進学組の女性が、どういうわけか(コンプラ)饒舌になって、ぼくにペラペラしゃべったのは、
「うちら(内部進学組グループ)さ、自己紹介で名前聞いて、『あの人、○○  ○○さんだって』って、超盛り上がっちゃった!」
と。
(ちなみにそれで「この女とは、絶対ないな。」思いました。何がだ。)


新しい環境では、自分の存在や認知は、ゼロベース。
一方で、既に世間的で有名人なあちらさんは、「有名ベース」あり。
現代日本では、「有名ベース」は強固。
それはまるで、他人同士を行き来させる床板のよう。
ゼロな、無名なぼくに、勝ち目なし。
自動的に、ぼくが有名人の「じゃない方」に位置付けられる。

……あっ追加で、フビビン麺もください!


名前で鬱屈を抱え、内省めぐらせまくった高校時代

「名前の読みが有名人と同じ」、それがぼくの高校時代に与えた影響とは。
仔細にやると暗くなるため、箇条書きで極力ペラッと。


本能的に、運動部に入った
「舐められたくない」「負けず(嫌い)精神」が発動。


極力、自分の存在を知ってもらおうと、社交的になった
「知らないあいつ」でい続けて、ある日誰か(権力者たち)に「発見」され上陸されることが一番不快。先に書いた囲まれ事件以降、確信になった。
「できる範囲で」、社交的になり、自分を開こうと努めた。
「知ってもらうこと」で「『じゃない方』じゃない」存在として、学校ワールドで知られる、位置付けられる必要があるな、と。


反面、「言わないでおくけど、ひとり考えていること」が増えまくった
例えば、「同じような不憫を喰らっている誰か」が、日本のどこかに必ずいる、と妄想。以下はその一例。

読み「さいとうまさき」な同級生。
(補足:斎藤雅樹…当時華々しく活躍した、プロ野球・読売ジャイアンツのエースピッチャー。)

読み「いわさききょうこ」な女子高生。
(補足:岩崎恭子…水泳選手。1992年バルセロナオリンピックで、14歳で金メダルを獲った。)

読み「なかむらまさとし」なサラリーマン。
(補足:中村雅俊…俳優、歌手として、長年映画やTVに出演し続ける。)

(注!)
これを読んだno+erさんが、勢い余って「私、本名それです!」とウッカリ書くと身バレして大変よ。ギリ思いとどまってください😂
あとついでに、山本の本名宛て大喜利もやめておこう!🤣


……ままま、極め付けは
「改名したい」と、図書館で手続きを調べて、親にも伝えた

こと。
どうやってか、翻意した(から、名前はそのままだ)けれど。
記憶の中では、このとき、母を泣かせてしまったはず。
「ねえ、あの時、泣かせた?」
って聞いてみたいけど、やっぱり無理、絶対聞けないな。
ぼくの黒歴史には違いないです。
…って、これで不憫なの、明らかに母だけど🙏


けど。いま同姓同名や、同じ名の読みで悩むあなたへ、送るエール


「きむらたくや」さん。
「おおたにしょうへい」さん。
「さとうしおり」さん。
有名人と「かぶってる」と言われてる、あなたに。

それは、人生に不意にやってきて。
不条理にも屈託を抱えることになったはずです。

でも、親を恨んでも、不運を呪っても、どうしようもない。

ぼくは、良かったことに目を向けます。
ネット検索、あるいはAIが集合知として伝える「メリット」と、少し違う。
一意見に過ぎないですが、実感持って、良かったのは……、

ぼくの「名前要素」をまったく
(あまり)意に介さず、
個として人としての良さを
見てくれる人たちが誰なのか。
その人となりが分かるフィルター
として、機能してくれる。


ぼくがいまの妻と出会った頃、そうやって感じられたから、魅かれました。
ぼくが気兼ねなく接する、接してきた人たちは、この要素が必ずあった。
(何人かの人は、当人も自らの名に、悩みや屈託を抱えていました。)

それを
「人生の途中で,ゲットできた。」
と、ポジティブに考えましょうね。

そして、先人たち(親のアドバイスや、読んだ本たち)が言っていたように、「物事は、考えよう、見方次第」です、やっぱり。
悲劇は、別の誰かには、喜劇。
複雑は、裏返せば、ペラペラ。
いつも心に、シェイクスピア劇の「道化フール」を置くといいです。
この辛辣なイマジナリーフレンドは、心の平穏の助けになってくれます。

(「いつか、読み直して、シェイクスピア戯曲についても書きたいな…」。
↑こんなふうに間接的にno+e記事書く役にも、たってくれる。)


生きてきて、多くの「同姓同名さん」の存在を見てきたこと。
「結構、いるもんだ!」と実感でき、心の平穏につながっています。

若い頃は、名前要素で、ちょっとしんどかった。
でも50のいま振り返ると、
「ま、気にすんな( T_T)\(^-^ )」
って、心の師匠・高田純次さんっぽくアドバイスできます。


不憫もある。けど、良いことも与えてくれる。
わたしたちの人生にやってくる要素って、名前以外にもこういうこと、きっと多いのでしょう。
自分に力を与えてくれるはずと、信じてみること。
武器にして?
花束にして?
どうとらえて、抱えて、要素それらと一緒に生きていこうか。
なにもかも、あなたのとらえ方次第です。

♪"Don't worry, be happyくよくよすんな、たのしくいよー"♪


#フビワングランプリ
#なまえ百景

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