第8話|デュラはん、オッさん、おじいちゃんの国|創作大賞2025エンタメ原作部門
デュラはんと黎分が出ていって、部屋には乙彦と櫻国櫻子の二人だけが残る。
乙彦は、櫻国の後ろ手のビニールひもを解こうとして、素手ではそれが不可能だとすぐに気づく。
「硬すぎちゃいました……。って、縛ったの俺じゃないかいっ!
当の本人が言うって、ちょっとやばいっスよねぇ……どの口が言うんだ的な」、
テヘペロみたいな仕草を⸻某有名トークアプリオリジナルの、あの汗いっぱい出してそれやる白い人になった気分で⸻、乙彦はする。
「待っててください。いま、切りますから。あの、すいませんでした」。
「…… ……」、櫻国は、怪訝な表情を示す。
乙彦はここで、微妙な嘘をつく。
最終的に、櫻国を縛り上げたのは、乙彦ではなく八百万の守宮だ(第5話参照)。
黎分たちが〈漬物石〉と呼ぶからには、彼女は〈八百万〉であるとか、少なくともヒトではない存在の可能性が高い。その場合は性別が「女」なのかも実は怪しいとなるのだが、ここは便宜上そう〈成って居る〉ことをもって、彼女と呼ぶ。
乙彦は、いま、彼なりのやり方で、《戦って》いる。
乙彦は、あることを《念じて》みる。
《思念》を放てば、《同期》しているのだし、デュラはんと思いを共有できるとか、疑問があれば応えてもらえるはず……。
具体的には、こんなことを《念じた》。
《デュラはん、はさみって、どこ?》
聞く前に、軽くだが、探し回ってはみた、無許可で。
だがペン立てにも、引き出しのいくつかにも見当たらない。
ならばと、キッチンへ向かう。
キッチンばさみの方が、探すのが簡単なはずと判断した。
たいてい、シンクの上だとか冷蔵庫だとか、どこかしらのフック的なものに掛かっているものだ。
だが、予想に反して、ない。
物が少ないのと、潔癖気味なのか、部屋は非常に綺麗に片付いている。
気合を入れて綺麗にしたそばから速攻やばい風景に退化あるいは超進化する、乙彦の普段暮らす賃貸マンション(東京都世田谷区上馬6丁目)とは雲泥の差、ここは雲レベルだ。
それなのに、はさみがいま、見当たらない。
《……》
《…… ……》
《…… …… …… ……》
何も反応がない。
(やっぱり俺に《同期》なんて大それたこと、できないんじゃないか……。)
など思ったところに、乙彦のリュックのポケットあたりから、
「ちーーーーーん」
と鈴みたいな音がなる。
トークアプリにメッセージが届いたらしい。
(会社かな)、少し慌てつつ通知を見ると、
【黎分:「しらね」だって!笑】
【黎分:いま不機嫌なんで、やめとけwww】
そういえば、出る前に黎分にQR読ませて、「フレンド」になったのだった。
(細かい乙彦としては、「笑」か「w」かは統一して臨むのがマナーだろうと思ったりするが、黎分はそういうこと気にする感じは一切なさそうだ。)
デュラはんに《思念》はまがりなりにも届いている、けど応じる気がないっぽい。
そのことも、乙彦はありていに、櫻国に伝える。また例によって、有名トークアプリの白い人になった感じで、
「すいません。やー困ったなぁ……。
逆に、櫻国さんが、ひもを切れる道具的な何か、お持ちだったりしないでしょうかね、例えば、エチケットバサミとか、爪切りとか……」
「……持ってますよ。壁のところに、私のバッグが立ててあって、その中に」、
乙彦が金庫近くの壁を見ると、たしかにエルメスのケリー(おそらく28)がある。
「こんな状況なので、櫻国さん、バッグから、ぼくがそれ探して、出させてもらっちゃっても、良いでしょうか……
や、本来、失礼ですよね、嫌ですよね。
全然知らないぼくが、荷物ゴソゴソやるわけですし。
もちろん、目の前、見ていらっしゃる前で、やります。
お許しを、くださいますか」
「はあ。……そうですね、じゃあ、お願いします。ポーチが入っていて……」
乙彦は、いま、彼なりのやり方で、《戦って》いる。
10分後。
乙彦は、普段はデュラはんが使うこじんまりしたリビングのテーブルに、櫻国と差し向かいで座っている。
その前に、櫻国が行きたいというのでトイレに行かせ、その間にキッチンでオレンジフレーバーティー(※)をコップふたつに注ぎ、あと冷蔵庫の上におもむろにシガール(※※)があったので、それも2本ずつもらうことにする。
(※ デュラはんはフレーバーティー好きなので、マスカット、オレンジ、ピーチなどを複数冷蔵庫に冷やしておくのが夏の常。※※ ヨックモックの定番のアレです)
それらをリビングのテーブルに置くと、乙彦は自分のリュックからペンとノートを取り出す。ペンはエナージェルの一番安い青で、ノートは無印のもの。
普段、仕事で取材をするときの支度となんら変わらない。
すこし、室温が低い気がする。
エアコンの効きが良いのだ。
というか、先週までの「もうこれ夏じゃん」という日差しとは変わって、今日はまた涼しさが戻ってきている。
そこへ、櫻国が部屋に戻ってきたので、乙彦は
「室温、どうですか、もうエアコン止めて、網戸にしようかなと思っているんですが……」
「……あんたそれ、どこまで本気でやってるの。堪えかねるっていうか……、笑っちゃう」、
櫻国が言う。
「……えっ」、乙彦は櫻国を見つめる。「本気というか、や、それ言ったら本気も本気ですね、もう、そうやって生きたいって決めたんで……」
「もう、あなた、わかってるはずよねえ」、櫻国の口調が、少し投げやりになった気が乙彦にはした、「だって、そちらみんなで、《同期》してるんでしょ。なんでもお見通しのはずよねぇ。
そう、わたしは、泉司家に代々伝わる〈漬物石〉。
長い時の中で、〈覚醒〉にめぐまれて、〈七九九余万〉に成った。
日本には、民主主義なんてぜんぜん似合わない。
やはり、特別な家のものたちが支配していなければ、何もかもおぼつかない。
泉司家を含めた幾つかの家柄は、この永世京から、江戸と連携して、日本を治めている。
そういうことに、なっています。
それで、私は、持てる力を振るって、先代の当主様、そしてお世継ぎの春詩様と、家の繁栄に努めてまいりました」
「待ってください」、乙彦はテーブルへ歩み寄るが椅子には座らず、さらに歩を進めて、櫻国の斜め右前あたりに立つ。
両手で、くいっと名刺を差し出している。
「中田乙彦といいます。今さら名乗って、変な感じですが」
「……『有限会社・ニュースサイトおーどろメディア 取材チームキャップ』」、
名刺に書かれた乙彦の肩書きを、櫻国が読む。
乙彦が語る。
「ぼく、ふだん、記者の仕事をしています。
前はもっと大きな会社にいて、仕事も自分の受け持ちの範囲内って感じでしたけど、いまはもっと少人数の会社にいて、ほんと、いろんな現場に行って、いろんな取材やれてます。
記者は、ぼくには天職だなって感じてます。
ぼくはとことん、「多視点の信奉者」というか、いま風に言うと「多視点推し!」ですね、もうまさに。
「推し」って本当に革命的な言葉で。
「信者な自分」と「布教者な自分」をほんわかアピールできるとか、いやほんと、すごくないですか。
「昭和」は、ものすごくシンプルな時代でした。
でも平成、令和と、日本で言えばですけど、混迷や混沌が進んで、世界は多視点でないと理解できなくなった。
しかも、2、3視点じゃ足りない。4、5視点でも、まだあやうい。
多視点でないと理解できない困難な時代だから、人は単純化を欲する。
二分法、モデル化、壁の向こうとこちら。
でも、それと戦う時、もし「否定」をしてしまうと、同じことになってしまう。
差も線も壁も違いも境界も、いったん、「ない」にする。
非現実的かもですが、そのテイで行かないと、「ある」にしちゃうと、もうそこから相手の否定、相手の抹殺まで、もう、すぐそこってなる。
だから、あいつ馬鹿だって冷笑されても叩かれまくっても、くらいつく。
いやきっとどっかで「ナカーマ」って、楽しく笑える一致ポイントがあるんじゃって、そこに賭けてみる。
記者って、そういう視点や見方を、自分と読んでくれる世界の誰かとで、共有していく、その夢を見るために現実でももがく、そういう仕事なのかなぁって、ぼく、思ってます」
櫻国は、じっと乙彦をみる。
何を考えているのか、乙彦には見通せない。
コップを手に取り、お茶を飲む、そのタイミングが一緒になって、なんとなくふたりともで苦笑いするそのとき、一瞬、目が合って、その顔は笑っている。
乙彦は続ける。
「すいません、なんか俺ばっかり話してて。
ぼくを誘ってくれた、前の会社の先輩が、面白い人だったんです。
仕事しながら、語学、それもほんといくつも極めようとして、しかも体もめっちゃ鍛えてたんですね。
で、さらに上の先輩がその人に向かって『なんでお前そんなめちゃくちゃやってんの、宇宙飛行士にでもなるつもり?』ってある時、聞いたんですよ。
そしたら先輩、
『なりたいっすね。正確には、宇宙人が将来地球に来た時に、取材する世界中のメディアの選抜チームに入りたいっス』
って。
先輩いわく、
『宇宙人が来たら、戦うなんて発想、地球にとって恥も恥、大恥で。
相手がめっちゃグロなビジュアルでも、しかもめっちゃとんでもない武器を地球に向けてきていても、どうにかして、コミュニケーションを取ることを、あきらめない。
俺個人であきらめたくないし、人類全体であきらめるべきじゃない。
それが、人の、このクソみたいに自己中かつあきれる性分ばかり目立つヒト族の、まさかまさかの聖性、唯一無二みたいな美徳ってやつなんじゃ、ないですかねえ』って。
ぼく、その言葉、すごい好きなんですよ。
いつも、胸のどっかにあります。
……っていうのが、まあ、俺の本気ですかね。
《戦う》って、相手を打ち負かすとか、それだけじゃなくて。
ボゴンって穴開ける相手は、『敵』って設定した相手じゃなくて、自分の狭い常識の方に開けたほうが、成長があるわけで。
ああ、ぼく、そう、成長したいんです、死ぬまで。
ヒトの命なんて、短いじゃないですか、特にあなたは石ですし、絶対にそう思っていらっしゃるはずで。」
「そうね」、ひとつ息を大きく吐いて、櫻国は応じる。
「お金も、名声も、ぼくが仕事にしているこの文字や言葉というものも、いつかどこかへいってしまうかもしれない。
特に、今は何もかもがデータで、ある時になんの前触れも脈絡もなく、消失してしまうかもしれない。
サーバコンピュータのある建屋が焼けたとか、データがぶっ飛んだとか、あっけない理由で。
それでも、思い、人がやろうとしたことは、残る気がしているんです。
何にも根拠のない、ただの思い込みとか妄想かもしれないですけど。
誰かを、1ミリでも理解しようと努めた。
何もかも違う、とうてい理解不能に思える相手であっても、決して理解不能だとあきらめず、敵だと線を引かず、対話を続けた。
その繰り返し、失敗とかうまく行かないことが多いその積み重ね。
その先にしか、未来って、ないんじゃないかなぁ……って。
いま、ぼく、こういうことになって、ちょっと普通のヒトじゃなくっちゃった感じで、嬉しいってより、なんだかなぁって思っています。
この先、もし、いろいろ《能力》を自分のものにして使いこなせちゃうんだとしても、少なくとも仕事だったり、というか、それって自分がどう考えたいか、どう生きていきたいかとかなりイコールなんですが、そこではあまり、使いたくない。
これまでと変わらずに、やっていきたい。
自分は、「いつまでたってもわからんちん、未熟者スタンスで、だから、あまねく生きてる他者、その生業のたいていを尊敬し、尊重し、無心に覗きにいきたい、学びたい。
それで、自分の頭で考えたい。
考えたことを、未来でともに働くかもしれない誰かと、共有したい。
シンプルに愚直に、それだけ、やってたいです」
ぼくは、いま、ぼくなりのやり方で、《戦って》いる。
すべては、大いなる《共有》のため。
乙彦は、コップを手に取り、ごきゅっとお茶を飲んで、前に座る櫻国を見る。
櫻国が、笑ってこちらを見ている。

(第9話へ続く)
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