生まれつき金髪の日本人が、AIと対話してたどり着いた「人権宣言」⑥(改定案③全文)
以前投稿しました、「生命の多様性と連帯に関する人権宣」に、「第10条(生命の有限性と尊厳ある完了)」を追加しました。
これについてご意見いただけたら幸いです。
宜しくお願い致します。
生命の多様性と連帯に関する人権宣言(改定案③)
前文
我ら人類は、数億年にわたる生命の連鎖の果てに、絶え間ない遺伝的ゆらぎと環境との相互作用を源泉として、今ここに存在する。生命のプロセスにおいて生じる多様な特性の現れは、人類という種が未知の環境変化に適応し、存続し続けるための根源的な力である。我々は、特定の特性に伴う困難が、個人の責任に帰すべきものではなく、多様な生を許容しきれていない社会構造の未熟さに起因することを認める。
我々は、個々の人間を独立した個体としてのみならず、人類という一つの生命系を構成する「相互補完的ネットワーク」の結節点として捉える。人はみな、ある側面において種全体の可能性を広げる特性を分担し、別の側面において他者の特性に支えられている。個々の多様性は、切り離された個人の属性ではなく、この重層的な網の目の中で分かち合われる生命の現れである。
我々は、世界人権宣言および障害者の権利に関する条約(CRPD)をはじめとする国際的な人権規範を継承し、これを生命科学と社会構造の進展に合わせて深化・補完することを目的として、全ての人間が生まれながらに自由であり、平等な尊厳と権利を有するという普遍的原則を不動の基盤とする。その上に、全ての個人がその特性にかかわらず、ありのままに尊厳を持って生きられる社会を構築することは、人類の生存基盤を維持するための普遍的な責務であることをここに宣言する。
第1条(用語の定義)
本宣言において使用される以下の用語は、次に掲げる意味を有するものとする。
多様性:遺伝的、身体的、精神的、神経学的なあらゆる差異の総体であり、人類という種の存続における本質的な属性。
障害:個人の特性そのものではなく、個人の特性と、それに対する社会的・物理的・制度的・心理的な態度の障壁との相互作用によって生じる状態。
相互補完的ネットワーク:個々の人間が独立して存在するのではなく、互いの異なる特性(遺伝的資産)を補い合い、分担し合うことで成立している人類全体の動的な生存構造。
共有資産:特定の個人や組織の所有に帰すものではなく、人類全体が将来にわたって享受し、保護し、次世代へ引き継ぐべき生存のための可能性(レジリエンス)の源泉。
不適合の空間:社会のデザインが特定の特性(多数派)に偏っているために、それ以外の特性を持つ個人が排除や困難を強いられる物理的・制度的・心理的な領域。
不適合の時空:不適合の空間に時間的側面を加えた概念。科学技術の進展や社会制度の整備が、多様な生のあり方に適応しきれていない「文明の発展途上」という時間的な制約を指す。個人の特性がもたらす困難は、この時空における社会側の未熟さの投影であり、個人の生命としての価値とは一切無関係である。
主体的選択(エージェンシー):適切な情報提供と支援を背景として、個人が自らの意思に基づき、生のあり方を決定するプロセス。
負の優生学:特定の特性を「価値の低いもの」または「根執すべきもの」と定義し、科学的・社会的手段を用いてその出生や存在を意図的に抑制しようとする試み。
ニッチの拡張:人間を社会に適合させるのではなく、技術や制度を用いて、多様な特性を持つ人々がそのままの状態で活動できるよう、社会環境側の受容幅を広げること。
公正な資源配分:不適合の空間を解消し、全ての人が等しく尊厳を保つために必要な格差の是非を優先する資源の適用。
フロンティア投資:従来の社会的投資の概念を拡張し、個人の特性を社会に適合させるのではなく、社会の側を多様な特性に適応させる「ニッチの拡張」のために投じられる資源。これは、人類が未知の環境変化を生き抜くためのレジリエンス(適応力)を確保する能動的な生存戦略を指す。
潜在的多様性(ポテンシャル・フロンティア):個々の人間が表面上は保持していないように見えるが、遺伝子情報として内包している多様な特性の可能性。人類という種が、今は必要とされていないが将来必要になるかもしれない機能を「保因」という形でストックしている状態を指す。
連続的特性(スペクトラム):人間の特性を「正常」と「異常」に峻別せず、無限のグラデーションとして捉える概念。全ての個人は、この連続体(スペクトラム)上の異なる地点に位置しており、その境界は社会環境の変化に応じて常に流動的である。
生命の完結性: 個々の生命が、その存続期間や機能的特性にかかわらず、存在することそれ自体において一貫した充足をもつ生命過程(プロセス)であるという属性。これは、個々の人間が人類という「相互補完的ネットワーク」の結節点として、独自の役割を種全体に分かち合うための尊厳の出発点であり、人類の「共有資産」を構成する不可欠な基盤である。
第2条(存在の固有の価値と普遍的尊厳)
全ての人間は、その遺伝的特性や身体的・精神的特性のいかんにかかわらず、人類という生命系の不可欠な一部である。
個々の多様性は、不確実な未来に対する人類全体の生存の可能性(レジリエンス)を内包する「共有資産」である。しかし、個人の尊厳および権利の享受は、社会への貢献、有用性、あるいはその特性の希少性といったいかなる「価値評価」とも完全に独立しており、これを条件としてはならない。また、個人の尊厳は、生存期間の長短、苦痛の有無、あるいはその特性がもたらす機能的制約にかかわらず、いかなる価値評価とも独立して無条件に享受される。
全ての人間は、そのゲノムにおいて、現時点では発現していない多様な形質の可能性を「潜在的多様性」として等しく内包している。この潜在的な情報の蓄積こそが人類のレジリエンスの源泉であり、特定の特性が顕在化している者とそうでない者との間に、生命としての優劣や断絶は存在しない。
全ての人は、いかなる評価からも独立した議論の余地のない「公理」として、固有の尊厳を無条件に享受する。この尊厳は、個人の能力、社会的有用性、あるいは生命としてのあり方のいかんにかかわらず、ただ存在することのみをもって発生し、いかなる合理的・経済的理由によっても侵害されない。
第3条(環境適合の社会的責任)
社会構造における「障害」の本質は、個人の特性と、特定の多数派の特性を標準として排他的に構築された環境との間に生じる「不適合の空間」にある。
現在の社会インフラが特定の特性に最適化されている事実は、それ以外の特性を持つ者に対する構造的な排除を内包している。社会は、この不適合を解消し、あらゆる特性を持つ個人が障壁なく参加できる環境を整備する無条件の義務を負う。
人間の特性は「連続的特性(スペクトラム)」をなしており、個人の状態と社会環境との適合性は、時間的・空間的に常に変動し続けるものである。したがって、特定の「障害者」というカテゴリーのみを対象とした暫定的な対応ではなく、社会の受容幅そのものを拡張する「ニッチの拡張」が普遍的な義務として求められる。
第4条(共生のための資源配分と普遍的連帯)
社会的・物理的障壁により生活上の困難を伴う個人は、社会の多様性を維持する一翼を担う存在として、自由な活動を保障するための十分なリソースを享受する固有の権利を有する。これには、身体的・精神的苦痛を最小化するための高度な医療的ケア、および人生の質(QOL)を最大化するための包括的支援が含まれる。
前項の保障は、特定の設計に偏った社会構造が生じさせている不均衡を是正し、多様性を包摂する能力を維持・向上させるための公正な資源配分として実行されなければならない。
前項の配分は、人類の生存圏を広げるための「フロンティア投資」として実行されなければならない。この概念は、社会環境を改善する側の責務を定義するものであり、個人の尊厳を評価する尺度として転用することは厳格に禁じられる。
(普遍的連帯の定義と基盤) 全ての人は、自らが持つ特性によって人類全体のレジリエンスに寄与する側面と、自らにない特性を持つ他者によって守られる側面を併せ持つ。全ての個人、社会、および国家は、この「相互補完的ネットワーク」としての生存構造を自覚し、これを維持・発展させるための相互的な支え合いの連鎖を「普遍的連帯」と定義する。そして、これを人類の存続を可能にする不可欠な基盤として、全ての社会制度の根幹に据えなければならない。
全ての人は、加齢、疾患、あるいは不慮の事故により、人生のいずれかの段階において必ず社会構造との不適合を経験する。本宣言が保障する権利は、全ての人が人生のどこかの段階で必ずその受益者となるものである。
現時点における社会構造への適合者は、自らが享受する利便性が、特定の環境において特定の特性が選好されていることによる暫定的な利便性に過ぎないことを自覚しなければならない。全ての人は、自らの中に顕在化していない形質の可能性である「潜在的多様性」を内包しており、生命のプロセスにおいて、その特性がいつ、どのように現れるかは予見し得ないものである。したがって、社会の包摂能力を高めることは、自らを含む全ての構成員が持つ多様な可能性に対する「将来の不確実性に対する保険」であることを認識し、その進展に寄与する責任を負う。
第5条(自己決定権と多様な生のあり方の尊重)
全ての個人は、自らの特性をそのまま保持して生きる権利、および自らの意思に基づき科学的・医学的手段を用いて苦痛の緩和や身体的機能の調整を選択する権利を等しく有する。
社会および国家は、特定の特性を「修正すべきもの」と定義したり、あるいは逆に「保持すべきもの」と強制したりしてはならず、個人の主体的選択(エージェンシー)に対するいかなる誘導も排除しなければならない。
第6条(科学技術の公共性と身体的自律)
ゲノム編集、AI、ロボティクス等の先端技術は、特定の「規範的な身体・精神」への適合を強いるためではなく、社会の側を多様な特性に適応させる(ニッチの拡張)ために優先的に開発・利用されなければならない。
科学技術の適用において、社会は特定の特性を排除・選別する「負の優生学」および、特定の能力のみを底上げする「増強(エンハンスメント)競争」を助長してはならない。
技術の利用は、常に当該個人の主体的選択(エージェンシー)とインフォームド・コンセントに基づくべきであり、社会の効率性や経済的合理性を理由に、個人の特性に対する不当な介入を行うことは禁じられる。
国家および研究機関は、多様な特性を持つ当事者が、技術開発の企画・評価の全プロセスに主体的に参画することを保障しなければならない。
第7条(未来世代に対する責任と多様性の継承)
現在の世代は、人類の遺伝的多様性を未来への可能性(レジリエンス)として受け継ぎ、特定の価値観に基づく意図的な均質化からこれを守る責任を負う。
未来世代の「生まれてくる権利」は、いかなる特性を持って生まれるかにかかわらず、人類の生存と尊厳の根源として無条件に保障される。社会は、この権利を実質化するため、あらゆる特性に適合するニッチ(環境)を不断に整備し、特定の特性を持って生まれることが直ちにその個人の尊厳を損なう理由とならないよう、あらかじめ障壁を除去する絶対的な義務を負う。
生殖における科学技術の利用は、個人の身体的自律性と幸福追求を最大限に尊重しつつも、それが「特定の身体基準以外を排除する社会圧」を生じさせないよう、極めて慎重に行われなければならない。
国家および社会は、個人の生殖に関する選択が、経済的不安や社会的支援の欠如といった不当な外部要因によって強制的に誘導されることのないよう、多様な生のあり方を支えるインフラを完備する義務を負う。
科学技術による不可逆的な遺伝的介入の是非については、個人の権利、未来世代の利益、および生物学的多様性への影響を多角的に検証する、開かれた倫理的対話の場を永続的に設けなければならない。
第8条(教育・啓発および多様性の価値の普及)
国家および社会は、本宣言の精神に基づき、多様性が人類全体のレジリエンスの源泉であることを理解し、尊重するための教育および啓発活動を継続的に行う義務を負う。
教育課程においては、特定の特性を能力の優劣で捉えるのではなく、環境との相互作用による「適合・不適合」として捉える視点を養い、あらゆる差別の根絶と、多様な生のあり方に寄せる創造的共感(イマジネーション)の育成を重視しなければならない。
国家は、科学技術の進展がもたらす倫理的課題について、市民が主体的に議論に参加できるよう、平易かつ正確な情報提供と開かれた対話の場を永続的に保障しなければならない。
第9条(移行期の救済と個人の苦悩への共感)
社会の未熟さの認識:
社会は、本宣言が掲げる「ニッチの拡張」および「不適合の空間」の解消が未だ達成されていない「不適合の時空」にあることを、率直かつ厳粛に認識する。この未完の状態において、個人の特性が生活上の甚大な困難や苦痛に直結している現実を、社会は謙虚に直視しなければならない。選択の非難禁止(免責):
多様性を包摂する社会基盤が不十分な状況下において、個人の生殖や生のあり方に関してなされた主体的選択(エージェンシー)は、いかなる場合も尊重されなければならない。その選択を、個人の倫理的欠如や優生思想への加担として非難、あるいは法的に処罰することは厳格に禁じられる。「強制された選択」の救済:
社会的な支援の欠如、経済的不安、あるいは周囲の無理解によって、不本意ながら特定の選択(産まない選択を含む)を強いられた個人に対し、社会はその苦痛を分かち合い、精神的・実質的なケアを提供する責務を負う。この苦悩は、個人の責任ではなく、社会の機能不全の結果として記録・記憶されなければならない。悲嘆(グリーフ)への権利:
いかなる選択の結果であれ、生命の喪失や断絶に伴う個人の悲しみは、社会によって正当に認められ、保護されなければならない。社会は、選択の背後にある個別の事情と物語に対し、創造的共感(イマジネーション)を持って寄り添う倫理的基盤を構築する。暫定的な支援の最大化:
理想的な社会構造への移行期間中において、国家および自治体は、現に存在する「不適合」に苦しむ個人に対し、現行制度下で可能な最大限のリソースを優先的に投入しなければならない。これは「ニッチの拡張」を待つことのできない現在の命に対する、緊急かつ不可避の義務である。
第10条(生命の有限性と尊厳ある完了)
生命の完結性の尊重と価値判断の否定:
全ての命は、その長さにかかわらず、全うされたその時間において第1条第14項に定義する完結性を有する。世界には、社会の整備や科学技術の進歩の途上という「不適合の時空」に置かれているが故に、短命や機能的制約を余儀なくされている命もある。しかし、たとえそうであっても、それらの命は独自の共有資産を保持することにより、相互補完的ネットワークの結節点として、生命の完結性を満たしている。したがって、その生を「不完全」あるいは「不幸」と見なすいかなる価値判断も、人類のレジリエンスを毀損するものとして否定される。苦痛に対する社会的責務:
多様性の保持は、個人の苦痛の放置を正当化する理由にはならない。社会は、過酷な特性や疾患に伴う苦痛を和らげるための高度な緩和ケアおよび精神的支援を「多様な生を支えるための最も崇高な責務」と定義し、これを全ての個人に保障する。介入の最大化と属性による差別の禁止:
「生命の完結性及び多様性」の承認は、社会や国家が生命を維持・救済するための科学的、医療的、社会的努力を怠ることを正当化するものではない。国家および社会は、いかなる特性や疾患に対しても、その生存の可能性を最大化し、回避可能な死を阻止するための医療・技術・資源を投入する永続的な義務を負う。これは、第9条に定める社会の未熟さを克服するための、現時点における最優先の責務である。特定の特性(障害の有無、遺伝的形質等)や平時における予後の予測のみを理由として、特定の個人の生存の優先順位を低く置く、あるいはリソースを意図的に削減することは、生存権の重大な侵害として厳格に禁ずる。ただし、大規模災害等の緊急事態において、眼前の全ての命を即座に救うことが物理的に不可能な極限状況下に限り、医学的妥当性に基づき「一刻も早い救命」を目的として行われる緊急的順位付けは、本項が禁ずる「属性による差別」には該当しない。主体的意思の防衛と社会的誘導の排斥:
人生の最終段階における意思の尊重とは、社会が個人に「死」を一つの選択肢として提示したり、管理・誘導したりすることを認めるものではない。社会が負うべきは「いかなる状態にあっても生を肯定できる環境」を完備する責任であり、個人の「生きたい」という意思を支え抜くことを大原則とする。構造的圧迫による選択の否定:
社会的支援の不足、経済的不安、あるいは「他者の負担になりたくない」という同調圧力によって強いられた意思決定は、本宣言のいう「エージェンシー(主体的選択)」には該当しない。社会は、このような「強制された諦念」を生じさせている構造的不備を自らの敗北と見なし、その解消に直ちに取り組む義務を負う。未完の課題としての記録:
本来回避し得た苦痛や早すぎる死を防げなかった場合、社会はそれを個人の運命に帰すのではなく、社会構造および科学技術の「現時点における敗北」として厳粛に記録し、次世代に向けた「ニッチの拡張」への原動力としなければならない。既存の法規との整合性:
本条が規定する「主体的選択」は、現時点における各国の法制度下での生命倫理的手続き(インフォームド・コンセントやリビング・ウィル等)を基礎とするものであり、社会の側が経済的効率や管理の便宜のために「死を選択肢として提示すること」を容認するものではない。 むしろ、死を選ばざるを得ないと感じさせるような「不適合な社会構造」の存続を、本宣言は最大級の権利侵害として告発する。看取りと記憶の継承:
社会は、人生の終末を迎える個人に対し、管理の対象としてではなく、一つの「生命の軌跡」を完結させる主体として最大限の慈愛と尊厳を持って寄り添う。その個人の生が人類の「相互補完的ネットワーク」に刻んだ軌跡は、種全体のレジリエンスの記憶として、敬意を持って次世代へと継承される。
