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頑張っているなら結果はなんだっていい

ダメだす私と絵への愛着

絵を描き始め思うことがある。
それは、書いている途中でも書き終わった後でも
「これはちょっと違うなぁ」
「これはダメでしょー」

そう思うのは画像と同じものを描きたい思いがあるから。
そして向上心だと思うのです。
とはいえ、私は自分が描いた絵が好きで愛着があります。
きっと一生懸命描いているからでしょうね。
プロセスがあるから可愛く愛おしく感じちゃいます。


楽しく描きながらのダメ出し…こりゃなんだ?

現状の私は自分自身の絵をどんな風に描いていこう。
私というものをどう表現していこうと、模索している最中です。
少しは分かってきた。
とにかく楽しく描こうってことだけ。

そんな中で自分の絵にダメ出しをする私がしょっちゅう現われます。
そして「うまく描けてない」、「これはここがいけないんです」、「下手過なんで」とか別に書かなくていいことを言葉にします。

これって、今の現状のそのまんまを受け止めてないんじゃないのー?
それを向上心っていうんじゃないの?
でもダメ出しいらんよねー
それは私のやり方だから別に気にしなくていいところー

そんなやりとりが心の中で起こります。
そっかぁ。


感じたまま描く

前にも絵の表現方法のことで書いたことがあった。
「どんな描き方でもいいじゃんねー」という言葉で書いたかどうだか記憶にありませんがやっぱり思うのは、

「感じたまま」描けばいいということ。
ペンやクーピーが私を通してノートへ描いていく、腕が手が動くように。
心が感じるようにそれが体を通して腕、手、指からペンへ伝わりノートへ記される。


私から表れるものは私の分身

これは私の視覚で見たものが、心と体を通して指の先のペンへと…言うなれば私を通してそのモノが変換されノートに転記されるようなもの。これは元のそのものではなく、私の分身でもあるとある意味言えるのではないか。分身と考えると、私から表れるものすべてがそうであると言えると思うのです。


心の投影

そう。そうなんだ。
水牛にしたって、人それぞれ見え方が違う。私にしたって、見えたままを描いたり、楽しく感じたままに描いたりその時によって変わる。気持ちが、心が表れたりする。この点に於いては、正に自分自身の心の状態の投影が起こっていると言えると思うのです。

そう、心の投影。
私は私にダメ出しをしていることが多いかもしれない。
そういう私を見ている私もいる。
そして現状を動かそうと頑張っている私もいる。
さらにそれらすべてを楽しんでいる私がいる。
同時にいろんな私がいる。
チャンネルがころころと変わる。


望む未知のチャンネルへの切り替え

最近はこのチャンネルが未知の私が望む方向へ、新しいことに目を向く方向へと切り替わることが多い。チャレンジとわくわくがこの先にあるって思えるから「ウーっ」となっても、またすぐ「やるぞ!」って思って「楽しい」って感じている。


どんなでもいい。そしてやりたい思いを大事にしたい。

だから、今の私も絵の描き方も、どんなでもいいのだって思った。
そう、何度も同じことを感じては腑に落とし…をやっている感。(笑)

そうだよね。前向いてやりたいことしているのだから、結果は二の次。やりたい思いを大事にしたい。そこなんだ!だから、今のこの時に一生懸命していたらいいんだよなーと改めて思ったという話でした。

皆さま、お付き合いくださいまして、ありがとうございました。

2024.11.16
今日はなんだか曇り空?雨?と部屋から感じたら、やっぱり少し降っているよう。来週は寒いらしい。心も身体も温かくして体調管理しようと思います🌸

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