お金以外にも豊かさを感じるものはある
「豊かさ」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
きっと多くの人が、まずは「お金」と答えるかもしれません。確かに、お金があれば生活は安定しますし、選択肢も広がります。
将来の不安も軽くなり、心に余裕が生まれることもあるでしょう。けれど、私は介護士として働くなかで、こんなふうにも思うのです。
お金がたくさんなくても、日々を「豊か」と感じられる瞬間は確かにある。
それは、目に見えないけれど、確かに心を満たしてくれるような出来事や、人とのつながり。
そういうものに囲まれているとき、人は本当に豊かな気持ちになれるのではないかと感じています。
豊かさは「誰かの笑顔」のなかにある
私は老人ホームで介護の仕事をしています。決して派手な仕事ではありません。
むしろ、体力も精神力も必要で、報われないと感じる瞬間も少なくありません。けれど、そんななかでも、何度も「やっていてよかったな」と思う瞬間があります。
たとえば、いつもは無表情だった方が、ふとした拍子に微笑んでくれたとき。
「ありがとうね」と握った手を離さずにいてくれたとき。
「あなたがいるから安心できる」と、言葉にしてもらえたとき。
そういう瞬間に、胸の奥がじんわりとあたたかくなるのです。お金では買えない、心の報酬のようなもの。それは、まぎれもなく「豊かさ」だと思います。
豊かさは「つながり」のなかにある
現代は便利になった反面、人とのつながりが希薄になったとも言われています。
SNSで多くの人と簡単につながれる一方で、「本音」を話せる人がいない、寂しさを感じるという声もよく聞きます。
けれど、介護の現場では逆です。お年寄りたちは、言葉を交わすこと、ふれあうこと、目と目を合わせることをとても大切にされています。
一人の入居者様がこんなことをおっしゃっていました。
「昔は、向こう三軒両隣で助け合ってた。今はそれがなくなって、さびしい時代だね」
私はその言葉に、はっとさせられました。お金やモノの豊かさが進んだことで、逆に「人との豊かさ」が失われてしまった部分もあるのではないかと。
本当の豊かさは、誰かとの関係性のなかにある。そう気づかせてくれるのが、介護という仕事であり、日々接する入居者様です。
豊かさは「時間の質」に宿る
忙しさに追われていた頃の私は、「自由な時間がもっとあったらな」「休みの日にあれもこれもやりたいのに、できない」と、つい不満ばかりが募っていました。
けれど最近は、「たとえ短い時間でも、その過ごし方次第で、気持ちはずいぶん変わる」と実感しています。
休日に、ただのんびりと湯船に浸かる。
お気に入りの音楽を流して、ゆっくりとコーヒーを飲む。
大切な人と、他愛のない話をする。
どれも贅沢ではないけれど、「ああ、いい時間だったな」と感じられる。心がじんわりと満たされて、リセットされていく。そんな時間のなかに、確かな豊かさがあるように思います。
お金では手に入らないものを、大事にしたい
もちろん、生活するためにはお金は必要です。現実を無視するわけにはいきません。
けれど、何かを失ってでもお金を得ようとするとき、私たちは何か大切なものも一緒に手放していることがあるのではないでしょうか。
介護の現場では、人生の終盤に差し掛かっている方々と日々接します。
そのなかでよく聞くのは、
「もっと家族と過ごせばよかった」
「もっと感謝を伝えればよかった」
「もっと自分らしく生きればよかった」
という、後悔のような言葉です。
お金では埋められない、心の穴。
だからこそ、今ある関係、今ある感情、今この瞬間を、大切にしていくことが、結果として「豊かに生きる」ことにつながるのではないでしょうか。
さいごに
お金があること=豊か、という価値観が強い世の中で、「お金がなくても豊かになれる」なんて言葉は、理想論に聞こえるかもしれません。
でも、私は信じています。
人のぬくもりに触れたとき。
小さなありがとうを受け取ったとき。
今日一日に「よかった」がひとつでもあったとき。
そんな日々のなかにある、目に見えないけれど確かな豊かさを、大切に感じられる人が、ほんとうに「豊かな人」なのではないかと。
そして、それを見つけられる目と心を持つことこそが、人生における一番の財産なのかもしれません。
最後までお読みいただきありがとうございます。
