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新たに出てきた名前。山形つばさのページを探した。彼もあの事件の被害者で、三発の銃弾を浴びて亡くなっていた。うち一発は心臓を撃ち抜いていた。生前に撮られた写真の彼は涼しげな目をした少年で、県内の進学校への入学が決まっていた。少なくとも銃を携帯していない男子二人は撃っていないが、人気者の生徒とその友人まで犠牲になったのはなぜなのか。品川はボールペンで「金沢と親友」と余白に記した。

「中学生ぐらいは仲間意識が高いからね。男子同士でつるむのが楽しいんだよ。女の子を友達として見れないし、どう相手していいか分からないんだ」

「ずっと下らないことでわちゃわちゃやってますもんね。この国では一応男女平等ってことになってて、差別や区別はないですけど、数じゃないにしろ男の方が得ですよ。うちのお母さんもいつも文句言ってます。お母さん専業主婦なんですけど、たまには家事をやりたくない時ってあるじゃないですか。毎日同じことやってればそりゃ休みたくなりますよね。でもそうしたい時も結局お父さんに許しをもらわなきゃならないんです。うちのお父さん別にうるさい人じゃないし「いいよ」って大体言うんですけど、なんでお父さんに決めてもらわなきゃならないのって思いますよ。会社は週に二日お休みがあって、それは労働者側の権利として認められてる。けど、主婦は基本休みがないから、ほしい時に自分で「お願い」するしかないんです。それでもう主従関係ができてますよね。「休みたい人」と「休みをあげた人」に。お母さんは毎日ちゃんと掃除したり洗濯したりご飯作ってくれたり、家の中の細々した作業をやってて、全然怠けてるわけじゃないのに、労働してないってだけで肩身の狭い立場になってる。おかしいですよね。お給料もらう方が偉くて、ただでなんでもやってくれる人がへいこらしなきゃならないなんて。「休みをくれてありがとう」なんて誰も会社に言わないのに、お母さんは一日晩ご飯作らないだけでも「サボってごめんね」って謝るんですよ。そんなこと言わなくていいのにって思いますけど、そういう時に女って損だなあって感じますよ。どこまでいっても男の従属物というか、家族っていう括りで生きて行く限り、レバーを握ってるのは常に男なんだって思いますよ」

「そんなことないよ。ただ鈍感なだけだよ。お父さんにはお母さんが家事を休みたいと思ってるという発想がないんだ。だからお母さんに言われるまで気付かない。そのぐらい主婦の人は当たり前に家の仕事をやってくれているからね。ありがたいと思っているし、いなくなったらすごく困る。でも「いつもありがとうね。休みたかったらいくらでも休んでいいんだよ」って言える優しさまでは持ち合わせてないんだよ。レバーを握っているのは男でも、家庭内の秩序を操作してくれてるのは女の人だからね」

「確かにそうですね。けど、じゃあなんで学習しないんですか。例えばこれですよ。男がバカなことをしないと分かってれば、私達はこんなものいつも持ち歩かなくても済むのに。ちょくちょく女の人が危険な目に遭う事件が起きるから、銃なんて持たなきゃならないんですよ。武器を持つなんて恥ずかしいことじゃないですか。自分達は弱いって世間にアピールしてるようなもんですよね。歴史を紐解いても戦争で勝った方が偉いなんてどうかしてますよ。よりバカが勝つってことですよね。この銃だって無償じゃなくて八万円ぐらいで買わされるんですよ。いらないけどみんなが持ってるから買わなきゃいけなくなる。持ってないと標的にされる悪循環で、女の子のほとんどが持つようになっています。身の危険を洗脳させた国の新しい商売で、結局のところ政府と繋がりのある武器商人が潤ってるだけですよね。くっだらない。私たちはその餌にされてる。男がもっと賢くなってくれれば、女も減らなかったし、あんな事件も起こらずに済んだ。はくたかや山形、のぞみもまだ生きていた。私もこんな気持ちにならずにいられた。この事件で死んだ子たちが何の犠牲になったのか、社会全体としてよーく考えてほしいですよ」

一息つき「やっぱりなんか飲みものもらっていいですか」とクリームパンの手をテーブルに置いた。二十四度の室温なのに、 顔が赤くなって汗が額に滲んでいた。彼女の放つ熱のせいだろうか。気がつけばこちらもうなじ辺りが熱くなっていた。

よく喋るデブだな。品川は心の中で呟いた。何がいい?と尋ねて、リクエストされたいちごミルクのジュースを書記係に買いに行かせた。二人きりになった束の間だった。

「でも私、射撃訓練でいつも特待生だったんですよ。十メートル以内なら百発百中でした。青い絵の具が入ったビニールを撃つんですけど、一回も外したことなかったです。今日も二発装填させてるんで、なにかあればさっきの人と品川さんと、絶対仕留められますよ」

そしてあずさはまたへっへっへっと頬を弛ませた。彼女の感情バロメーターが読めない。刑事相手にそんなこと言うか?妙に見識ありそうな分析力を語るくせに、突然軽薄な子供のようになる。まるで二重人格だった。十五歳ならではの情緒不安定なのか、攻撃と防御を繰り返すので対処に戸惑う。

こちらも仕事上銃を携帯しているが、いざとなれば構えるぞとは冗談でも言えない。笑って返すしかなかったが、いつまでも彼女のペースが掴めない。 ものが見えすぎているから、ひとつの話題や引っ掛かる言葉にいちいち反応してしまうのだ。事件の話に集中したいのに、彼女自身のエピソードと講釈でなかなか話が進まなかった。

ペットボトルのジュースが届くと「ありがとうございます」と書記係に頭を下げてから「いただきます」と蓋を開けて早速飲んだ。こういう礼儀正しさは忘れないが、直後に「食べ物はないですよね?」などと質問してくる。ちゃんとしてるのか世間知らずなのか分からない。

「一度休憩取るよ。それとも後日にするかい?」

「いいです。何度も来たくないし、みんなのお葬式もありますから」

「ご遺体が戻る頃だもんな。じゃあ学校の話に戻ろうか。男子にだけ囲まれていた金沢君と仲良くなったきっかけを教えてもらえるかな」

もう半分しか残っていない薄ピンクのジュースを両手に掴みながら「きっかけは、体育祭の実行委員を一緒にやったことです」と、あずさは右上を見上げた。

「毎年六月の二週目に体育祭やるんですよ。それでクラスから男女ひとりずつ実行委員を選出するんです。それに私とはくたかが選ばれたんです。毎年同じことやるだけなんで、打ち合わせの時に役割決めするんですけど、その時にはくたかがいきなり異を唱えたんです。この辺の学校って体育祭の時順位つけないんです。全クラス合わせても九クラスしかいないから、競争にしなくても楽しければいいかって。けどはくたかがそれはおかしいって言いだしたんです。それじゃ誰も本気でやらない。一年生から三年生まで縦割りで組分けをして、順位ごとに点数をつけて、応援団も結成して、 勝ち負けをはっきりさせようって。その方が絶対盛り上がるし、みんなも本気で走って、 本気で応援するからって。そんなこと誰もやったことないから先生も反対するんですけど、はくたかはすごい熱量で、ホワイトボードにこうでこうでって書くんです。みんな圧倒されてました。こうやると一致団結もするし、学校のみんなとも仲良くなるからって。先生も腕組んでしばらく考えてたんですけど、他のクラスの子から「面白そうだからやってみたい」って声が出たんで、それからはくたか中心に新しい体育祭のルールや種目が決まってゆきました。すごいなって思いましたけど、私みたいに運動が苦手な側からしたら、 競争になったらみんなの足を引っ張るんじゃないかって怖いわけですよ。それで会議が終わった後に、みんなに迷惑掛けるかもってぽろっと言ったんです。そしたらはくたかが「そんなことない」って。だからたくさん競技を作ったんだよ。走るだけじゃなく、力で勝負するものもあれば、運で決まるものもある。全員にチャンスがあるし、勝ち負けは「燃える」ための設定に過ぎない。目的は全力で楽しむこと。本気で遊ぶことなんだよって。だから思いっきりやろうよって私の腕をポンと叩いたんです。女子は銃持ってるから、男子は触れたりしないのに、はくたかは平気でそういうことするんです。お姉さんが二人もいるから女の人が全然へっちゃらみたいで、私の方がびっくりしました。それで腕を擦りながら、炊き立てのご飯みたいに柔らけえなって、私のこと「まんま」って呼ぶようになって、それから話すようになりました。だから今年の体育祭はものすごく盛り上がりました。はくたかが実行委員長になって、全校生徒鼓舞して、実況もうまいし、応援団もすっごいカッコよくて、最後の組対抗リレーなんか声枯れるぐらい応援しました。先生もタオル回してましたもん。うちのお母さんも今まで一番楽しかったってはしゃいでました。異様な熱気で、感動して泣いてる生徒もたくさんいました。はくたかのいた青組は二位だったんですけど、閉会式の挨拶で朝礼台に上がったら、はくたかコールが起こったんです。はくたかも泣いてて 「みんなめっちゃカッコよかったよ」って、話す度に拍手喝采でした。体育祭をマジでやるなんてダセエって言ってた生徒もいたんですけど、始まったら結構本気になってたし、終わったら清々しい顔をしてました。一生懸命やるってこんなに楽しいんだって思いましたよ。私のチームは三位だったんですけど、すごくいいムードで、みんなと仲良くなりましたもん。それでこんな気持ちにさせるはくたかってすごいって全校生徒が崇拝して、3年2組の金沢はくたかから、学校のリーダーに上り詰めたんです。アイデアマンだったから、色んなこと企画して生徒会ボックスに投稿してました。私達もはくたかが次はなにしてくれるんだろうってわくわくしました。はくたかは強要したり命令はしません。でも説得やプレゼンがうまいんです。人の心を揺さぶるのが。話を聞いているうちにやりたくてたまらなくなってくるんですよ。彼の提案するものに乗っかりたいんです。一学期の期末テストが終わったあと、夏休みに二泊三日でキャンプに行こうよってはくたかが言ったんです。いいねって全員賛成したんですけど、はるか先生は反対したんです。引率出来る先生がいないし、お金も掛かるから許可出せないって。まあ当然ですよね。今なら先生の言うことが正しいって分かるんですけど、 その時は、はくたかが計画したものをおじゃんにするなんて有り得なくって、先生に猛抗議したんです。はるか先生は生徒の味方になってくれる先生だったのに、その時から敵になって、全員に無視されて、ストレスで胃潰瘍になって入院しちゃったんです。それでキャンプの話もなくなったから余計に腹が立って、誰も先生のお見舞いに行かなかったんです。ひどいことをしたなって反省してますけど、あの時はしょうがなかったんです。はくたかは王様で、私達は彼の国の民だったから、パーティーを開くと言ったら行かないわけにいかないんです。はるか先生は先生でしたけど、あの教室内でははくたかより格下の人間だったんです」

 その野洲はるかもあの場で亡くなった。彼女は生徒の輪の中で死んでいたので、卒業式には仲直りしていたらしい。こめかみと顔に二発撃たれていたが、彼女も発砲しており、他校の女子生徒の心臓に命中していた。なにもかもがおかしい。憎み合う理由がない同士で撃ち合っているのはなぜなのか。

二十五歳の英語教師だったはるかは、目鼻立ちのはっきりした美人で、両親共に教師というお堅い家庭に育ち、銃所持を反対する団体の会員でもあった。三年前にこの中学校に新任で入り、保護者からの評判もよかったという。

「先生とはどうやって仲直りしたの?」

「夏休み明けには元通りになりました。それもはくたか始動ですけど。二学期は文化祭があるんで、はくたかがみんなで劇をやろうって言い出したんです。それではるか先生に演出してもらおうって。私達と先生の間にあった溝を埋めるために提案したんです。みんなもお見舞いにも行かなかったっていう負い目があったから正直ありがたかったんです。本音は分かりませんけど「じゃあみんなで頑張りましょう」って先生も引き受けてくれたんです。楽しかったあ。男子だけでロミオとジュリエットをやったんですよ。事前に台詞を録音しておいて、舞台の動きに合わせてそれを流すんです。女役は女子がアテレコして、色白で小さいはくたかがジュリエット役で、黒髪のかつらにドレス着たらすっごい可愛くて、ほんとに女の子みたいでした。のぞみがジュリエットの声を担当したんです。「上品で可愛い声だから」って、はくたかが選んだんです。私は母親役でしたけど、二人とも演劇部だったんで、はるか先生と一緒に演出や照明も考えました。出演者と裏方全員で作った達成感がありました。それから卒業まで仲のいいクラスになりました」

「常に金沢君中心でことが進むんだね。写真を何枚か見せてもらったけど、いかにもリーダーという感じではない。けどとても統率力がある。彼のアイデアに意見する子とかはいなかったの?十人十色だから、全員の気持ちが一致するってとても難しいことだと思うんだ。でも彼のひと言で先生を嫌いにも好きにもなる。むしろこちらの方が異常だと感じるんだけど」 

「そうですね。異常でした。同じクラスの秋田なすのと鹿児島さくらも最初の頃は「あいつ気持ち悪い」って言ってました。「甘栗」ってあだ名つけて笑ったりしてたんです。でもはくたかは怒らないし「センスいいね」って一緒に笑って、わざと髪の毛を甘栗っぽくして笑い飛ばしちゃうんです。軽くあしらわれた感じがしてムカつきますけど、見せつけられるんですよね。こいつをからかっても意味ないなって戦意喪失するんです。はくたかは人の弱い部分を見抜いてフォローしたりするのがうまいんです。なすのって昔誘拐されかかったことがあるんですよ。小学校三年生の時、雪の日に一人で歩いてたら、知らない人の車に連れ込まれそうになって逃げたらしいんです。でも警察が捜査しても証拠が見つからなかったんです。雪でタイヤの跡も消えてて、目撃者もいなかったから、狂言じゃないかって疑われたんです。それでみんなに嘘つき呼ばわりされて、小学校の時「ミスイ」ってあだ名つけられたって。だからあの子、学区外の中学にわざわざ来てるんです。毎朝お父さんが車で送ってくるんですよ。でもそういう噂ってどこからか耳に入りますよね。なすのの誘拐事件もクラス全員が知ってて「本当に誘拐されそうになったの?」って男子が聞いたりするんですよ。そうすると、はくたかがなすのをかばってやるんです。傷つくって分かってるのによくないよって。怖かった人をもう一回怖がらせて何が面白いの?って、みんなの前ではっきり咎めるんです。相手なにも言えなくなりますよね。しかも笑ってるんです。ずっと。怒ってるのに笑ってるんです。変な言い方ですけど、楽しそうでした。すごく。でも嘘つきのレッテルを貼られてきたなすのからしたら嬉しいですよね。次の日から「甘栗」って呼ばなくなったし、放課後とか、なすのとさくらと三人で教室で喋ったりしてましたもん。そういう風にして、一人ずつを確実に味方にしてゆくんです。全員がなんらかの形ではくたかに救われたり助けられたりしてるから、クラスが一個の体内というか、はくたかという心臓に向かって血液が流れてゆくようになってたんで、運命共同体みたいに同時に動くのが当たり前になってたんです。かといって全員が同じ思考に染まってるわけじゃなくて、はくたかといい関係でいたい個々が集まってる集団だったんです。カルト教団みたいに盲信してる一律の信者というよりは、はくたかを独り占めしたい同士が、抜け駆けがないか牽制しあって見張っている塊だったんです」