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3 男女共同区域
警察署内、少年課の一室。品川刑事は顔をしかめて座っていた。どこから切り出せばいいのかと、口をへの字に曲げて机の調書に目を落とした。
机を挟んだ向かい側には、前代未聞の惨劇の唯一の生存者で目撃者でもある松本あずさが座っている。 彼女は十五歳。本来、未成年の事情聴取には両親の同席が必要だが、あずさ本人が「ひとりでいい」と断り、両親は別室で待機することになった。そのため録画用のカメラが設置され、不適切な尋問や誘導があったか疑われないよう、モニターで監視していた。
「これは取り調べじゃなくて、任意の事情聴取だから、覚えていることをゆっくり話してくれればいいよ。よければなにか飲むかい?」
あずさは無言のまま首を振った。この部屋に入ってからまだ言葉を発していない。 けれど緊張だとか、怯えている感じは見受けられなかった。まだ話す気になれない。気分が乗らないという風だった。
事件の重大性を考えれば一刻も早い解明が求められるが、焦りは禁物だった。この年頃は急かして質問を畳み掛ければ、萎縮して口を閉ざすか、大人の顔色を窺って「都合のいい嘘」をつき始める。記憶を塗り替えられたら捜査が混乱するので、辛抱強く待つことにした。
五日前の中学校の卒業式は、桜の蕾が膨らみだした麗らかな小春日和だった。こんな所にいるより、解放感に浸って友人たちと遊び回りたいだろう。そう思うと気の毒でならないが、目の前のあずさを見ていると、品川の胸には同情とは別の感情が浮かび上がってくる。
糸のように細い目。まんじゅうを詰めたような頬。首との境目が消失した顎。 山脈を思わせる肩幅。厚みのある体。床がみしみしと鳴る象の足。用意したパイプ椅子では尻がはみ出るらしく、さっきから居心地悪そうにしきりにもぞもぞしている。さっと見繕っても100キロ以上ある巨体の持ち主。こんなに太っているのに、なぜあの銃撃戦で弾が当たらなかったのか謎でしかなかった。
彼女の担任だった女性教師を含めた計十六人が卒業式当日に銃の乱射で亡くなった。死んだ生徒の半数近くが彼女のクラスメイトで、事件の数分前には別れを惜しみながら仲睦まじく話しているのが目撃されていた。
晴れの舞台当日の惨劇。子供たちは折り重なるように倒れ、辺りは血の海だった。発砲に使われた銃は全部で十三丁。誰か一人の凶行でなく、互いが互いを撃ち殺したのだ。
品川はあずさの左肩に視線をやった。膨らんだ贅肉に埋もれるようにして、彼女もショットガンを携帯している。圧倒的少数派となった女性には、護身用として銃の所持が義務付けられていた。装填できる弾は二発のみ。射程距離も短い。だが殺傷能力は充分あるため、扱いと危険性については、何度も講習を受けていたが、事件に使われたのはそのショットガンだった。
生き残ったあずさに疑いの目が向けられたが、彼女の銃に使用の形跡はなかった。本人の指紋認証がなければ安全装置が解除されない仕組みになっているため、他人が使用するのは不可能だ。
なによりその状況で、なぜあずさひとりが生き残ったのか。卒業式だったので、保護者も教師も在校生もいたが、みな最後のお喋りに興じており、現場を見ていた者はいなかった。突如鳴り響いた銃声と悲鳴に、一斉に校舎に避難し、しばらくしてから見に行くと、十六人が血まみれで倒れていたのである。通報を受けて警察が駆け付けた時、あずさは放心状態でなにも話せなかった。事情聴取まで時間が欲しいと母親が言ってきた。精神面を考慮して少し待つことにしたが、五日後、 あずさ自身から警察に連絡してきたのだ。
「誰が悪いのか分からないので、一緒に考えて下さい」
彼女は電話で言った。あっけらかんとした口調だった。
「分かった。いつなら来られそうかな」
その場では何も質問せず、極秘に日程を決めた。メディアも注目している事件で、生存者への配慮もなくカメラを向ける連中に知られないよう、前日の深夜にホテルに移動してもらい、警察の公用車で署まで送迎した。
本来、管轄は殺人専門の捜査一課だが、あずさの方から「少年課の品川さんとなら話します」と名指ししてきた。署長や殺人課の刑事とも話し合い、とりあえず品川が担当することになった。
品川刑事はこの道二十年のベテラン。犯罪に関わった未成年者に何百人と会ってきた。彼等の心の扉を開く難しさを熟知しているが、あずさには補導歴もなく、面識もない。なぜ自分が指名されたのか全く分からなかった。
カメラは作動中の赤ランプが点灯していて、後方でパソコンを開いている書記の準備も整っている。まずは雑談から始めて、あずさの気持ちを解きほぐしてゆこうと思った。
「大丈夫?夜眠れてるかい?」
いかつい顔と自覚しているから、怖がらせないよう気遣った。
「はいなんとか。時々銃声が聞こえた気がして目が覚めますけど、気がついたら朝になってるので、寝てるんだと思います」
ようやく口を開いたあずさの受け答えはしっかりしていた。滑舌もいいし、妙にはきはきしていて、自分の喋りのうまさに自信があるのが窺える。話したいのならこちらも好都合。品川刑事も聞くスイッチをオンにした。
「辛い経験をしたもんね。カウンセリングの先生を紹介するから、しんどくなる前に相談されるといいよ」
「いいんです。カウンセリングは必要としてませんから」
「そうなの?どうして?」
「出る幕じゃないっていうか。そういうことでは解決しないので」
出る幕じゃない。その言葉はここで適当なのか。カウンセリングを信用していない、という意味なのかもしれないが、それに続く説明もないから、おそらく本心なのだろう。膨らんだ頬に押された細い目は笑っているようにも見えた。
「眠れない原因が分かっているから、カウンセリングは不要ということかな。けれど君は、あまりに凄惨な現場に居合わせた。そうした恐怖体験は心に深く刻み込まれる。専門家に話すことで、PTSDなどの心理的負担を軽くすることができるんだよ。 思い出したくないこともあるだろうから、今すぐでなくていい。行ってみようかな、と思った時に足を運んでごらん。誰かに胸の内を打ち明けるのは、心のバランスを保つのにとても有効なんだ」
「分かります。でも心理的なものを整理するより、なぜ事件が起こったかを解明したい気持ちの方が強いので。それを考えてて眠れないんです」
あずさは淡々と言った。恐怖心が薄いのは若いせいか、性格なのか。駆け付けた警察官ですら現場に足がすくんだというのに、その一部始終を目撃していた当人は不気味なほどあっさりしている。怖くなかったの?と問いたくなるが、さすがにモラルの侮辱になるので止めた。ともかく目撃者が積極的に話そうとしているのはありがたい。品川刑事は事件の資料を捲った。
「じゃあ、まず、君のことを教えてもらえるかな。ご両親や学校の先生にもお話を伺ったんだけど、君はとても成績優秀だったそうだね。部活動では部長もやっていて、生徒会や体育祭の実行委員も務めていたとか。学校は好きだった?」
「はい。楽しかったです。朝起きた時に今日も学校行けるんだって思いながら目覚めてました。クラスがすごく仲がよかったので。みんなで色んなことを協力してやることが大好きでした」
「二年まではとても内向的だったのに、三年生になってからとても明るくなったってお母さんが話していたけど、それは本当?」
「本当です。二年生の時はバカな男子に体型のことをからかわれて、 やだなあって思ってました。委員とかも面倒臭くて絶対やりたくなかったです」
「三年生になって変わったのはどうして?なんの変化があったの?」
「はくたかのせいです。三年の五月にはくたかが転入してきてから変わりました。私だけじゃなく、みんなです。はくたかは都会から来た子で、垢抜けてて、不思議なオーラがありました。それまでは誰も校則に文句とかなかったのに、はくたかが『ここがおかしい』と言うと、それが正しく思えてきて、全員がはくたかに賛同するようになってました。クラスの中心的存在で、意識を変える力があって、私も学校が好きになりました。はくたかもあの事件で死んでしまいましたけど…」
品川は資料を捲った。犠牲者のひとりであずさのクラスメイト、金沢はくたかのページを探した。彼は真正面から二発撃たれていた。体内から出てきた弾は、同事件で亡くなった、あずさの親友の博多のぞみの銃のナンバーと一致していた。彼女に見えぬよう、さりげなくページを手で隠した。
「彼はどんな風にクラスをまとめていたの?仲良しで団結力もあったって聞いてる。金沢君は学校の人気者で、卒業式の日も下級生から花束をもらったり写真を頼まれたりしていたらしいね。彼を取り囲んで盛り上がっていたって。事件が起きたのはその数分後だ。同時に何発も発砲音がしたと証言している。この間に一体何があったんだろう。事件のあらましでなく全容が知りたい。君もそのつもりで電話をくれたんだよね。そもそも僕を指名したのはどうしてなんだろう。どこかで会ったのかな?」
「小学校の防犯教室です。知らない人についてゆかないって練習の。私が選ばれてみんなの前で逃げる役をやったんですよ。その時品川さんが悪い人の役をやって、終わった後に「上手だったよ」って褒めてくれたんです。私演劇クラブにいたから、全校生徒の前で演技を褒められたのがすごく嬉しくて、それで覚えてました」
初めてそうと分かるようにあずさは笑った。揺れる頬。よくここまで放っておいたと思うほど肥えてる。だがこんなに特徴的なのに全然覚えていない。小学生の時は痩せてたのだろうか。しかし分からないとも言いにくく、 品川はピンときたかのように大袈裟に頷いて見せた。
「『おばあちゃんが倒れたから薬屋まで案内してくれないかな』というやつかな。 今も小学校でやってるよ。そうか。それで覚えててくれたんだ」
「あの教えをずっと守ってますよ。男の人と擦れ違う時は腕の長さプラス十五センチの距離を開けるとか、知らない車に呼び止められた時は走って逃げるとか。たまに女の子の誘拐ありますもんね。一応護身用にショットガンを持ってますけど、血が嫌いだからあんまり使いたくないんです」
あずさはショットガンのベルトを軽く触ると、へっへっへっとかすれた声で笑った。さっきからずっと気になっていた。クラスメイト五人に担任教師も亡くなってるのに、彼女には悲壮感がなかった。十年来の親友も失い、泣き暮れててもおかしくない。極限状態を経験したことによる防衛本能なのかと思った。自身に暗示を掛け、脳を無理やり切り換えることによって感情が混線するのは珍しくない。
悲しみによる現実逃避なら、彼女のテンションに合わせることにした。このぐらいの年の子は「真剣」と向き合うのが難しい。つまらぬことで必要以上に深刻になるくせに、真面目に考えるのは苦手な時期だ。品川は表情を和らげ、声をワントーン上げた。
「そっか。防犯教室も無駄じゃないんだね。ちゃんと実践してくれててよかったよ。銃の携帯が認められていても、できれば撃ちたくないもんな」
「でも本当に悪人がいたら私でも撃ちますよ。悪い奴は撃っていいって防犯教室でも教わりましたから。あの時はみんな撃ってましたけど、私は誰が悪いのかよく分からなかったから参加しなかったんです」
あずさは前屈みになって、品川刑事をじっと見つめた。
「刑事さん私ね、すっごく記憶力いいんです。誰がいつなにを喋ったか。なにをしたか、 ぜーんぶ覚えてるんです。完全に記録できるUSBが頭の中にあるんです。だから最初から全て話せますよ。はくたかが転入した当日から今日までのクラスメイトの全発言、全行動記憶してます。だってすっごく楽しかったから。はくたかが来た時にクラス中がわくわくしたのを覚えてます。五月七日の金曜日のゴールデンウィーク明けでした。その日は大雨で、連休の後だからみーんなだらけた気分だったんです。電気が点いてても教室内が少し暗くって、アイロンのスチームみたいな匂いがしてました。朝のホームルームの前だったんで、みんな友達と喋ってました。私も友達の博多のぞみと話してました。 休み中になにしてたって話題で二人で盛り上がってました。うちのクラスは女子が四人だったんですけど、あとの二人とはあんまり仲良くなかったんです。タイプが違うっていうか、私とのぞみは文科系で、あとの二人はイケイケみたいな。女子ってどんなに数が少なくても、自分と近い人としか仲良くしないんです。向こうもこっちと仲良くなりたいと思ってないから気にしません。一緒にいてつまんなくなるって分かってるから最初から関わらないようにするんです。男子は多少なり共通点見つけようとしますけど、女子は無駄な努力しないんです。だから数が少なくてもみんなと仲良しになんて絶対ならないものなんですよ。けどはくたかが来てからそれが変わったんです。ばらばらだったクラスが本当にひとつになったんです。教室に入ってきた時からもう始まってました。当日まで転校生が来るって誰も知らなかったんです。だから担任のはるか先生が入ってきた時、みんなのお喋りがピタっと止んだんです。見知らぬ男の子が後ろから来たのにびっくりして、教室内が静止画みたいにしーんてなったんです。はくたかは男の子にしては背が小さい方でした。頭の形が綺麗で、目が大きくて、栗色の丸みのあるさらさらしたお坊ちゃんカットで、まんがに出てくる可愛らしい感じの男の子でした。私の学校は男子は黒の詰襟なんですけど、はくたかは前にいた学校の制服のままで、えんじ色のネクタイに紺色のブレザーの上下で、ベージュのリュックを左肩に下げてました。見るからに田舎の子とは違う垢抜けた雰囲気を発してて、ずっとにこにこしてました。転校生って恥ずかしそうにしてたり仏頂面ってイメージですけど、はくたかはステージの上に立っているみたいに、みんなの顔を見回して笑ってたんです」
「彼は首都から来たんだよね。そんなにみんなとは雰囲気が違っていた?」
「全然違いました。じゃがいも畑に水晶玉落ちてきたみたいな。みんなしばらく茫然としてましたもん。はくたかは自分で黒板に名前を書いて「金沢はくたかです。趣味はプログラミングと野球とSF小説を読むことです」って、すごい元気に言うんですよ。中三ですよ?変過ぎてみんな笑っちゃって、でもはくたかが一番笑ってるもんだから、それだけで空気がはくたかのものになっちゃったんです。外はすごい土砂降りの雨で、連休明けでみんなダレてたのに、クラス中が爆笑になったんです。宇宙人というか、魔法使いみたいでした。担任のはるか先生は若い女の人で、真面目過ぎて冗談とか全然言わないから、笑った顔もあんまり見たことなかったんですけど、そのはるか先生まで口を手で押さえて笑ってたんです。 なんであんなに面白かったのかよく分からないんですけど、私もげらげら笑っちゃって。 宝箱を掘り当てたみたいに興奮してました。女の子が少ないから、誕生するといっぱいお祝いされるじゃないですか。 お母さんがみんなによくやったって褒められますよね。あれとおんなじ感じでした。よくここに来てくれたねって歓迎ムードで、あの時から3年2組ははくたかのクラスになりました。神の子が誕生したみたいに、みんなでこの子を大事にしようって気持ちになってたんです。見た目も可愛らしかったから、余計にそう感じたのかもしれません。 転校初日から学校中の注目で、廊下を歩くとみんな振り向いてました。制服が違うってのもありますけど、なんか目立ってキラキラしてるんです。都会の子はやっぱ違うよねってのぞみとも話してました」
「金沢君が来てクラスや学校に新風が吹いたんだ。都会育ちの彼は独特のセンスに溢れてて、一躍学校の人気者になった。君もすぐに友達になれた?」
「すぐじゃなかったですね。一か月ぐらいしてからじゃないかな。男子がはくたかを独占するっていうか、ほら、カッコイイ友達がいることを自慢したがる子っているじゃないですか。そういう感じで、男子みんなではくたかを共有してました。はくたかも 誰に誘われても絶対断らないし、誰のこともむげにしないんですよ。同じクラスに山形つばさっていう、頭はいいけどコミュ力ゼロの男子がいるんですけど、一年の時から友達もいなくて、ずっとひとりだったのに、はくたかとだけは喋っていて、結局一番仲良しになったんです。三年の三学期はずっと二人で遊んでました。はくたかは独占したくなる魅力があって「おはよう」って教室に入ってきたと同時に「はくたか、あのさあ」って、待ち構えてた男子がどこか連れていっちゃうから、私たちと喋るタイミングなんかありませんでした」
