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ちゃれガヤ企画/マイ・シークレットプール


初夏の陽光が、空っぽのコンクリートの底で白く弾けている。白いTシャツにデニムのショートパンツ姿の清良は、デッキブラシを握りしめ、叔父の家のプールをこすっていた。

毎年六月の3週目になると雇われるアルバイト。小学五年生の時はただのお手伝いだったが、中学になってから年齢×100の時給制になり、高校二年生になった今では一時間で1700円。高額な時給におやつ付きのまさにおいしいお仕事で、清良は週末の二日間かけて、ひとりでプールを掃除するのが毎年の恒例になっていた。

六月に入ったばかりだというのに、湿った風が肌にまとわりつく。汗が額に滲むが、少しずつ汚れが剥がれるのが楽しくて、夢中になっていた。

「キヨ、のぼせる前に休んで水分摂れよ。熱中症で倒れたりしたら、兄貴に合わせる顔がない」

プールサイドのパラソルの下、クリーム色のアロハシャツでリクライニングチェアに身を預けた叔父が、読みかけのペーパーバックを置いて声をかけてきた。
 
叔父は売れっ子のミステリー小説家だ。二年前、妻の梗子を亡くしてからは、この郊外の屋敷で一人暮らしをしている。足が悪かった叔母の梗子は、避暑先の湖畔で朝の散歩中に足を滑らせ、帰らぬ人となった。悲しい記憶を想起させるせいか、昨年はプールに水が張られることはなく、四角い箱には枯れ葉とゴミが積もり出していた。

ここが元通りになれば叔父の気持ちも戻るはず。だから「今年はプールを使いたいから掃除を頼むよ」と連絡をもらった時にはもう、清良は張りきっていた。

「大丈夫よ、これくらい。真夏の暑さに比べたら全然平気よ」

清良は首の汗を拭い、明るい声で返した。梗子の死については、親族の間でもなかばタブーのようになっている。清良も、叔父の寂しげな横顔を見るたびに、その話題を避けるのが習慣になっていた。

「それにしても、このプール、本当に広いわね。自宅用とは思えないわ」

「広いプール付きのお屋敷に住むのが長年の夢だったんだ。観賞用としても、息抜きとしても、僕の生活にプールは欠かせないのさ」

叔父は少しだけ目を細め、遠くを見るような表情をした。その時、玄関のチャイムが鳴った。

「あれ、もう来たか」

叔父が立ち上がるのと同時に、勝手知ったる様子で庭に現れたのは、涼しげな瞳の美しい女性だった。タイトなスカートに、知的な眼鏡。三年前から彼の担当の編集者になった、青木まどかだった。

「先生、お邪魔します。あら、清良ちゃん、今日も頑張ってるのね」

「こんにちは、青木さん」

まどかは叔父の隣に座り、親しげに仕事の打ち合わせを始めた。時折、二人の笑い声がプールに響く。清良はデッキブラシを動かしながら、その様子を横目で見ていた。
 
叔父は昔から女性にモテる。独り身になった今、若くて綺麗な編集者と仲良くしていても不思議ではない。むしろ、叔母を失った喪失感を埋めてくれる存在がいるのなら、それはそれで良いことなのだろう。清良はそんな風に、大人びた解釈をして見過ごしていた。

二日間に及んだ掃除の最終日。ようやくコンクリートの床は新築のような白さを取り戻した。清良は達成感とともに、プールの縁に腰を下ろした。

「叔父さん、終わったわよ!水、入れてもいい?」

返事がない。叔父とまどかは、いつの間にか庭から姿を消していた。打ち合わせが長引いて、家の中に入ったのだろう。
 
清良は立ち上がり、プールの給水栓へと向かった。重いハンドルを両手で回すと、ゴボゴボという低い音を立てて、蛇口から勢いよく水が噴き出した。

乾いた底に水が広がっていく様子を眺めていた清良は、ふと気配を感じて顔を上げた。二階の書斎の窓。カーテンが半分閉まったその向こうに、ふたつの人影が見えた。叔父とまどかだった。二人は重なるようにして抱き合いながら、キスを交わしていた。

清良は息を呑み、とっさに目を逸らした。
見てはいけないものを見てしまった。気まずさに胸がざわつく。やはり二人は、単なる作家と編集者ではない関係だったのだ。

その時だった。
勢いよく流れ込む水の水圧に押されるようにして、プールの隅にある排出口から、何かが「コロン」と転がり出てきた。それは水の流れに乗り、清良の足元へと運ばれて来た。

腕を伸ばして屈み込み、その小さな物体を拾い上げた。手のひらの上で鈍い光を放ったのは、プラチナの指輪だった。内側には、叔父と叔母のイニシャル、そして結婚記念日が刻まれている。

太陽が照りつけているはずの背中に、冷たい汗が流れた。
叔母の梗子は二年前、遠く離れた別荘地の湖で亡くなったはずだ。遺体が見つかった時、彼女の指にこの指輪はなかった。警察は、水に落ちた衝撃で外れ、湖底に沈んだのだろうと結論づけていた。なぜ、その指輪が、この家のプールの排出口に詰まっていたのか。

清良はもう一度、二階の窓を見上げた。しかし、そこにはもう、二人の姿はなかった。ただ、風に揺れる白いカーテンが、冷ややかにこちらを見下ろしているだけだった。

清良は指輪を手のひらに乗せたまま、プールに溜まってゆく水を見つめた。
叔父はミステリー小説家だ。完璧なアリバイ、巧妙なトリック、そして意外な結末。彼はいつも、読者を鮮やかに欺いてみせてくれた。

浮気をするのは、別に構わないわ。

   けど

ミステリー作家にしては、叔父さん、詰めが甘いわね。

湖で死んだはずの妻の遺品が、自宅のプールから出てくるなんて。この二重トリックの「伏線」を回収し忘れたのは、彼の一生に一度の、そして致命的な書き損じに違いなかった。清良は、ショートパンツのポケットに、輝きの薄れない銀の指輪をねじ込んだ。

「…暑いなあ」

呟きながらプールサイドにしゃがんだ。午後の日差しを浴びるタイルがキラキラと反射している。青空を映し出す水面を清良はしばらく見ていた。そろそろ止水線に達しようとしている透明な水は、たえずゆらゆら揺れている。そして誰か浮かんでいるみたいに、時折ちゃぷんと音を鳴らし波を立てた。


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こちらの企画になった参加させていただきました。
そして結局こうなってしまう。すいません…。
コッシーさん、「99:1」のスピンオフじゃなくてごめんなさい。
プールが似合うキャラが見当たりませんでした。
みくまゆたんさん、二度目のお邪魔です。宜しくお願いいたします🐧

#みくまゆ会
#ちゃれガヤ
#プール