ホワイトルーム・オープン・ザ・ドア ②
「やりたなければやらんでええ。強制はせん。わしは参加の資格があると言うただけじゃ。ほんかし、さっき説明したように個人ではなくチームでやるのがこのプロジェクトのルールや。メンバーと話し合って不参加と決定した時点でチームは消滅する。参加費を返納すればそれでしまいや。やるのもやらんのもお前らで決められる。ただし話し合いは常に民主主義に則って多数決で決めること。そして互いの意思を尊重すること。やると決まっても、やらんと決まっても、チームの仲間を責めるようなことはすな。なにより人間ひとりの人生が関わるプロジェクトであるのを忘れんな。そんなら今からチームを発表する。呼ばれた者は立つように。誰と組むのかちゃんと覚えておけよ。えーまずチーム赤城。ほれ、お前がリーダーじゃ。立て立て」
「うえーいおれかい」
赤城はジャンプしながら立った。チーム赤城は男子四人。女子三人。仲のいいイケてる男女メンバー。「一緒じゃん」「イエーイ」と場違いに燥いで手を振りあっていた。
「先生、ほんとに成功したら五万くれるの?」
赤城チームの女子が尋ねた。
「ほんまや。現金で渡すぞ。報酬やからな」
やったー!と騒ぐ連中のノリがさっぱり分からなかった。僕も富里と同じでやりたくない。チームが決まったらすぐに話し合って不参加を表明したかった。どこのチームに所属するのか、仲のいい相手はいるかと、ドキドキしながら名前が呼ばれるのを待った。
「次はチーム石黒。メンバー言うぞ」
2番目に組まれたチームは優等生の集まりだった。男子六人に女子ひとり。紅一点に選ばれたのは常に石黒と学年トップを争う名木さん。
すらっとして長い黒髪が似合う名木さんは僕の見立てで学校一の美人。ダンス部の元部長で、宝塚みたいに下級生の女子から人気があり、男子にも超絶モテる。席を立った名木さんは「バランス悪くありません?」と起立してる六人の男子をぐるり見た。
「ヒヨッコの男子まとめるにはお前ぐらいしっかりした女子がおらんとな。
これがちょうどええんや。はっきりせん奴おったら尻叩いたれ。お前ダンス得意なんやから足バーン上がるやろ。ぐずぐず言う奴は蹴ったったれ」
名木さんは「ああ、じゃあ遠慮なく」と眼鏡男子たちを怯えさせ、教室の笑いを誘った。流れるような黒髪の横顔は涼風のよう。
「じゃあどんどん発表するぞ。次はチーム緑川」
3番目に編成されたのは元サッカー部の緑川を中心とした体育会系。男子三人に女子四人。僕も元水泳部だが、ここのチームには入らなかった。
まだ呼ばれないね、と文ちゃんと首を竦めた。文ちゃんと一緒ならいいなと思った。唯一白井とコンタクトを取ってる文ちゃんがいれば、不参加せずとも簡単にクリアできそうだからだ。みんな考えることは同じで「文ちゃんいないのー」と外れたチームは嘆いていた。まだチャンスが残されてる僕は内心よしよしと思っていた。
4番目は白井と同じ中学の奴が三人いるチーム百瀬。オタク系の男子七人で組まれていた。気が合う仲間同士なので、安堵したように「やったあ…」と小さく呟いた。
いよいよだった。残っている男子は僕と文ちゃんだけ。やりたくない宣言した富里もまだ残ってる。じゃあこいつと一緒か…。げんなりしたが、文ちゃんがいればプラマイゼロ。なんとかなる。僕らは心強い同志として顔を見合わせて微笑んだ。
「じゃあ最終チーム。チーム山吹」
まさかのリーダー。さらに驚くチームメイト。女子六人に対して男子は僕ひとり。文ちゃんは入ってなかった。わけの分からん編成に唖然とした。
「おおーすげえ、ハーレムやん」
赤城らがひやかした。いやいや冗談じゃねーよ。気の強い富里を筆頭に、よく言えば個性派、悪く言えばはぐれ者の集まり。しかも接点ゼロ。さすがにこれはない。異議しかなく、つい挙手していた。
「先生、どうして文ちゃんはどこにも入ってないんですか?」
本人も当惑してる。先生の見落としであってほしいと願った。けれども「文吾はやらん」と先生は鼻を擦った。
「文吾はこのプロジェクトの管理人になる。なにかあれば、わしやなくて、
文吾に言え。チームが消滅する場合も文吾に報告すること。こいつは唯一白井とコンタクト取っとるけえ、相談相手にもなってくれる。そやけどチームに引き入れるのは禁止や。文吾はあくまで管理者。公平な立場でいる役職や。ええか文吾、どっかひとつのチームに肩入れすんなよ」
文ちゃんは左手を上げて了解した。うっそお。どーんと奈落に落ちた。ちっとも仲良くない女子軍とよそよそしい目線を滑らせた。そっちの言いたいことも分かるよ。こっちだって別に希望して一緒になったわけじゃないし。
尻を付けたら爆発しそうにゆっくり腰かけながら、最悪じゃん!と心で叫んだ。なんだよこれ。めちゃくちゃだ。こうなると富里は力強い味方だった。すぐに消滅できる。もう今日中にでも。即席のチームメイトでも、みんなの思いがひとつであるのを願った。
「よし、じゃチームも組まれたとこで、ホワイトルーム・オープン・ザ・ドアをやるに当たっての6つの規則を守ってもらう。よう聞いておけよ。特にリーダー。一つ、白井を脅してはいけない。二つ、白井の心身を傷付けてはいけない。三つ、他のチームを妨害しない。四つ、チーム内の問題はチームで解決する。五つ、白井の家に行く時管理人と同行すること。六つ、白井が来た時になぜ来たのかと本人に尋ねない。これが原則じゃ。あとはさっき言うた通り、不参加と決まった時のみ文吾に報告。続行の場合はいらん。それともうひとつ。お前らは受験生じゃ。勉強を優先すること。空いた時間に話し合いせえ。これはこのクラスの課題に過ぎん。やりたない奴ははっきりリーダーに言ってええ。四人以上の同意があればリーダーは承認すること。取りあえず今日から一週間は個々で考えろ。来週までに答えを出してリーダーに伝えること。お前らももう子供やない。自分の頭と心で決めろ。将来仕事に就いた時に割り振られた仕事を友達と相談して決めないのと同じや。それとええか、何度も言うぞ。これはゲームではないからな。アイデアと心理の挑戦や。なかなか振り向かん片思いの相手を靡かせるにはどうしたらええとか、頷かんクライアントに判子ついてもらう策を練るのと同じと思えば取り組み方も変わってくる。いかに人の心を動かせるか自分を試してみろ。そんで考えろ。どうしたら開かずの扉を開く鍵が見つかるかをな」
再び石黒が手を上げた。先生は顎をしゃくった。
「何をすればいいのかは分かりました。けどお金で生徒を操るのは道徳的に問題があると思います。知られたら大問題になるんじゃないんですか」
「わしは別段操ってはおらん。何度も言うようにゲームではないけえ、もらえるのは賞金やなく報酬や。働いて成功させた対価や。そんでもお前が要らんかったら誰かにやればええ。他のクラスに漏れるかどうかはお前ら次第じゃ。このプロジェクト自体を壊したければその方法もある。それもひとつの意思じゃ。咎めはせん」
「けどそうなったら先生もまずいんじゃないんですか。なんらかの罰則が下るんじゃないですか?」
「そうなったら黙って受けるまでよ。お前らに責任はない。気にするな。それともう決まっとることやから言っておくわ。わしゃ今年度で教師辞めるんじゃ。かみさんの実家が上高地でレタス畑やってての、そこを継ぐことにしたんでな。そやけえ、辞めさせられるとしても卒業までは続けさせてもらえるかもしれんから、お前らの門出は見届けることはできるぞ」
えっ。うそっ。短い声があちこちから弾けた。僕もぐわんと気が遠くなった。突然の知らせは動揺の波を広げた。
「ツカさん、先生辞めちゃうの?」
質問した赤城に釣られて前のめりになった。嘘だと言ってほしかったが「そうじゃ」と先生はあっさり言った。
「かみさんのお父さんが三月に脳梗塞で倒れて寝たきりになってしもてな。
ここの校庭ふたつぐらいのひろーいレタス畑持っとって、お母さんとお兄さんとでなんとか続けとるんじゃが、お母さんも高齢やし、人手が足りんから、わしもやることにしたんじゃ。来年には長野に引っ越す。そやけえお前らがわしにとって最後の生徒や。有終の美を飾りたいわけやないけど、心残りがあるまま教師生活を終えとうなくてな。そやけどわしのためとかは思わんでええ。これは白井とお前ら双方に得るものがあるから提案したんじゃ。
赤、黒、緑、もも、山吹。どの色が白い扉を開けられるか、わしは楽しみにしとるぞ。ええ機会と思って果敢に挑めよ」
二時間目、三時間目になっても、頭の半分はまだこんがらがっていた。もやもやしたまま午前の授業が終わり、弁当箱を鞄から出した。お昼を一緒に食べるのはいつも同じメンバー。文ちゃんと、百瀬チームに所属する宮野の三人。食べる場所はその日の気分や天候によって変わる。晴れていれば中庭。雨なら教室。テスト前なら西校舎の図書室前の広場など、いくつかパターンがある。決めるのはいつも文ちゃんで、僕らは文ちゃんに決めてもらうのが好きだった。今日はちょっとウサウサしてるから外でもいいかなと思ったが「今日はどうする?」と聞くと、と文ちゃんは自分の机をトントンと指で叩いた。
「ここでいいの?天気いいよ」
首を振り、もう一度机を指してリュックから弁当箱と銀色の水筒を出して準備した。どうやらここがいいらしい。僕と宮野は白井の机を借りて、文ちゃんと向かい合わせに昼飯を食べ始めた。けど三人いても喋っているのは僕と宮野だけだ。
文ちゃんは、耳は聞こえるけれど喋ることのできない聴唖者だった。けど知能や身体に問題はないので普通高校に通い、僕らと同じ教室で学んでいる。なんなら僕より成績もいいし、所属していた弓道部では個人戦でインターハイに出場して全国6位になった。背が高くてスタイルが良くて、イタリア映画から出てきたみたいな美形。誰彼なく親切だから学校中の女子はみんな文ちゃんが好きだった。家から学校まで遠いので遅刻は多いが、体育の時に着替えた制服を綺麗にたたんであって、高校三年生になればできることがちゃんとできるしっかり者だった。
文ちゃんは僕と宮野の会話をにこにこしながら聞いていて、メールで返事する。だからクラスの全員が文ちゃんとアドレスを交換していた。でも学校以外のやりとりは少ない。深夜の無駄話も『これからラジオ始まるからごめんね』と早々に離脱する。文ちゃんにとってラジオは大事な娯楽だった。週に15本以上聴いていて、投稿したメールが採用されて送られてきた記念品を嬉しそうに見せてくれるから、文ちゃんのラジオタイムは絶対に邪魔できなかった。それに文ちゃんは噂話が嫌い。僕も聞かせたくなかった。昔読んだ、口のきけない男が主人公の物語が忘れられないからだ。
ある村に喋ることのできない男がいた。彼はいつもにこにこ微笑みを絶やさない優しい男だったので、村人は嫌なことがある度に男の元を訪ねて話して聞かせた。噂話。愚痴。打ち明け話。悪口。決して言いふらすことをしない彼に毎日届けられる怒りや恨み卑しい話。それでも嫌な顔をせずに男は耳を傾けていたが、ある冬の夜、自ら命を絶ってしまった。
「男は苦しみと悲しみだけ詰まった袋になって死んでしまったのです」
その最後の一行がずっとこびりついているから、文ちゃんには甘えすぎないように気を付けていた。
「キッペイ、今朝の話どうよ。お前リーダーじゃん。男イチに女六って、どういうメンバーチョイスよ。どっかの王族みたいじゃん。やるの?」
山吹哲平を色々はしょられてキッペイになった呼び名。とりあえずおかしくてしょうがないのだろう。にやにやしながら宮野はペットボトルの蓋を開けて口を付けた。元バドミントン部の副部長だった宮野はインドアスポーツなのにいつも小麦色の肌をしてる。登下校の三十分だけで充電ゼロのバッテリーみたいに太陽光をぐんぐん吸収してしまうのだ。親が沖縄生まれだからそういう体質なのだと本人は言ってるが、夏の間はこげたトーストのようで、バター置いたら溶けるんじゃないと思うぐらいおいしそうな色になる。典型的な日本人イエローの僕と、青みがかった北欧系の文ちゃんと、アジアの働き者みたいな宮野と半袖のシャツから出ている腕は国籍が異なる。実際三人とも性格はばらばらだった。
「知らねえよ。なんでおれだけこんななの。しかも喋ったことない女子ばっかでさ。どういうメンツだよ。最悪だよ」
純然たる「納得いかない」。好物のほうれん草入りの卵焼きを、ついひと口で食べてしまうぐらい精神が乱れていた。
「けどそもそもこの計画自体が無謀だろ。やるチームあんの?いくら五万もらえるって言ったってさ。おれら受験生よ。ツカさん本気なの?」
「チーム編成とルールまで考え込んできたんだから本気なんだろ。宮野はどうなのよ。やるの?」
「まだなんともだよ。ひとりで決められないし、百瀬ともなんにも話してないしさ。けど今までずっとノータッチだったのに、なんで急に白井カムバックなんだよ。どういう心境の変化?」
「教師生活最後だからやり残したくないんだろ。不登校の生徒がいるってやっぱり力量問われるんだろうしさ。けどツカさんはよくやってる方だよな。親だって手を焼く不登校とちゃんと対話試みてさ。なんとかしてやりたい苦肉の策だったんだろ」
「今やどのクラスにもひとりはいるじゃん。誰の責任ってわけじゃないと思うけどね。いじめとか明確な理由があって来ないなら分かるけど、行きたくない、がまずあってから起こる現象をきっかけに不登校と名乗るパターンもあるじゃん。その時点でもう行く行かないの二択じゃなくなってる。登校しない理由が健康のせいなら、行く選択肢は既に除外されてるんだからな。本当は登校したいけど、本人のせいじゃない理由で行けないのは気の毒だと思う。けど、行けない、行かない、行きたくない、は同じようで違う。おれは学校に意味を見いだせないから行かないって言うなら、自己流の人生を歩むんだと宣言すりゃいいのにと思うよ。親に心配掛けないで特技を伸ばす努力するとかさ。部屋でゲームとかネットとかばっかやってるから不登校は怠け者に分類されるんだよ。ただ遊んでるだけじゃんってさ。わがままと言われたくないなら、ポリシーをひとつ持てと言いたいよ」
暑がりの宮野は立て続けにアクエリアスを飲んだ。筋の通らないことが嫌いな宮野はいつも理路整然としてる。冷たく感じるけど、間違ってはいない。率直な思考や性格は返って付き合いやすい。宮野がいつも言うのは公平さだ。わがままを通すならこちらの要求も飲むのがフェアってことだ。
「なんにもしたくないが発端なんだから勉強なんかしないだろ。学生だから思い切りサボれるってのもあるしな。いい大人になってから引きこもりになるよりいいかもよ。思春期という大義名分もあるし。今のうち遊んでおくってのも学生の特権だよ。まだ修正可能な時期だしな。大学生なんかまさにそのための時間だろ」
「モラトリアムってやつね。高校生より大学生の方がバカに見えるもんな。
東大とかは別物だけど。だからこそ三年踏ん張れば思い切り遊べるのにってほんと思う。先を見据えりゃ賢い選択をするはずで、自由になりたいって言いながら、わざわざ自分を不自由にしてるんだから、おれには全く理解できねえよ。文ちゃんは白井とはよく会ってるの?一番最近だといつ?」
『夏休みに一緒にキャンプした』
携帯に返事が来て、その時の写真を見せてくれた。白井は僕の記憶に違いなくにこやかだった。というか、白井はわりとお喋りで、明るい奴だった。だから不登校の理由が思い当たらないのだった。
