『ギャンブル脳という名の思考』NLP的観測日記。ギャンブルと心理学の関係性。
✽こちらは、過去作品ですが今も大切だと
思うので残しております。
麻雀は「降りる」という判断を
唯一許すギャンブル
競馬・競輪・競艇をする人は、
たいてい麻雀も知っています。
打つかどうかは別として、
ルールも、空気も、緊張感も
知っています。
そして多くの人が、
こう言います。
「麻雀は運だけじゃない」
この感覚は、正しいです。
しかし、ここにも落とし穴があります。
麻雀が他のギャンブルと決定的に
違う点。
それは、
「降りる」という選択が
明確に存在することです。
打たない。
押さない。
勝負しない。
これが、
ルールとして許されています。
競艇やパチンコでは、
一度座ると、
降りる判断は自分の中に
しかありません。
しかし麻雀では、
降りることが
技術として成立します。
ここが重要です。
麻雀では、
勝ちを取りに行く人よりも、
負けを小さくする人が
長く残ります。
NLP的に見ると、
これはフレームの違いです。
勝つか負けるか、ではなく、
どこでやめるかが
常に問われます。
だから麻雀では、
感情が暴れにくい。
流れが悪い。
手が入らない。
ツモが来ない。
そう感じたとき、
降りるという行為で、
自分を守れます。
しかし同時に、この構造が
別の錯覚も生みます。
「まだ勝負は終わっていない」
という感覚です。
降りられるからこそ、
人は長く座ります。
長く座れるからこそ、
深く沈む人もいます。
ここが、麻雀の静かな怖さです。
麻雀は、
冷静な人の遊びに見えます。
しかし実際には、
冷静さを演じ続けられる遊びです。
降りている自分。
我慢している自分。
耐えている自分。
この自己像が、
続行の理由になります。
最後に、
漫画「カイジ」の著者
福本先生なら
「我慢している間は、
人は負けていることに気づかない。」
麻雀は、勝つ練習よりも、
降りる練習を教えてくれます。
ただし、それを使える人は
ほんの一部です。
次回は、
これらすべてを横断して、
ひとつの問いに戻ります。
「なぜ人は、ギャンブルを
自分の問題として見ないのか」
そこを、観ていきます。
🩵ここまでです。
この作品が良いと思えた方は、
「♡」ボタンを押してね。
次回作の励みに、なり~ます。m(__)m
気軽にコメントも下さいネ。
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます。感謝いたします。