【noteでBL】忍びの夜は
なみさんの激エモ企画も、とうとう20弾!🥳🎉
今回参加させて頂きますは、こちらのお題と設定縛りです。
『食事シーン』
『家以外の、作者の大好きな場所や土地、時代を舞台にした話』
『脊髄反射』
【ジャンル】
創作歴史、ブロマンス
【あらすじ】
時は室町時代後期。戦乱の世の中でありながら、比較的平穏な城下町があった。
姫様お付の忍び草助と、筆頭家老の次男坊勝行は犬猿の仲。価値観の違いにより何かと衝突しがちな二人だが、なんだかんだお互いの実力は認め合っている間柄でもある。
だがある時、草助に対するあらぬ噂を知ってしまった勝行。悶々と思い悩むうちに、図らずも噂の真相に直面するが……。
若侍×忍びの犬猿コンビ、どつき合いの底にある想いとは……?
本文4,462文字
暮れ時の青灰色の空に淡い藤色が混じり合う。
裏門から見上げた城郭は茜に染まり、やがて宵闇へと溶けてゆく。
黄昏時は“誰そ彼”時。あの世とこの世の境界すら曖昧になる時間帯であり、闇に生きる忍びにとっては稼ぎ時の始まりだ。
「この雑草が!」
「誰が雑草だ猪」
既に聞き慣れた売り言葉に買い言葉で返し、忍びの少年、草助は身を翻す。
怒声と共に振り下ろされた太刀を三寸ばかりの差でかわし、続く二の太刀を苦無で押し留める。
「うんうん、今日も惚れ惚れする程豪快な初太刀だ。だが当たらなければどうという事もない」
「やかましい!」
山とは名ばかりの、ほとんど丘と見ていい傾斜のゆるやかな高台の地に逆上する若侍、勝行の声が木霊する。
ここ、天狐の城は平山の城。
軍事的な防御地点というよりは、政や経済の中心としての役割が強い。一番の新参者である草助からしても、攻めやすく守り難い城と見て取れた。
防御機能としての堀や石垣、索敵の要たる櫓こそそれなりの代物だが、用心するに越した事はあるまい。
「だからといってしつこいぞ貴様!」
「予行演習なら幾らでも付き合うと宣ったのはあんただろうが」
刀と苦無の押し合いが膠着状態に陥り、こうなると始まるのは舌戦だ。青筋たてて怒りをあらわにする勝行に対して、ケラケラ笑う草助は悪戯を仕掛ける子どものように楽しげである。まるで、生意気盛りの猫の仔が、キャンキャン吠える番犬にちょっかいをかけているよう、と例えたのは誰だったか。
「なんだ、また来たんか坊主」
「姫さん付きと言っても風呂まではついて行けぬものなァ」
「小林殿、山田殿」
ふと、獲物にかけていた力が緩む。
正しく犬猫の喧嘩でも諌めるように現れたのは、勝行と共に城内の見廻りに出ていた武士達だ。三十路手前の、若輩者にも人当たりの良い二人である。
「ああそうだ、千誉様から皆様方へこちらを」
「千誉様、また城下に……!」
納めた苦無の代わりに懐から取り出したのは、城下町で人気の茶屋の串団子。齢七つのお転婆なお姫様も絶賛する逸品だ。
「そう心配せずとも、お忍びで出かけられる時は男装もしているのだぞ。あの腕前ならまず見破れん」
「そもそも城を抜け出すのをお止めしろ!変装術など伝授するな!!」
忍びと侍、忍びの里から派遣された新参者と最古参筆頭家老の次男坊。何かと価値観の違いから衝突する二人であったが、端からは「姫様の教育方針で争う保護者の姿」にしか見えず。言い争う若者を余興に食う団子の味も慣れたもの。
「どうせなら酒が良いんだが」
「仕方なかろうよ、仕事中や」
「ま、これはこれで乙なもんよ」
「勝行の坊も丸くなったゆうか、面白い男になったとゆうか」
余談だが、当時のみたらし団子は醤油や味噌を塗って香ばしく焼いたものが主流であり、甘味というよりは携帯食や陣中食の扱いであった。
一串に刺す団子の数も五個が一般的で、材料も米粉を使用した食べ応えのある代物だ。
「うん、ご馳走さん」
「姫さんにもよろしゅうな。ほれ勝行、お主も頂いとけ」
「しかし山田殿!」
「せっかく頂いた物を粗末にする方があかんやろ」
「それはそうですが……」
武士は食わねど高楊枝。されど、下賜された品を無下にする無礼者にもあらず。
「そうだぞ。食えぬと申すなら手ずから食わせてやろうか?」
「どうしてそうなる! ええい、さっさと千誉様の元へ戻らぬか!」
「ああ、またな」
もう来んで良い、と叫ぼうとした時には、もう気配が消えていた。憮然としたまま、残った包みごと団子を受け取る。麦湯の入った竹筒まで添えられているのは流石の気配りだが、これだけの差し入れ、どこに納めていたのやら。
「……多くないですか」
「儂らはそないに食わんよ」
「お主なら朝飯前、いや夕餉前やろ」
なんだか釈然としないが、団子に罪はない。
無言で手を合わせた後、黙々と咀嚼していく。一見気難しいだの堅物だのと言われがちな勝行であるが、一つずつちまちまと平らげていく様は、行儀の良い小動物味を感じさせるのだった。これには先輩方もほっこり。
「なんだかんだええ関係よなぁ」
「でもいいのか、あの坊主って確か……」
「何がです?」
団子を食む手を止めてまで問うたのは、ささやかな意趣返しもあったのだろう。問われた先輩方が、余計な事を言ってしまったとばかりに視線を泳がしているのは珍しい姿だったが、無言で見つめ続ける事、団子三串分。
「……あの坊主、お館様のお手付きって噂だけど」
「は!!!?」
爆音に団子が飛んだ。
🍡🍡🍡
余平四郎勝行。
彼は代々近侍や小姓、つまり主君の最も身近な側近として仕えてきた家系の次男坊として生まれた。
事実勝行も、当代城主道賢の一人娘千誉姫のお側付きとして、彼女が誕生したその日から誠心誠意お仕えしている。
小姓には秘書官や将来の幹部候補生としての意味合いもあるが、勝行の場合は護衛としての側面が強い。姫君とあれば生活全般のお世話は侍女達の役目であるし、齢七つでは閨事のお勤めもあり得ない。
(若君であったとしても、そういうお勤めが必要になる頃には僕はお役御免だろうな。向いていないにも程がある)
習慣とは恐ろしいもので。
心ここにあらず、ほとんど茫然自失と言って良い様子でありながらも勝行の足さばきは揺るがない。身体に染み込んだ動きを決められた手順でこなす自動人形のような状態。にも関わらず、普段とは違う異常には確実に反応するのだから、骨の髄まで叩き込んだ護衛精神である。
「はっ!?」
「うわうるさっ」
障子戸の向こうから飛んできた黄橙色の物体を咄嗟に受け止め、ようやく真っ当な意識が戻ってきた。
城の中枢、城主らの居住空間である裏御殿へと続く廊下は中庭に面しており、廊下と庭を区切る障子戸から上がってきたのは草助だ。ちょうど気不味い時に……と、思うと同時に、彼が抱える竹籠が目に留まる。
「枇杷?」
「あんたもいるか?」
「それを聞く前に投げつける奴がいるか」
先程飛んできた、卵型の物体は枇杷だった。咄嗟に受け止めたが、はたき落とさなくて良かった。
いつの間にか手に携えていた提灯の灯りを浴びて、淡く照らされる果実は素朴で可愛らしい。
「お館様にお届けしようと思ってな。運送業者の旦那からお裾分けだ」
「………………そうか」
ふと、枇杷の籠を見ていた草助が視線を上げる。宵の口と言っても月明かりもあり、夜目の効く草助にとっては昼間と変わりない。そんな忍びの眼に映るのは、何とも形容しがたい珍妙な表情を浮かべた犬猿の侍。
「枇杷と思って食ったら百年ものの梅干しだった、みたいな顔だがどうした」
「どういう例えだ」
忍びの、否、草助という少年の冗談は少し分かり辛い。
少年。そう、少年だ。
勝行に対しては小馬鹿にするような挑発めいた態度が多い草助だが、そうでない時は年相応で普通の、むしろ童顔の部類に入る少年に見えると、今更気付いた。
普段はうなじの辺りでまとめている髪を下ろしているからか、珍しく明るい萌黄色の小袖なんぞを着流しで着ているからか。あんな話を聞く前なら雰囲気変わるな、で終わるはずだった差異すら意味深に思えてくる。生々しい。
「じ、自分は大切にしろ……?」
「アンタ、そんなに小さな声出せたのか」
勝行本人からしてもわけの分からない発言だと思うのだが、答える草助の物言いも何かがずれている。あえてずらしているのかもしれないが、生憎と勝行には判断がつかなかった。
「……ふぅん?」
にんまりと、薄い唇が弧を描く。
「堅物とは思っていたが、中々……へぇ〜」
「な、何が言いたい?」
「言っていいのか?」
「何を言う気だ!」
ようやく普段の調子が戻ってきた声量に、三日月のような笑みが更に深くなる。戯けた事を、と吠えるより先に竹籠を押し付けられ、言い淀んだのがいけなかった。
「ちょうどいい、あんたも付き合えよ。お館様の寝所まで」
「うん???」
間の抜けた返答となったのは、不可抗力だ。
ろくに抵抗もせずに引きずられていったのも、提灯を握っていた方の手首を、思いの外強い力で掴まれたせい。決して、色恋沙汰には不慣れな頭の許容量を超過した反動で思考力が追いつかなかったから、ではない。
「いや待て、なんで僕まで連れてくんだ!」
「まぁ良いだろ、何事も経験だ」
仮にも主君の私的な空間で発する騒ぎではない。そんな気配りも吹っ飛んでいた。そうこうする内に、もう目的地。勝行はちょっと泣きたくなった。
「お館様、草助が参りました。失礼致します、しました」
「コラァー!!」
禄に返事も待たず、室内になだれ込む。一国一城の主たる己の主君にこの軽さ。流石に教育的指導を入れざるを得ない。
「おや、今宵は勝行も一緒か」
「はわ」
得なかったのだが。
初心な生娘もかくやという悲鳴が出た。
彼等の主君、道賢は男盛りの美丈夫だ。湯浴みをされたのか、藍染の浴衣をゆったりと着こなし、豊かな総髪は結い上げずに垂髪。なんというか、姫君の前では絶対に出しては行けない空気をまとっている。教育に悪い。
がくりとうなだれる勝行の気恥ずかしさになど目もくれず、押しつけていた竹籠を掠め取った草助は涼しい顔。
「お館様、こちら馬借の旦那から。初物の枇杷ですって。それと丑寅の方角の奴さんらに動きありと言付けです」
「ああ、八の字の目利きなら上物だ。有り難く頂こう。戌亥の烏共は」
「随分溜め込んでるようですねぇ、最新の種子島がたっぷりと」
「えっ」
夕刻に聞いたばかりの噂とは様子がおかしい。
たまらず上げた視線の先には表情の抜け落ちた忍びがいて、しかし視線に気づいてか、普段の生意気な少年めいた笑顔が浮かぶ。
「お館様、お館様程の色男なら、わざわざ野良育ちの忍びなど囲わぬとも選り取り見取りだとおぼこい臣下にも教えておいてくださいよ」
「お前とてその気になれば引く手数多だろうが……ああ、なるほど。勝行、揶揄われたな?」
「は!??」
つまり、あの噂は忍びの草助が人目を避けて城主である道賢の元へ通う為の方便なのだ。
姫君の側付きの忍び。その忍びが、他の忍務も兼任していないと誰が言えるだろう。
「どうしてわざわざ某に教えるのだ?」
「だってあんた、俺のこと嫌いだろ」
心の臓を抉られるような衝撃を感じた。
「別にそんなことは……」
「気にするな、長年一番お側でお仕えしていた姫君の元へ急に現れた新参者が、お役目もそこそこに殿様と懇ろたぁ、いけ好かないだろうさ」
「いけ好かないなど……! 己の不甲斐なさに恥じ入る事こそあれど、貴様を僻むような真似はせん!」
自分がいるのに。自分だけでは千誉様をお守りするには力不足なのか。
そのように考えた事もある。あるにはあるが、ここで世を拗ねるには勝行は実直過ぎた。
もし草助を嫌っているように見えたのなら、草助のちょっかいに本気で苛ついていただけだろう。
「ふ、随分仲が良くなったなお前達」
「「なってません」!」
ぴったり揃った返答に、とうとう声を出して笑い出した城主であった。全く、嫌われるのを気にするなら、わざわざ姿を探してまでちょっかいを掛けなければ良いものを。
忍び達の夜はまだ始まったばかり。
