読書をしながらピアノを弾くー見えない世界のワンダーランド(23)

私は目が見えなくなってから、本を読む時はもっぱら音声による「聞く読書」をしています。点字も全く読めないわけではないけれど、ものすごく読むのが遅いので、点字で書かれた本で読書をするのは私には難しいのです。

私は家出「聞く読書」をする時はたいていワイヤレスの片耳イヤホンで聞いています。その状態では手足が自由なので、よく読書を詩ながら掃除やお皿洗いや犬のシャワーなどを並行して行ないます。読書に集中していても、ルーティーン的な家事なら身体が仕事をおぼえていて勝手に動いてくれるので、本の世界に浸っているうちにいつのまにか家事が終ってゆく感じです。

私は昨年の夏から、楽譜が見えなくなって30年間弾いていなかったピアノをまた弾くようになりました。
楽譜も鍵盤も見えない状態でどうやったらまたピアノを弾いて楽しめるだろう、と考えて、たいていは3つくらいの少ないコードで弾くことができるブルースの曲なら、おぼえの悪いシニアの脳でもコードをおぼえられてなんとか弾けるようになるかも、と思ったのでした。
現在は、人に聞かせられるようなレベルではないけれど、私の好きなブルースの曲を自分で弾いて楽しむくらいには弾けるようになり、毎日時間を見つけては1~2時間ピアノを弾くようになりました。
「目が見えなくなったのだからもうピアノなんて弾けない」という「呪い」に30年も縛られていたのが嘘みたいです。
「できない」という呪いは、それくらい自分を縛ってしまうものなのだな、と改めて思いました。

先日、朝から午後まで治療が続いた後、夕方に時間が空いたのでちょっとピアノが弾きたくなりました。
さらにその時は、読み始めた『ストーンサークルの殺人』というミステリーにはまっていました。これはイギリスの作家M・W・クレイブンの「部長刑事ワシントン・ポー」シリーズの第1作です。
以前同シリーズの第5作『ボタニストの殺人』をすすめられて読んですごくおもしろかったので第1作から読むことにしたのでした。

午後の治療が一段落して時間が空いたので、私は読み途中でその後の話の展開が気になっている『ストーンサークルの殺人』をイヤホンで聞きながら電子ピアノがある部屋に行き、ピアノのふたを開いてその前に座りました。

「聞く読書」をする時、本を読みながら手で何かの作業をすることに慣れていた私は、無意識にそのままピアノを弾き始めました。曲は最近好きでよく弾いている「ノーバディ・ノウズ」という、エリック・クラプトンの演奏で知られているブルースです。


しばらくして、私は自分が読書をしながらピアノも弾いていることに気づきました。
私の中の半分はポー部長刑事が天災的な頭脳を持つ分析官のテリーと会話していて、残りの半分で私の手が「ノーバディ・ノウズ」を弾いているのを聴いていました。
同じ耳を使って音声で本を聞きながらピアノを弾いてそれを聴くことは、聞く読書をしながらお皿を洗うときとそれほど変わらない感じがしました。これはたぶん私の脳の中で使われている領域が違うのだな、と思いました。
おそらく、音楽を聴きながらパソコンでメールを書いたりする「ながら的な作業と似たようなものだと思います。
聴覚という同じ感覚を使っているのだから同時に行なうことには無理がある、と思ってしまいがちですが、感覚でとらえられた情報は脳の中ではすべて電気信号として処理されるので、脳の中で情報が処理される領域が違えば、使っている感覚が同じものか違うものかということはあまり関係がないみたいです。
そういえば、ふだん治療院のカルテのデータをエクセルに入力してゆく時、右の耳で音声パソコンのエクセルの音を聞き、左の耳で本を読むことはよくあり、これはちょっと退屈なデータ入力作業の時間を楽しい読書の時間に変えてくれるのでした。

とはいえ、やっぱり全く異なる領域で処理されているわけではないらしく、読書と音楽のどちらかに意識を集中しすぎる場合、例えば音楽に耳を傾けすぎたりすると、読書の会話の内容がところどころ飛んだりしたので、脳の力を抜いて(笑)バランスを保つことも必要みたいです。
またこれは、見えていた時のように楽譜と鍵盤を目で見ていたら、同時に「聴く読書」をするのは難しかったかも、と思いました。
まあ、そんなことをわざわざする人はそもそもいないと思いますけれど(笑)。

もちろん、こんなやり方は読書でもピアノを弾くのでもちょっと邪道なので、ピアノを弾くときはそれだけに専念するのが良いと思います。
今回はたまたま読んでいる本がおもしろすぎてついそのままピアノを弾いてしまったのでした。

ただ、同じ聴覚を使っても脳で使われる部分が違うとこんな風に並行して作業ができるものなのだな、とわかったことはおもしろかったです。

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