誰のための未来?終わらない駅の工事で考えたこと
渋谷駅に行くたびに、「この工事はいつ終わるのだろう」と思います。もちろん、工事には理由があり、完成すれば便利になるのでしょう。それでも、使っている人にとっては、いつもどこかが仮設で、通路が変わり、以前の風景が少しずつ失われていくようにも感じられます。
2025年夏、ISAGA2025に参加するために訪れたドイツ・シュトゥットガルトでも、同じようなことを考えました。中央駅の周辺は大規模な工事の真っただ中にありました。それは「Stuttgart 21」と呼ばれる、駅の地下化と都市再開発を含む巨大プロジェクトでした。
この記事では、工事中の駅を歩きながら考えたことを手がかりに、合意形成、市民参加、そして「誰のために未来をつくるのか」という問いについて考えてみたいと思います。
目次
工事中の駅を見るという経験
都市の大きな駅は、いつもどこかで工事をしているように感じます。渋谷駅もその一つです。行くたびに通路が変わり、目印が変わり、昨日まで通れた場所が通れなくなることがあります。利用者としては不便ですが、その不便の先に、より便利で安全な都市空間が構想されていることも理解できます。
ただ、そこには少し不思議な感覚があります。私たちは、完成後の姿をまだ見ていません。それでも、工事中の不便は日々経験しています。つまり、未来の利便性は想像の中にあり、現在の負担は現実の中にあります。
この「まだ見ぬ未来」と「いま経験している負担」との間に、巨大インフラをめぐる難しさがあるのだと思います。
Stuttgart 21とは何か
シュツットガルト中央駅は、ドイツ南西部の重要な鉄道拠点です。その中央駅を地下化し、従来の地上の頭端式駅から地下の通過型駅へと転換する計画が、Stuttgart 21です。
これは単なる駅舎の改築ではありません。新しい地下駅、トンネル、高速鉄道網、都市再開発を含む大規模プロジェクトです。構想の公表から長い年月が経ち、現在も工事が続いています。
私が2025年に訪れたとき、駅周辺には工事用の囲いがあり、仮設の通路を通って移動する必要がありました。かつての駅の記憶を持っている者にとって、その変化は非常に大きなものでした。
なぜ大きな論争になったのか
Stuttgart 21は、長く大きな論争を生んできました。建設費の増大、工期の延期、歴史的駅舎や公園の保全、地下工事に伴うリスク、市民への説明のあり方など、多くの論点が重なっていました。
ここで重要なのは、争点が単なる技術的問題ではなかったことです。
駅を地下化すれば、都市の表面には新しい空間が生まれます。鉄道の運行も効率化されると説明されます。しかし、その一方で、長期にわたる工事、費用負担、環境影響、都市の記憶の変化が生じます。
ある人にとっては未来への投資であり、別の人にとっては現在の生活環境や歴史的景観を損なう計画です。同じ工事現場を見ていても、人によって見えているものが異なります。
市民参加と合意形成
Stuttgart 21をめぐっては、大規模な抗議運動が起こり、公開討論や調停、州民投票も行われました。結果として計画は継続されることになりましたが、私はここで、単純に「賛成派が勝った」「反対派が負けた」と整理したいわけではありません。
むしろ興味深いのは、巨大な公共事業をめぐって、市民が問いを立て、情報を求め、議論し、意思表示を行ったという事実です。
合意形成とは、全員が同じ意見になることではありません。むしろ、異なる意見が存在することを前提に、それでも社会として何らかの選択をしなければならない場面で、どのようなプロセスをつくるのかという問題です。
この点で、Stuttgart 21は、交通政策の事例であると同時に、市民参加と合意形成の事例でもあります。
誰のための未来なのか
工事中の駅を歩きながら、私が考えていたのは、「これは誰のための工事なのか」ということでした。
現在の利用者のためでしょうか。将来の利用者のためでしょうか。都市の発展のためでしょうか。鉄道網全体の効率化のためでしょうか。あるいは、まだ生まれていない世代のためでしょうか。
公共事業は、しばしば未来のために行われます。しかし、未来の人々は現在の意思決定の場にはいません。完成後に駅を利用する人、将来その都市に住む人、長期的な環境影響を受ける人々は、重要な利害関係者でありながら、その場には不在です。
このような「不在者」の存在を、私たちはどのように考えればよいのでしょうか。
リニア中央新幹線との接点
シュツットガルト中央駅の工事を見ながら、私は日本のリニア中央新幹線のことも思い出していました。
リニア中央新幹線もまた、長い時間をかけて進められている巨大インフラ計画です。当初は2027年の開業が見込まれていましたが、現在ではその見通しは大きく変わっています。かつて修正された計画でも2027年完成とされていたものが、いまでは「いつ完成するのか」が簡単には見通せない問題になっています。
もちろん、Stuttgart 21とリニア中央新幹線は同じものではありません。しかし、長期にわたる工事、多額の費用、環境影響、将来世代への責任という点では、共通する問いを含んでいます。
便利になる未来は語られます。しかし、その未来を誰が経験するのか。現在の負担を誰が引き受けるのか。将来の人々の利益や不利益を、現在の私たちはどのように代表できるのか。
リニアという言葉には、未来の技術という響きがあります。しかし、未来を語る技術であるからこそ、そこには「誰の未来なのか」という問いがついてまわるのだと思います。
ストックホルムへ続く問い
2026年のISAGAは、スウェーデンのストックホルムで開催されます。私はそこで、「不在者の声」をシミュレーション&ゲーミングの中にどのように組み込むかについて発表する予定です。
不在者とは、意思決定の場にいないにもかかわらず、その決定から影響を受ける人々や存在のことです。将来世代、環境、地域外の人々、まだ声を持たない人々。こうした存在を、どのように意思決定の場に登場させることができるのか。
ゲームやシミュレーションは、この問題を考えるための方法になり得ます。現実には発言できない立場を、役割やルールとして組み込むことができるからです。
シュツットガルト中央駅の工事を見ながら考えたことは、ストックホルムでの発表へとつながっています。工事はいつ終わるのか。その問いは、単に完成時期を尋ねるものではありません。
その工事は誰のためなのか。誰が未来を語り、誰の声が届かないままになるのか。
私にとって、工事中の駅は、その問いを考えるための場所でした。
見出し画像は……
見出し画像は、2025年7月13日、ISAGA2025に参加するために15年ぶりにシュツットガルトを訪れた際に撮影したものです。中央駅周辺の工事に伴う仮設通路に掲示されていた、Stuttgart 21の計画図です。
写真には駅舎も工事現場も写っていません。しかし、私にはこの風景が強く印象に残りました。
そこに描かれているのは、まだ完成していない未来です。新しい地下駅、高速鉄道路線、トンネル、そして都市の将来像が図として示されています。一方で、その計画図を見ている私自身は、工事中の仮設通路を歩いていました。
未来は図面として示されている。しかし現実には、まだ工事が続いている。その対比が、この写真には写っているように思います。
今回の記事を書きながら気づいたのは、この風景が自分自身の状況にもどこか重なって見えることでした。
私は2025年のISAGA2025を振り返りながら、来月参加するISAGA2026、そして2027年の東京大会へ向けた準備を進めています。また、これまで取り組んできた環境問題、リスクコミュニケーション、市民参加、Simulation & Gaming、不在者の声といった研究テーマを、論文や単著という形で整理しようとしています。
しかし、それらもまだ完成しているわけではありません。
過去の研究を振り返り、資料を探し、写真を見直し、少しずつ形にしている最中です。言ってみれば、私自身もまた研究の総括という長い工事の途中にいます。だからこそ、この仮設通路の写真に惹かれたのかもしれません。完成した駅ではなく、工事中の駅。
完成した成果ではなく、まとめようとしている途中の研究。
シュツットガルトで見た風景は、今の私を映しているようにも感じられます。
参考資料
本稿のStuttgart 21、渋谷駅再開発、リニア中央新幹線に関する事実関係は、以下の資料を参照しました。
Deutsche Bahn. Stuttgart 21 Project Information.
Landeshauptstadt Stuttgart. History of Stuttgart 21.
Wissenschaftszentrum Berlin für Sozialforschung (WZB). Protest Survey in the Conflict over Stuttgart 21.
Pesch, U. (2015). The Public Role of Experts in Stuttgart 21. Public Understanding of Science, 24(7), 857–872.
東急株式会社・東日本旅客鉄道株式会社・東京地下鉄株式会社. 渋谷駅街区計画関連資料.
東海旅客鉄道株式会社. リニア中央新幹線関連資料.
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