『最長片道切符の旅』を旅する day43 橋は日に何度も上がったり下がったりしよったとばい
「『最長片道切符の旅』を旅する」は
宮脇俊三『最長片道切符の旅』(新潮文庫)を 忠実にたどる記録です。
(博多 中洲川端 0534)(地下鉄)姪浜 (筑肥線)0615 筑前前原 0631(筑肥線)0713 東唐津 0747(バス)0815 唐津0840(唐津線)0853 山本0853(筑肥線)0933 伊万里 1007(松浦鉄道)1228 佐世保 1310(佐世保線)1323 早岐 1359(佐世保線)1426[武雄温泉1457(西九州新幹線)1524 長崎 1542(西九州新幹線)1612 武雄温泉]1615(佐世保線)(長崎本線)1634 佐賀

今日は博多から唐津、松浦鉄道で佐世保に抜け、武雄温泉から今回初めて乗る西九州新幹線で長崎を往復して、佐賀に。旧佐賀線の跡をバスとタクシーで辿る。
前日遅く新幹線で 博多に入る。最近の旅行では 国内外共にゲストハウスに泊まることが多い。博多でも 中州のゲストハウスに泊まったのだが、ここはひどかった。汚い、古い、狭い、うるさい。GoogleMapsのローカルガイドで 初めて「おすすめしない」評を書いた。

朝早く4時半に目が覚めた。すぐ荷物を作って宿を出る。がらんと誰もいないアーケードを歩いて 地下鉄中洲川端駅まで行く。しかし地下鉄の入り口は開いておらず、0515まで入り口で待つ。

地下鉄の始発で 姪浜方面へ。

宮脇俊三(みやわきしゅんぞう)さんが旅をした1978年当時、博多ー姪浜間には、まだ筑肥線の列車が走っていた。今では地下鉄でそのまま姪浜まで行けるが、本来の「最長片道切符の旅」を忠実にたどるなら、この赤線の廃線跡をたどらなければならない。上図の赤線がそれだ。
【筑肥線廃線跡('22版)】Google Earthで巡る鉄道廃線跡
実際に バスやタクシーで行くのはちょっと大変そうなので、これ見てください。後半3分42秒からが「博多→姪浜」である。こんなことが GoogleEarthで出来るんだなあ。なんか これでいいじゃんと思ってしまう。
さて 姪浜から現在の筑肥線になる。途中の乗換駅、筑前前原(ちくぜんまえばる)(九州に来ると「原」が「ばる」になるな)でいったん改札を出る。

ここで、今回の旅行でいちばん役に立つ切符を使い始める。「ハロー自由時間ネットパス(北部九州)」である。JR九州の北部エリアで、3日間、普通列車だけでなく特急や新幹線にも乗れて11,300円である。今回のように、博多、佐賀、熊本、大分をまわる旅には、まさに最強の切符だった。


さて、東唐津からの乗り換えが めんどくさい。旧筑肥線では東唐津駅は 現在の東唐津駅よりもっと北西にあった。ここでスイッチバックして 山本へ至っていた。昔は広い河口に鉄橋を渡せなかったので 山本に近い上流で川を渡ったのだ。

現在は 東唐津駅が高架になり、唐津へとダイレクトに乗り入れている。廃線跡を忠実に辿る「片道切符の旅」としては ここはまっすぐ唐津に行くことはなるまい。タクシーがいれば 旧線沿いに山本まで行くつもりだったが、駅を降りてみると タクシーもコンビニもなかった。

ということで、旧東唐津駅(現在はホテルになっている)を経由するバスで行くことにした。バスは松浦橋を渡り、川の反対側で乗り換えて 山本駅に行く予定である。



バスは旧東唐津駅跡に建つホテルを過ぎて、松浦橋にかかる。と、ここで朝のラッシュアワーにかかって 橋は渋滞、全く動かなくなってしまった。
うわー ここで乗り換えのバスに乗れないと 後が困るんだけどなあ、と思ってるうちに 橋の向こう側をそのバスが行ってしまった。
おっと参った。急いで時刻表を調べてみると、このままバスで唐津まで行って 上り列車をつかまえれば、それがそのまま 山本で乗るはずの列車だということが 分かった。
バスの終点、大手口から 早足で歩いて5分、唐津駅到着、ファミマで朝食を買う余裕もあったよ。


予定通り、乗るはずだった 山本駅に着く。ここからは 田舎の中の田舎、ローカル線の原点のような路線である。
列車は 東唐津で進行方向を変え、松浦川沿いに 肥前の地味な丘陵を走る。
カヤ葺屋根の民家が残り、柿の木があり、大根が干してある。日本の秋の田舎の 平均的な眺めだ。

山本から筑肥線に入る。一輌編成の列車は 意外に混んでいる。老人6名が「今日はようけ乗りおってからに」などと言っている。

とちゅう駒鳴(こまなき)という いい名前の駅があった。

伊万里から 松浦線に乗り換える。この線は 佐世保まで90km近くあり、しかも駅間が短くて たくさんある。飯田線、水郡線と並んで、私の中では「日本三大・乗っていると修行になる路線」である。もちろん、そう言いながらわざわざ乗りに来ているのだから、乗り鉄というのは厄介である。佐世保まで 2時間30分、47駅の乗車だ。

伊万里ー佐世保間は 2730円だが、乗り鉄は 一回しか乗らなくても「一日乗車券」2500円を買ってしまうんだな。


伊万里を出て 今福の先、前浜で海が見えてくる。玄界灘だ。

松浦で 6分の停車。実はこの電車、トイレが付いていない。トイレに行きたくなったら困るなあ と思っていたら、ちょうど松浦でトイレ休憩が入った。



松浦を中心として この界隈は「鰺フライの聖地」というらしい。松浦は 鰺の水揚げ日本一なんだそうだ。そういえば 松浦の一つ手前の調川(つきのかわ)、何にも無い駅で 家族連れが降りていったのだが、これだったのか。

松浦の先に 大きな火力発電所が見えてきた。松浦火力発電所である。これはでかい。1990年運転開始だから 宮脇俊三さんが旅をしたころ(1978)にはまだ出来ていなかった。松浦火力発電所前駅も 1989年に新設されたから、ここはなんにも無いところだったのだろう。
平戸口着。改札口の脇に「日本最西端の駅」と大書してある。
東経129度35分、最東端の東根室とでは ちょうど16度ちがう。時差1時間4分に相当する。

九州に来ると 夕方いつまでも明るいのはこのためだったのか。

車掌の「ドア閉まります」が だんだん「ダァしまりま(ッス)」に聞こえてきた。

2時間半掛けて 佐世保着。次の乗り換えまで時間があるので、駅の「佐世保バーガー」を食べる。うまいじゃないの、これ。バンズが ちょっと甘いかな。

快速で早岐へ。ここから特急みどり36号で 武雄温泉まで。新幹線、特急乗り放題きっぷのお蔭だ。

武雄温泉から ちょっと寄り道の西九州新幹線。長崎まで30分、行って帰ってきても1時間。新幹線は速いなあ。



長崎駅着、折り返しの 新幹線かもめに乗る。普段、普通列車にしか乗らないけど、いややっぱり 新幹線はいいわ。

武雄温泉からリレー特急かもめ。今度は濃いグレーだ。やるな、JR九州。

佐賀駅 1634到着。まだ日が高いので、旧佐賀線を辿って 瀬高まで行く。

旧佐賀線は 長崎本線の佐賀と 鹿児島本線の瀬高、熊本方面を結ぶバイパス線であった。ここもGoogleEarthで見てください。
この線は 筑後川にかかる昇開橋で有名である。筑後川昇開橋は、旧佐賀線の鉄道橋として造られた可動橋である。筑後川を船が通るとき、橋の中央部分だけがエレベーターのように上がる。鉄道が廃止されたあとも橋は残され、今は歩いて渡れる文化財になっている。
【佐賀線 】Google Earthで巡る鉄道廃線跡
国の重要文化財に指定されている「筑後川昇開橋」まで バスで行く。
鉄橋の中央部に 可動橋がある。船が下を通る時 この部分だけリフトで持ち上げる仕掛けになっている。リフトを支える鉄塔の基部に 係員の詰所があって灯がともり、人影が見える。

バスを降りて 川沿いに歩いて行くと昇開橋が現れた。うつくしい。これは見に来てよかった。しかも もう夕方なので 夕陽に照らされて橋がきれいだ。
廃線跡にこんなにきれいな橋があったのか。これは来てよかったと思った。




橋のたもとまで行くと 歩道橋が出てきた。が、ここは16時で終わりで 実際に歩いてみることは出来なかった。橋下の観光協会で「ここにタクシーを呼んでもらえますか」(TV番組みたいだよ)とお願いすると 快よく親切に電話を掛けてくれた。
タクシーの運転手さんは、佐賀の方言で、ゆっくり話してくれた。
意味を標準語に直すと、だいたいこういうことだった。
「あそこは昔、汽車が通っていた橋なんですよ。今は歩道橋になっていますが、昔は本当に、一日に何度も上がったり下がったりしていたんです」
実際の言い方は、もっと柔らかく、「昔はほんに、日に何遍も上がったり下がったりしよったとばい」という感じだった。
タクシーのおじいさん運転手の話
あすこは 昔は汽車の通っとった橋ばい。今は 歩道橋になっとるばってんが、昔はほんに、日に何遍も 上がったり下がったりしよったとばい。
鉄塔ん下にはな、・・係のもんが常におって、・・汽車とかが通るときゃ、旗ば振って 合図・・とよ・・・・
新幹線が・・・
ここから先は、運転手さんの佐賀の方言がだんだん深くなり、私にはほとんど聞き取れなくなった。お手上げだ。今まで日本全国でなんとか方言を聞き取ってきたが、これ以後九州方言はまったく聞き取れなかった。青森以来だな。
タクシーは 瀬高駅までお願いしたのだが、瀬高方面は 通勤ラッシュで渋滞。全く進まないので やむなく羽犬塚駅へ迂回する。これなら 西鉄柳川経由のバスで行けばよかったよ。
羽犬塚からは 鳥栖経由で佐賀に帰る。

今日の宿は 佐賀駅前のゲストハウスだが、ここがすばらしかった。駅前からバスに乗ったら 目の前に宿の看板が出てきておどろいた、くらい駅に近い。全くの無人で運営している 先進的なゲストハウスだ。中はきれいで 半個室もあり 今晩は満足した。さて、ぬっぞ(店の名前)(寝るぞ)(の佐賀弁らしい)。
(お知らせ)
2025年7月2日、「最長片道切符の旅」の終着点、枕崎まで 踏破してきました。やれやれ、全49日だった。旅を始めてから 20年かかったよ。(宮脇俊三さんは34日かかった) noteへの記事は おいおい書いていきます。
帰りは 鹿児島空港からのフライトが 新燃岳(霧島山)の噴煙のため 3回も欠航になり、とうとう新幹線で博多に出て 福岡から帰るという、これもネタになりそうな 旅の終わりでありました。
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次は「中欧」「北欧」「東欧」に行きたいなあ。