1993-1997年:心の故郷がイギリスになった時代
前回話したDavid Bowieとの出会いの後、いろんなアーティストの音楽に出会ってイギリスが故郷だと感じるようになったお話。
毎日狂ったようにBowieを聞いた。お小遣いもお年玉も全部費やして過去作もほぼ揃えた。CDプレイヤーでCD回しすぎて、なぜか傷がついているCDもあるくらいには聞いた。
もちろん学校でもBowieの話ばかり。透明の下敷きに雑誌の切り抜きを挟んでページを捲るたびにBowieが見えるのにニヤニヤ。友達と家で遊んでる時に「Bowieの地球に落ちてきた男って映画見ない?」と無理やり友達に映画を見させる。あっという間に私=David Bowieの人、という共通認識が形成された。
とりあえず、Bowieが好きだった音楽も追いかける。ルーツを探る。どうやらBowieはLou ReedとIggy Popを尊敬し、プロデュースしたらしい。どれどれ聞いてみるか、と。
まずBowieがプロデュースしたIggyの作品である"Idiot"、"Lust for Life"あたりを聞いたはず。Iggyに関しては最初何を聞いたかは正確に覚えていない。ただ、"The Passenger"聞いて泣いたことは覚えている。
悲しげな旋律の美しさと歌詞の儚さ。しかも、声が渋くてかっこいい。
ちょうどIggyも1993年9月に"American Caeser"という新譜が出たので、そのMVもテレビで見ていた。
この人、常にライブは上裸、客席ダイブ上等、自分の体を切りつける、などの派手なステージアクトで有名で、その写真やMVを見てるだけでも「かっこええええええ!神!」と思っていた。
次、Lou Reed。Lou ReedはThe Velvet Undergroundのリーダーで、こちらもソロになってからBowieのプロデュースを受けている。もちろん、Bowieプロデュース作から聴き始めた。"Walk on the Wild Side"は初めて聞いた曲。
ん?なんか聞いたことある気がする。きっとラジオとかで流れてた気がする。そして、もちろん、VUも聞く。Bowieがカバーしていた"White Light White Heat", "Wating for the man"から入ったけど、一番の衝撃はこれだった。
なんじゃ、こりゃ?途中から曲のスピード変わるし、楽器かき鳴らしているだけのところがあるし、音符とか全然関係ないじゃん。かっこえええええ、と悶絶。そして、このタイトル。この曲聴きながら頭振ってたら、飛ぶわっ!ってなった。この時に初めて譜面に書いていない即興演奏の美しさみたいなものを感じた。
中3の間は大体David Bowie, Iggy Pop, Lou Reedの3人の音源をどっぷり聞いていた。中3の時に「自分の三種の神器はBowie, Lou, Iggyだ!」とすでに言ってたことを覚えている。
この3アーティスト以外はUK三昧。当時フジテレビで深夜にやっていたBeat UKというイギリスの音楽番組で、UKで流行ってる曲をランキングで1時間MVを流して放送する。週末の午前3-4時くらいにやってたのだが、毎週リアルタイムで録画しながら見るという熱の入れよう。これを見て、いろんなアーティストを知る。くしくも、この時代はBrit Pop全盛期。あのOasisのデビュー作である"Definitely Maybe"、Blurの"Parklife"、Suedeのデビュー作である"Suede"、全て1993-1994年リリースなのだ。ちょうどいい時期にUKロックに引き寄せられたんだろう。
90年代Brit Popを代表するバンド、SuedeをBeat UKで見た時の衝撃は計り知れない。
(※多分、下記の動画は年齢認証受けてないと見れないやつの模様)
「え、ボーカル、女?男?綺麗すぎでしょ!しかも、このギターのぐにゃぐにゃ感、何これ?!」テレビの前で腰を振ってぐにゃぐにゃ踊ってしまうくらいやばかった。
だいたいこの時期、UKロックファンの間では「あなた、Blur派?Oasis派?」という質問が飛び交っていたようだが、私は断然「Suede派!」って答えるタイプだった。
でも、周りにこの話をわかってくれる人は誰1人おらず、家でひっそりBeat UKを見ながら受験勉強をするという寂しい中3だった。もちろん、友達はいた。そして、一緒にBowieのビデオを見たりしてくれる子も少ないけどいた。でも、ファンにはなってくれなかった。他の洋楽は一緒に聞けなかった。
受験勉強が終わり、高校に入ったら、軽音部に入ろうと思った。そこでバンド活動とかできる!仲間もできる!と思ったら、そもそも軽音部がなかった…。同じ学年の女の子たちがバンド結成する!って言って楽器持って集まって、Beatlesを弾いているのをみて、「Beatlesは好きだけど、私のやりたいのはこれじゃない。VelvetsやIggyとかBowieとかやりたいんだけど。」と思って色々聞いてみるものの、そのようなアーティストを知っている人はもちろんいない。というわけで、入部はやめておいた。時代はルーズソックスにギャルの時代。ギタリストがルーズソックスにセーラー服のミニスカなのである。ちょっと理解できなかった。
高校に入ってもなかなか音楽仲間はできなかった。私は完全に時代錯誤を起こしていた。洋楽を聞く人ってなんでこんなに少ないんだろうって思いながら過ごしていた。日本は小室ファミリー、ミスチル、ZARDなどが全盛期。周りはギャル。カルチャーギャップ甚だしく、とても辛かった…。
そんな中、高校の数学の先生が私の下敷きを見て反応。
先生「お、David Bowieじゃん」
わし「え、知ってるんですか?」
先生「知ってるも何も…。」
まじか、数学の先生、音楽好きそうだぞ、ちょっと話してみるか!と思い、数学室に入ったのが運の尽き(?)。その先生はめっちゃロックと将棋が好きなオタクだったのである。そこから、私はその先生に恋をした。自分が好きな音楽が一緒だというだけで!(またか)
そこから数学を一気に勉強し始め、数学室にわからない問題を聞きに行く日々。通学途中にストーカーしたりするのは中学と一緒。夏休みになると数学ヲタのために補講をやってくれるのでそこでみんなで授業を受けたりもした。その補講で集まったメンバーと仲良くなって、いまだに親友として何人かは付き合いを続けている仲間だ。
そんな先生が色々CDを貸してくれた。Beatles, Rolling Stonesはもちろんのこと、他にもいろんなミュージシャンのことを教えてくれた。ライブも一緒に行ったし、その帰りに一緒に酒も飲んでた。実はうちは「大人が一緒だったら酒を飲んでもいいけど、子供だけでは飲んじゃダメ」という変なルールがあり、「先生とライブ行ってくるから飲んでくるー」って言ったら全然OKな家だった。なんかおかしい。(ちなみに、一番最初にお酒飲んだのは叔父の会社の忘年会で12歳の時…。)
教えてもらったミュージシャンの中で一番強烈なのはこれかもしれない。イギリスプログレの至宝King Crimson。これこそ、なんじゃこりゃ案件で、「これがドラッグでらりった人が聞くやつかー」とか思ってた。いや、違うんだけど。創始者のRobert FirppはBowieのアルバムにも参加している。1995年に来日した時に来日公演に行ったら、おっさんばかりで女子高生とかいなかったのを覚えている。だが、最近の来日には若い女性もたくさんきており、時代が変わったなぁと感じるところだ。
他にも、Roxy Music, Bryan Ferry, The Who, Queen, The Police, Eric Clapton, Led Zeppelin, The Kinks, Pink Floyd, Yes, ELP, Deep Purple, Free, T.Rex, Sex Pistols, The Clashあたりはこの先生から色々貸してもらって知ったところが大きい。この先生にはUKロックと数学とウィスキーを教わった。
もちろん、Aerosmith, Bon Jovi, Guns'n'Rosesなどのアメリカのバンドも聴いてたし、TLCやEn Vogueなどのブラック系も聴いてたんだけど、やっぱり一気にUKの音楽の世界が自分の中にわーっと広がった感じ。今考えてもそれでもまだまだ勉強不足なんだけどねぇ。
でも、高校卒業に至るまでは、「私、きっと故郷はイギリスだなぁ」と感じるようになっていた。英語も全然話せないけど、こんなにイギリスロックが好きなんだもの。
次回はそんな音楽三昧の日々を過ごしていたけど、ちょっとエキセントリックだった高校時代の受験と厨二病の話も書いておこうかな。
