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マレビト  5話 決戦1 《創作大賞2026年エンタメ原作部門

人間の体内には、トコヨカグラと呼ばれる霊的器官がある。目に見えないがそれはある。トコヨカグラには28の霊穴が開いている。普通の人間の霊穴は2~3個しか開いていない。イナバのトコヨカグラの霊穴は24個開いている。20個以上の霊穴が開いている人間をセイセキは、マレビトと呼んでいる。稀人。客人。異人。それは福をもたらす来訪者か。それとも零落した神の成れの果てか。トコヨカグラが生成する真気を自在に操り、身体能力を強化し、超常の力をふるう人外の者マレビト。人間の負の想念を喰らい、現世に顕現する邪霊オウマガツ。霊的な力でしか倒すことのできない邪霊オウマガツと人外者マレビトの霊的攻防戦が始まった。

あらすじ


結界は、奇門遁甲というとんでもなく高度な術をベースにしている。



奇門遁甲。あるいは八門遁甲とも呼ばれる。なぜ、八門遁甲と呼ばれるのかというと、八門を通過しないと結界に出入りできないのである。



この通過の時に正規の手順を踏まないと、通過できないのである。同じところをグルグルと永久に彷徨うことになる。結構怖い。



正規の手順は事前に結界班から聞かされている。例えば今回の場合、前、後ろ、後ろ、前、左、右、左、右、左回り2回、右回り1回。



前は、普通に前を向いて通過。後ろは後ろ向きで通過。左は、道の左側。左回り2回は、通過ポイントで左回りで2回転という感じである。



八門といっても、直接門が出てくるわけではない。ポイントは、何かしら違和感のあるものが置いてあるのでわかる。



今回の場合、道の脇に招き猫が置いてあった。これは木宗のクヌギというマレビトのトレードマークである。本人に会ったことないが、彼が作った結界には何度か入ったことがある。招き猫の置物ですぐわかる。



この八門のポイントのマーキングで誰が作ったかわかるようになっている。



結界班と言えば、土宗のウツギという娘がいた。ミョウコウの同期。1度、会ったことがある。本当に、ただ会っただけで、挨拶をしておしまいである。メチャクチャ美人で驚いた。



そんなことを考えていたら、開けた場所に出てきた。左手に建物。右手は車の出入り用のスペースと駐車場。中央に樹齢何年か不明だが、主(ぬし)のような桜の巨木があった。



普通こういう木には精霊がいるのだが、何の気配もない。この木が死にかけているからいないのか、それとも邪悪なオウマガツが近くに侵入したから、一時的にどこかに避難しているのか。



この桜の巨木の下で道が二股にわかれていた。結界に入った。振り返る。正門の前は駐車スペースになっている。監視塔も見える。その駐車スペースの先に大通りがある。大通りの向かい側に、先程までいたマンションが建っている。



大通りは車の交通量が結構あった。車の走行音が間断なくあったのだが、今は車が走っていない。音もしない。昼間だが、鳥の鳴き声もしない。無音。結界内は基本的に無音である。



今が14時。タイムリミットは16時30分。16時に終わったとして、その後の残務処理は膨大にあるとはいえ、戦闘班は比較的早く解放される。まあ、よっぽどの大ケガをしていなければ、2時間後には自由になるはずだ。



時間は18時30分。今夜は飲む。オレは普段酒を飲まない。美味しさがわからないのがすべてだ。だが、それでも今日みたいな日は飲みたくなる。



身体能力の高さ。老化の遅さ、病気全般に対する強さなどなど、マレビトは優れている。言っちゃあなんだが、完全に人間の上位互換である。



あら、まあ、人間ちゃんはかわいそうね、なんて上から目線で人間を見てしまうことも多々ある。そんなマレビトにも、唯一の泣き所がある。



たいていのマレビトは、死にかけてマレビト化している。死にかけずにマレビトになるヤツもいるのかもしれないが、イナバの回りにはそんなヤツはいない。たいてい死にかけマレビトだ。


マレビトは、この死にかけた時の状況を夢で見るのである。それも夢とは思えないほどのリアルな夢なのだ。ほとんど追体験である。毎日見るわけではない。



どういう時に見るかというと、真気を大量に消費した夜に見る場合が多い。毎回ではないが。



今日、この2時間で大量の真気を消費するだろう。こういう夜、マレビトは自分の死を追体験する。それを楽しみにしているマレビトはあまりいない。むしろ、憂鬱に思っているヤツがほとんどである。



憂鬱どころか、この夢が嫌で病んでしまうマレビトはいる。そういうマレビトはどうするのか? まあ、真気を使わないようにするしかない。真気を使わないマレビトなんてのは、ただの人である。同期に1人そうなったヤツがいる。単なる役立たずとはさすがに言えない。



死の追体験。これがマレビトの泣き所である。こんな夜は誰かと酒が飲みたくなる。普段飲まないオレでさえもだ。ただ、オレの場合はそこまで深刻でもない。



オレはミニスカに見とれてトラックに轢かれるという、惨めさを通り越してマヌケな死にかたをした。あのときのミニスカをまた見れるのは、ちょっとした楽しみでもある。



もちろん、このことは誰にも言っていない。カイには言ったかもしれないが、それ以外の人間には言っていないはずだ。こんなこと言ってみろ、頭のおかしい変態扱いされるのは目に見えている。



だから、まあ、こういう時は誰かと飲まないとやってられないよね、という普通のマレビトのふりをする。集団の中でうまく生きていく秘訣は、みんなと同じことをする、だ。



オレはみんなとは違うと、ここでイキるヤツはいずれ孤立する。でも、それって自分が望んだことだもの。



さて、どうせ、誰かと飲むんなら、まあ、気になる人と飲みたいよね。いつもなら同門同期のカイに声をかけるのだが、あいつは転属で大阪に行ってしまった。数年、場合によっては10年ぐらい向こうにいるだろう。




まて、タイムリミットは2時間半だぞ。とりあえず酒を飲む話は後回しだよな。



「えっ。ほんと? 毎日?」


「だいたい毎日です」



トビとミョウコウがのんきに会話している。バカやろう。タイムリミット2時間30分だぞ。トビが右手の指をちょいちょい動かしながら、こちらを見ている。



なんだ、そのちょいちょいは。最近、扱いが雑になっている。



「おい、ミョウコウ毎日酒飲んでるってよ」



そんなの知ってるよ。何年一緒にいると思っているんだ。だが、待て、これは千載一遇の好機なのではないか。どうやってお酒に誘おうか考えていたが、きっかけがまったくつかめなかった。



だが、今ならいけそうだ。声が裏返りそうだが、行く。


「なあ、今日酒飲みに行かない?」



「おお、いいよ。飲も飲も」


トビは人指し指を上下に動かした。だから、何よ、そのちょいちょいは。


「ミョウコウ。どうする?」


え~ミョウコウ誘うの? なんか、ちょっと悲しいな。



「いいですね。ボクも行きます」



おい! 空気読め! 


「じゃあ、ほら、みんなで一緒に行こうぜ」


トビがあやすように言った。意外と優しいのね。我々はアホみたいな話をしながら緊張感の欠片もなく、ダラダラと桜の木の下まで歩いていった。


この桜の下で道が二股にわかれている。1つは右に。この道の先に南食堂がある。もう1つは真っ直ぐ進み、途中で左に折れると東食堂がある。



東食堂に行くのはトビとミョウコウ。東食堂が本命であろう。おそらく待ち伏せしているはずだ。イナバは南食堂に行く。こちらは何もないはず。行って何もないことを確認したら、東食堂でみんなと合流する。


我々は、じゃあな、また後で、と軽く別れのあいさつをした。南食堂に向かって進もうとしたイナバの背にトビの声がかかった。


「イナバ」


「何?」


「霊具交換しよう」


「霊具? いいよ」


さて、交換できる霊具は何かあったか。一瞬考えた。左の中指にはめている銀色の指輪を指から外した。


「これ、霊具」


「ありがとう」


トビは親指ほどの大きさのフワフワした赤いぬいぐるみらしき物をイナバの手のひらに乗せた。小さな2つの目がついている。イモムシかケムシであろうか。妙にかわいらしい。トビらしいかというと微妙である。


たぶん、本来のトビの趣味なのだろう。そもそも、トビの何を知っているというのか。ほとんど、何も知らないと言えば知らない。


「これ、霊具クリーター。イナバの霊具の名前は? 教えろよ」


トビが困惑するのも当然である。霊具の名前を知らないと、霊具が使えない。霊具の名前は自分で決める。だから、まあ、みんな自分の好きな何かの名前を霊具につけたりする。そういえば、同門同期のカイが、霊具に好きなアイドルの名前をつけていた。


イナバも個人的趣味丸出しの名前を霊具につけている。問題は趣味が趣味なのだ。


「これは霊具アルバートフィッシュ」


「アルバートフィッシュ? フィッシュ? 魚?」


「いや、違う。魚じゃない」


「アルバート・フィッシュ。アメリカが生んだ最高のシリアルキラーの1人。ブルックリンの吸血鬼。満月の狂人。20世紀初頭のアメリカで活躍した。犠牲者数は不明。どれだけ殺したのかはわかっていない。殺しただけでなく、その殺した人間の肉も食った。最高にヤバいヤツよ」


今度、交換用にまともな名前の霊具を1個用意しとくかな。トビが嫌な顔をするんじゃないかと思ったが、大爆笑してくれた。


「ヤバいな。霊具というかほとんど呪具じゃねーか。いやいや、カイから色々聞いてんだよ。うちの弟、頭ぶっ壊れてるって自慢してたぜ」


それ、自慢なのか? バカにしているだけじゃないのか。カイ。あいつ。トビの笑いが一段落ついた。


「クリーターはさ、ドイツのメタルバンドの名前。私好きでさ。霊具の名前はだいたいメタルバンドの名前よ。イナバはメタル……じゃなくて、民族音楽聞くんだっけ? カイが言ってたな」


オレの個人情報全部筒抜けじゃん。


「じゃあな。」


「じゃあ」


こうして、トビたちとわかれた。道は真っ直ぐだ。大通りに面している。簡単に侵入できそうなほど低い塀がずっと続いている。


四角くて白い建物が左側に壁のように建っている。7階か8階か、たぶんそのぐらいの高さの横に長い建物。もし、待ち伏せしているのなら、あの建物の屋上は、絶好の狙撃ポイントだ。



ライフルの銃弾なら死ぬな。イナバはトコヨカグラに集中する。自分の真気がトコヨカグラの中に充満しているのを感じる。真気には何の色もない。無色透明無味無臭。これがイナバのイメージ。


この真気を金気に属性変化する。無色透明だった真気が銀に変わる。五行では金は白であらわす場合が多いが、白は陽、黒は陰。銀は金。青は水。セイセキではこの色にしている。金気は銀。ちょっとややこしい。


硬く冷い銀色の真気が自分の手元に集まってくる。同時に足元に銀色に光り輝く円陣が現れる。円陣には色々な文字や図形などか複数ちりばめられている。


「盾(たて)」


と声を出す。


今やったのは、金盾(きんじゅん)の術。防御の術である。防御にはもう1つ、金甲の術がある。これらは金属系の武器にしか対応していない。金属系のありとあらゆる攻撃から身を守る。ある意味金宗でもっとも役に立つ術。


難点は、金属以外の攻撃は守ってくれない。だから、対オウマガツ戦では、微妙である。相手が金属系の武器を持っているとは限らない。対人戦では役に立つ。とりわけ銃撃戦では絶大である。真骨頂と言っても良い。


まあ、そんなに対人戦やる機会はないけど。ライフルの一斉射撃も、マシンガンも、全て弾き返す。今が一番無防備だ。



コサギは先程の話のときに、木宗(モクソウ)のサカキが歌舞伎町にいた件をあんまり詳しく言わなかった。誰かを内定していたみたいな話をしていたが、その内定者はたぶんマレビトだ。


裏切者がいる。紅羅刹戦のとき登場した武装集団だが、オウマガツだけであんなの準備できないと思う。むしろ、セイセキのマレビトが関わっていると考えたほうがしっくりくる。


紅羅刹戦で登場した武装集団は、マレビトとの戦いかたを熟知している感じだ。たぶん、上層部は知っている。そういえば、師父は金術を教える時はものすごい適当だった。だけど、紅羅刹戦のあと、陰術を異様に熱心に教えてくれた。


陰術は対オウマガツ戦では微妙だ。でも、対マレビト戦では? あるいは対人戦? いや、気が散るからこれ以上は考えるな。


目の前に遮蔽物は何もない。テクテクと歩くしかない。距離はあと200メートルぐらいか。強力な銃器で武装しているなら、今が攻撃のチャンス。しかし、何事もなかった。静かなものだ。


もっとも南の建物にたどり着いた。入り口の横に自転車が置いてあった。開けっぱなしの自動ドア。中に入る。ほこり臭い。入るとすぐ右側に受付があった。


工場が稼働していた時は、ここで色々チェックしたのだろう。重い鉄製の扉が半開きになっていた。鉄製の扉をぬけると正面にエレベーターが2基。右に階段があった。エレベーターが使えたらいいなと思った。


わかってはいるけど、試してしまう。上の矢印のボタンを押してみる。反応はなし。まあ、そうだよね。階段か。面倒くさいな。懐中電灯を出した。


片手でのショットガンの撃ち方がわからなくなった。どう撃つんだ。失敗した。オレもグロックにすればよかった。片手で銃、片手で懐中電灯。階段で一旦立ち止まった。


あまりにも静かなので、ちょっとした音でも聞こえないかと耳を澄ました。何も聞こえない。階段を注意深く上がりだした。自分の足音がこだまする。


5階まで来た。鉄製の扉をあける。キィーと嫌な音を立てて扉が開いた。真っ暗な中を進んでいく。普通の廊下。進んでいくと正面に木製の扉がある。


廊下は右に曲がり、またすぐに左に曲がる。扉の上半分はガラスで、扉の向こう側が見えるようになっている。たぶん、ここが南食堂だ。


中を覗いた。ライトの光が何もないガランとした室内を映し出す。何もないがおそらく食堂であろう。何の音もしない。奇襲するなら、そろそろいいんじゃないのか。


イナバはショットガンをいったん床に置いた。腰から剣鉈を引き抜いた。右手に懐中電灯。左手に剣鉈のリジーボーデン。緊張で耳がキーンとした。深呼吸をする。深呼吸にあわせてトコヨカグラ内の真気も穏やかになる。


中に入らないと襲ってこないのか。それとも最初から何もないのか。入る。入らない。入る。入らない。入る。入らない。堂々巡りだ。


入る。入らない。入らない。入らない。廊下を右に曲がった。そして、すぐに、左に曲がる。直線の廊下が目の前にある。左手に窓があり、その窓から中の食堂が見える。


中を見るかぎり、待ち伏せをしているようには見えないが、奥に潜んでいたらそれまでである。


廊下を進むと左にまた木製の扉があった。右手は開けていて、テーブルと椅子が並んでいる。あまり、時間はかけられない。


イナバは木製の扉を開けた。ギィー、ギィー。パイプ椅子を1個畳んで食堂に放り込んだ。ガシャーンと大きな音が闇の中を響きわたる。


ピーという音を聞いた気がする。その直後、凄まじい閃光がイナバの視界を奪った。轟音が鳴り響いて、耳が機能不全に陥った。体がフワッと持ち上がった。食堂は大爆発を起こした。



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