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短編小説「歯車交響曲」 周

「歯車交響曲」 執筆者 周

ガチャッ_____。
あなたはやっと黒く重たい扉を開ける事に成功した。先日の雨のせいで、扉は湿気を含んで重くなっている。いや、扉が重く感じるのはそれだけでは無い。

あなたは扉を開けて、赤い客席の中を進み舞台がよく見える中央より、少し右の席に座った。 何故一番よく見える席に座らないのかと言うと、なんだか舞台からこちらをじっと見られているようで緊張してしまうからだ。
客席にはあなた以外だれもいない。

それも仕方がない、昨日と違って今日はとても天気が良いので、わざわざ屋内に行くのはもったいない。あなたは気を取り直して前を向いた。広く、スポットライトが当たる舞台には沢山の楽器が置かれていた。

一番前には指揮者用の台が置いてあり、ピアノもあり、バイオリンやら弦楽器、トランペットの吹奏楽器、さらには奥にティンパニやハープまである。しかし肝心の演奏者はどこにも見当たらなかった。

あなたは段々不安になる。天井から吊るされている時計は段々と公演開始時刻に近づいている。それなのに、誰一人として来る気配はない。ひょっとすると何かアクシデントがあったのだろうか?あるいは、自分が何か間違えているのだろうか?

ついに開始時刻になった。すると舞台の端から、人影が一つ。あなたはとりあえず拍手をした。しかしその人影はよく見ると機械人間だった。機械人間はメンテナンスを怠っているのか、体を構成する歯車をギシギシと不快な音を立ててお辞儀をした。機械人間はうやうやしく頷くと、あなたに向かってこう口を開いた。

「開演に先立ちまして、お客様に申し上げますと、当公演は機械油の高騰により制限をやむなしとされております。故に、我々は皆様に納得のいくパフォーマンスが出来ないことを約束致します。しかしながら! 我々は全力で歯車を回す事、その事を再び約束致します」

機械人間が言い終えると、それを合図に次から次へと機械人間達が舞台に上がった。 魚の様な者もいれば、電信柱に似た者もいる。 各々担当する楽器の前に行き、準備が完了すると、一番はじめの機械人間が指揮を取り始め、静かに演奏が始まった。

それは物悲しい響きだった。この季節にぴったりだった。フルートの低い声から始まり、次にはチェロの演奏が始まる。そして、指揮によって物悲しさは勢いを増し……た所でカラン、と場違いな音がした。

あなたはそれを見逃さなかった。フルートの奏者の体から、錆びた歯車が落ち、舞台上を転がるのを。奏者もそれに気付き、フルートの音がひゅっと変な方向へ行ってしまった。

そこからはもう悲惨だった。 ゴロゴロカラカラと演奏の途中に機械人間達の体から歯車やらネジやらが飛んでいっては転がって、演奏どころではなかった。そのアクシデントを隠そうとすればするほど、演奏は不協和音になって調和と団結がぼろぼろと崩れていく。

あなたが呆気に取られている間も、また一つネジが飛んだ。次はバネだ。それに次は……今度は相当年季が入った歯車だ。

指揮者の機械人間は明らかにイライラしている。その金属の手が微かに震えて、そこから放たれる電波がこのコンサートホールの空気を緊張させていた。

時計の針が何回も回った頃、やっと悲惨な演奏は終わった。足元には誰のものとも分からない部品がたくさん転がっている。あなたは一度乾燥した目を閉じ、そして舞台に向かって叫んだ。

「金を返せ!」

すっかり冷え切ったこのコンサートホールが、さらに静まり返った。 舞台に上がる誰もがぐったりと沈黙して、返金対応について説明する気が無い事が分かった。

あなたはコンサートホールを後にした。 扉はもう重くはなかったし、靴の底には金色のネジが刺さっていた。


この作品は文芸誌『朗々』2025年文化祭号に掲載されている作品です。


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