掌編小説「似合わなくても」 吉田 鵜越
※この作品はフィクションです。実在の人物などとは関係ありません。
「似合わなくても」 吉田 鵜越
ぶかっとした、このダウンは僕には似合わないかもしれない。
あなたと一緒に見た力強い波をうつ日本海と真っ赤な夕陽。一緒に食べた食堂の塩サバ定食、たしか、たくあんだけ食べてもらいましたっけ。あとは、あなたみたいに綺麗なお庭の兼六園。綺麗に反射した池がとっても澄んでいて、池の底に沈んだ葉っぱさえも見えるくらい。庭の木々も、あなたの笑顔も、鮮明にここに残ってるんです。僕が写真に、ついついこだわってしまって、あなたの機嫌を損ねてしまったのを、うねった松が僕らを見てるみたいで思わず、お互い笑いましたよね。今じゃそんな思い出が僕の数少ない宝物です。 そんなのは、言わなくてもわかってると思いますけど。 こんなに、ありふれた言葉だけでこの手紙を綴るのは、 僕には似つかわしくないな。
今日だって、自分らしくいられたかなんてわかんない。 前みたく、痛い吹雪に凍えながら、お互い真っ赤な顔で、真っ白な雪景色の北陸を回って、お寿司を食べたり、お散歩したり、ちっさい神社に行ったり、レンタカーを借りていっぱいドライブなんかもしましたね。僕のつまらない話でも笑ってくれて、 本当に何でもない時間が、一番良かった。ひがし茶屋街で着ていた着物姿が、今でも鮮明に思い出せます。その時してくれた耳打ちを思い出すだけで少し恥ずかしくなるんですよ。妙立寺なんかにも行きましたね。お父さんの御守りを選んでる後ろ姿を僕が写真に収めたり、寒い金沢で、霜焼けになった僕の足を旅館で温めてくれたこともありましたね。
でも、その日の夕食にカニをいっぱいあなたに持っていかれた。少し距離を感じながらも、あの時の自分なりに必死に背伸びして、あなたに届いたかなんてわかんないですけど、この想いが伝わっていたのなら、ごめんなさい。溢れる思いが整理できないままで、情けない。まだ、外は寒いですけど、このダウンでも着て、冬を越そうかなと思います。
そう言ってる間にも、もうすぐさくらが咲きますね。梅も散り始めてるんですよ。そっちからも見えるのかな。 欲張りするのは、柄じゃないけど、今日くらいなら少しはどうでしょう。 どうせ、まだ僕にはあなたのシワは似合わない。また、会ったときにでも、あなたが見た景色についておしえてほしい。 大事な時間をここに込めて、僕はずっと待ってます。たとえ何年経っても、帰ってきたら、お花見しながら必ずお酌しますから。
この作品は校内文芸誌『朗々』に掲載予定の作品です。
