二次試験の出願が始まりました。
共通テストが終わり、国公立大学の二次試験の出願が始まりました。平日、自宅の秋田に居ないので、受験生の次男がウェブでサクサクやって、郵送したそうです。あとは受験票をもらって本番です。親としては、ただでさえ単身赴任で何にもできませんが、ベストな体調で試験を迎えられるのを願うだけです。
私が受験生の時、出願や、試験の宿、全部親任せだったと思います。全く記憶にございません。センター試験大爆死して(勉強しなかったので順当死なのですが)、前期受けたH大学は箸にも棒にもかかりませんでした。農学部を受験する同級生のT君と同じ部屋に泊まりました。T君は試験が1日だけだったので、先に帰ったのですが、帰る際、「これ読みな」と「完全自殺マニュアル」を貸してくれました。H大は受験の際、手袋を忘れた思い出しかありません。
そんなこんなでH大は順当に落ちました。落ちるだろうと思ってましたが、高校卒業式前日の不合格通知は心的ダメージ200。前期落第して、ほぼ浪人だろうと思い、浪人したら、兄が住んでた横浜の横浜市大を受験しよう!となぜか、前期試験が終わってから、横浜市大の赤本を買って、過去問を解いていました。後期試験はどこも決めていませんでしたが、先に推薦で合格していた同級生に勧められ、A大学を受験することにしました。
そして、A大受験。秋田は母の実家なので、小学生まで夏休みは秋田に遊びに行ってましたが、大学受験で6−7年ぶりに秋田に訪れました。小さい頃、メロンソーダとお子様ランチを食べ、屋上の遊園地で遊んだ木内デパートにまず行ってみましたが、1階しか営業していませんでした。それはそうと、母の知り合いの方のご協力でキャッスルホテルに泊まることができました。そして、人生初のフォアグラを食べ、部屋では当時人気の松本コンチータさんのグラビアを見て、気分MAXで後期試験に臨みました。
といっても小論文と面接だけでしたが。
ところが、なんと小論文のテーマが、横浜市大の過去問とほぼ同じ。本当にラッキーでした。
こんなこともあるので、共通テストで振るわなかった学生さんたちも、最後まで諦めないでやり切ってほしいと切に願います。
なんだかんだ偉そうに社会人やっていますが、大学入試は本当にとほほでした。大人になってもセンター試験の悪夢にうなされたことが何度かありました。あまりにその悪夢を見るので、30代後半ぐらいの時、高校の教科書と教科書ガイドを買って勉強したら、悪夢を見なくなりました!
