もう、お前から逃げない
※今日は、以前書いた「もう、お前から逃げない」を、創作大賞2026に向けて大きく書き直した作品です。
ぼくにとって大切な一本になりました。
少し長い記事になりますので、お時間のある時に、ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。
十五歳のぼくは、教室が世界のすべてでした。
教室
先生が教室を見渡します。
ぼくは教科書を見つめたまま、心の中で何度も願っていました。
お願いだから、今日は当たりませんように。
先生が教科書を閉じます。
教室が静かになりました。
そして、その一言が聞こえました。
「今日は、じゅんのすけくんから読んでください。」
胸が締めつけられました。
ゆっくり立ち上がります。
手のひらは汗ばんでいました。
息を吸います。
文字を追います。
でも、何を読んでいるのか分かりません。
顔を上げることもできず、ただ教科書だけを見つめていました。
早く終わってほしい。
そのことしか考えられませんでした。
読み終えると、急いで席へ戻りました。
先生は授業を続けます。
友だちはノートを書いています。
教室は、何事もなかったように時間が流れていました。
でも、ぼくだけは違いました。
心臓だけが、まだ速く鳴っていました。
あの日のぼくは、教室が世界のすべてだと思っていました。
鏡
それから三十三年。
人前で話すことだけは、どうしても苦手でした。
朝礼。
会議。
電話。
順番が近づくだけで、十五歳の教室へ戻ってしまう。
だから、避けられるものは避けて生きてきました。
逃げられるなら、逃げました。
大阪の営業所で働いていた頃です。
仕事でトラブルがありました。
数日後、本社から来ていた上司と廊下ですれ違いました。
上司は笑いながら言いました。
「また大阪でトラブルか。」
胸が熱くなりました。
でも、何も言えませんでした。
言い返すことも、説明することもできませんでした。
ただ、愛想笑いをしただけでした。
そのまま、トイレへ向かいました。
昼休みでした。
誰もいません。
白い床。
二つ並んだ洗面台。
大きな鏡。
ほのかに漂う芳香剤の匂い。
鏡の前に立ちます。
スーツ姿の自分が映っています。
目をそらそうとしました。
でも、そらせませんでした。
どれくらい立っていたのか、覚えていません。
頭の中には、さっきの言葉が何度も浮かんでいました。
「また大阪でトラブルか。」
悔しかった。
情けなかった。
そのときでした。
鏡の中の自分に向かって、言葉がこぼれました。
「もう、お前から逃げない。」
もう一度、心の中で繰り返しました。
「もう、お前から逃げない。」
その日も、悔しいままでした。
何かが変わったわけではありません。
でも、その言葉だけは、胸の奥に残りました。
朝礼
仕事が終わると、誰もいない営業所で朝礼の練習を始めました。
家へ帰ってからも、鏡の前で練習しました。
一時間。
二時間。
言葉につまずけば、最初からやり直しました。
納得できなければ、また最初から。
布団へ入っても、なかなか眠れません。
目を閉じると、朝礼の景色が浮かびます。
失敗する自分。
止まってしまう自分。
逃げ出す自分。
そのたびに、鏡の前の言葉を思い出しました。
もう、お前から逃げない。
その一言だけを胸に、朝を迎えました。
目を覚ました瞬間、最初に浮かんだのは、
逃げたい。
その一言でした。
朝ご飯は食べました。
味は覚えていません。
会社まで歩きながら、講演を聴いていました。
少しでも前を向きたかったのだと思います。
会社へ着きます。
いつもの朝です。
でも、ぼくにとっては、人生で一番長い朝でした。
朝礼が始まります。
聞こえていたのは、自分の心臓だけでした。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
名前を呼ばれます。
立ち上がります。
十五歳の教室が、一瞬だけ頭をよぎりました。
でも、今日は逃げませんでした。
最後まで、話しました。
「ありがとうございました。」
頭を下げた瞬間、心の中で、小さくつぶやきました。
できた。
仕事を終え、会社を出ました。
自動販売機で缶コーヒーを買います。
一口飲みます。
歩きながら、何度も思いました。
できた。
できた。
できた。
三十三年間、逃げ続けてきた自分が、今日だけは、逃げませんでした。
その日から、ぼくは大阪の営業所で朝礼を続けました。
最初からうまく話せたわけではありません。
緊張する日もありました。
声が震える日もありました。
何を話せばいいのか分からない朝もありました。
それでも、逃げませんでした。
一日。
また一日。
朝礼の前に心臓が速くなる自分を感じながら、それでも前に立ちました。
気がつくと、大阪の営業所の空気も少しずつ変わっていました。
あいさつの声が少し明るくなる。
笑顔が増える。
朝礼のあとに、声をかけてくれる人がいる。
大きな変化ではなかったかもしれません。
でも、確かに何かが変わり始めていました。
一年が過ぎる頃、ぼくは名古屋の営業所へ転勤することになりました。
その時、ある人が言ってくれました。
「じゅんのすけさんの朝礼が聞けなくなるのが心残りです。」
胸がいっぱいになりました。
あれほど人前で話すことから逃げていたぼくの朝礼を、楽しみにしてくれていた人がいた。
信じられない気持ちでした。
その頃から、ぼくの中に一つの夢が生まれていました。
講演家になりたい。
あがり症だったぼくが、人前で話せるようになった。
もし、そんなぼくが講演家になれたら、どれだけの人に勇気を届けられるだろう。
そう考えるようになっていました。
仲間
名古屋へ向かう前、ぼくは妻にこう言いました。
「名古屋は一年だけ。俺は一年後、本社の研修課に行く。」
根拠はありませんでした。
でも、不思議とそう思っていました。
大阪で、自分が変わった。
次は、名古屋で職場の空気を変えたい。
そしていつか、人を育てる場所へ行きたい。
そう思っていました。
名古屋の営業所へ転勤して、最初に感じたのは活気ではありませんでした。
どこか元気がない。
挨拶も少ない。
イライラしている人も多い。
営業所全体に、
「どうせ変わらない」
そんな空気が流れていました。
でも、あの朝礼の日から、ぼくの中では何かが変わっていました。
逃げることばかり考えていたぼくが、少しずつ前を見るようになっていました。
だから思ったんです。
今度は、この営業所で試してみたい。
自分だけではなく、職場の空気も変えられるのかもしれない。
ある日の朝礼で、ぼくはみんなの前に立ち、こう宣言しました。
「今年、この営業所は、5つの分野で全国一位を目指します。」
それは、ただ数字を追いかけるための目標ではありませんでした。
トラブルを減らすこと。
改善の声を増やすこと。
人が辞めない職場にすること。
役に立つ情報を共有すること。
事故を減らすこと。
一つひとつは、地味な取り組みだったかもしれません。
でも、どれも現場で働く人を守るために必要なことでした。
少し驚いた表情をする人もいました。
無理だと思った人もいたかもしれません。
それでも、営業所のみんなと一緒に、ワクワクする未来を見てみたい。
その思いだけは、本気でした。
もちろん、現実は簡単ではありませんでした。
名古屋の営業所の欠員は、五人。
しかも、それは一時的な問題ではありませんでした。
何年も解消していない問題でした。
全国的にも欠員は多く、欠員がある営業所から、さらに別の営業所へ応援を出すような状況でした。
人が足りない。
でも、仕事は止まらない。
現場は疲れていました。
採用活動を続けても、なかなか人は集まりません。
やっと入社しても、辞めてしまう。
また募集する。
その繰り返しでした。
ある日、営業所のリーダーが、ぽつりと言いました。
「どうせまた辞めますよ。」
責めるような言い方ではありませんでした。
何度も期待し、何度も見送ってきた人の、正直な言葉でした。
ぼくは何も言いませんでした。
ただ、心の中で思いました。
今度は違う。
根拠なんてありません。
それでも、信じることだけはやめたくありませんでした。
それからも、目の前の一人と向き合い続けました。
特別なことはしていません。
話を聞く。
一緒に笑う。
困っていたら声をかける。
不安そうな人には、こちらから話しかける。
小さな変化に気づいたら、できるだけ言葉にする。
その積み重ねでした。
気がつくと、営業所の雰囲気は少しずつ変わっていました。
「おはようございます。」
という声が、以前より明るく聞こえるようになりました。
新しく入った人も、自然と輪の中へ入っていきます。
誰かが困っていれば、誰かが声をかける。
そんな光景を目にするたび、胸が温かくなりました。
数字では表せないけれど、営業所には確かに、前を向く空気が流れていました。
ある日、会社で報告を受けました。
最後の一人が決まりました。
欠員ゼロ。
その瞬間、思わず言葉がこぼれました。
「奇跡だ。」
営業所へ戻り、みんなに伝えました。
「欠員がゼロになりました。」
歓声が上がったわけではありません。
拍手が起きたわけでもありません。
でも、みんなの表情が、ふっとやわらいだのを覚えています。
あの空気は、今でも忘れられません。
帰り道。
朝礼の日のような興奮はありませんでした。
ただ、ほっとしていました。
肩の力が抜けていくのを感じました。
大阪で、自分が変わった。
名古屋で、職場の空気が変わった。
人は変われる。
そして、人が変われば、職場の空気も変わる。
そのことを、ぼくは名古屋の営業所で教えてもらいました。
名古屋へ来て、一年が経とうとしていました。
携帯電話が鳴りました。
人事部長からでした。
「本社への異動が決まりました。」
最初に思ったのは、
「どこの部署ですか?」
ということでした。
「総務課です。」
電話を切ったあと、少しだけ笑いました。
研修課じゃなかった。
やっぱり、そんなに都合よくはいかない。
そう思いました。
それでも、本社へ行けることはありがたいことでした。
引っ越しの日。
荷物を運び終え、妻と部屋で一息ついていました。
そのとき、また携帯電話が鳴りました。
人事部長でした。
「配属先が変わりました。」
何が起きたのか分かりませんでした。
続けて、こう言われました。
「研修課です。」
ぼくは妻と顔を見合わせました。
妻は、信じられないという表情で、ぼくを見ていました。
ぼくも、同じだったと思います。
名古屋へ向かう前、妻に言った言葉を思い出しました。
「名古屋は一年だけ。俺は一年後、本社の研修課に行く。」
本当に、一年後でした。
本当に、研修課でした。
奇跡が起きた。
そう思いました。
その夜は、ほとんど眠れませんでした。
教師になる夢は、ずっと前に終わったと思っていました。
大学時代、教育実習に行くのが怖くて、自分でその道を閉ざしたことがありました。
もう戻れないと思っていました。
でも、人生は思いがけない形で、もう一度、人を育てる場所へ連れてきてくれました。
マイク
本社へ異動して、三日後。
部長から声をかけられました。
「再来月の全体会議で、グループ会社を代表して報告をお願いします。」
報告する内容は、品質活動についてでした。
一瞬、時間が止まりました。
でも、断ろうとは思いませんでした。
頭に浮かんだのは、たった一つ。
こんなに早く、舞台を用意してくれた。
報告の日がやってきました。
会場へ入ると、講演会場のような空間が広がっていました。
整然と並んだ椅子。
演台。
そして、百人近い人たち。
十五歳のぼくなら、その光景を見ただけで、足がすくんでいたと思います。
名前を呼ばれました。
演台へ向かいます。
マイクを持ちました。
ひんやりとした感触が、手のひらに伝わります。
不思議なくらい、頭の中は静かでした。
考えていたのは、目の前の人へ届けること。
それだけでした。
話し始めます。
名古屋の営業所で、何が起きたのか。
何を大切にしてきたのか。
どんなふうに、現場の空気が少しずつ変わっていったのか。
一つひとつ、言葉にしていきました。
特別な成功談を話したかったわけではありません。
派手な方法を伝えたかったわけでもありません。
ただ、現場で働く人を信じること。
目の前の一人を大切にすること。
小さな行動を積み重ねること。
その先に、職場の空気が変わる瞬間がある。
そのことを、届けたかったのだと思います。
一人ひとりの顔を見ながら、言葉を届けました。
途中で止まることもなく、最後まで話し切りました。
「ありがとうございました。」
頭を下げると、会場いっぱいに拍手が響きました。
その拍手を聞いた瞬間、胸の奥から、喜びが込み上げてきました。
席へ戻ると、所属部署の部長が笑顔で近づいてきました。
「最高に良かったよ。」
その一言が、何よりうれしかった。
家へ帰ると、妻が待っていました。
ぼくは玄関に入るなり、笑いながら言いました。
「M-1優勝したぐらいうれしかった!」
妻は笑って言いました。
「そんなに?」
ぼくは何度もうなずきました。
あの日の気持ちは、本当にそれくらいうれしかったんです。
十五歳の教室では、名前を呼ばれることが怖かった。
大阪では、朝礼を楽しみにしてくれる人ができた。
名古屋では、職場の空気が変わった。
そしてこの日は、百人近い人の前で話していた。
同じ出来事なのに、見える景色は、まるで違っていました。
それからしばらくして、退職を考えるようになりました。
会社が嫌いになったわけではありません。
むしろ、たくさんの経験をさせてもらいました。
人前で話す舞台ももらいました。
仲間にも恵まれました。
それでも、心の中に、消えない思いがありました。
本を書いてみたい。
音声配信をしてみたい。
自分の経験を、誰かに届けてみたい。
人生は何歳からでも変えられる。
そのことを、自分の言葉で伝えてみたい。
そう思う一方で、不安もありました。
本当にできるのか。
収入はどうなるのか。
今さら挑戦して、失敗したらどうするのか。
頭の中には、いくつもの声が浮かびました。
でも、その中に、昔から聞き慣れた声もありました。
やめておけ。
失敗するぞ。
笑われるぞ。
その声に従えば、きっと安全でした。
でも、それはまた、自分から逃げることのような気がしました。
上司からは引き止められ、代替案も出されました。
ありがたい話でした。
でも、心のどこかで、何かが引っかかっていました。
その話を妻にしました。
妻は静かに聞いたあと、こう言いました。
「それ、やりたい仕事?」
すぐに答えられませんでした。
言葉に詰まったぼくを見て、妻は言いました。
「それが答えじゃない。」
収入がなくなる不安もあったはずです。
それでも妻は、生活の不安より、ぼくの人生を見てくれました。
その言葉に、背中を押されました。
退職届を書いた日、ようやく書けたと思いました。
何度も踏みとどまってきたからこそ、その紙はただの書類ではありませんでした。
自分の人生を、自分で選ぶための一枚でした。
逃げるために辞めるのではありませんでした。
逃げないために、辞めるのだと思いました。
霧雨
退職した翌日の朝でした。
時計は、八時半を少し回っていました。
空は灰色。
細かな霧雨が、静かに降っていました。
左手には、透明なゴミ袋。
今日から、ゴミ拾いを始めよう。
そう決めて、家を出ました。
家のマンションの一本隣。
昨日まで、会社へ向かっていた道を歩きます。
今日は、急ぐ必要がありません。
立ち止まってもいい。
ゆっくり歩いてもいい。
そんな朝は、何年ぶりだったでしょうか。
イヤホンから、中島みゆきさんの『糸』が流れてきました。
その歌が胸に触れた瞬間、足が止まりました。
道端に落ちていたタバコの空き箱を拾います。
透明な袋へ入れます。
カサッ。
小さな音がしました。
その瞬間、涙があふれました。
どうして涙が出たのか、今でも説明はできません。
退職したからなのか。
ほっとしたからなのか。
新しい人生が始まったからなのか。
分かりません。
ただ一つ、分かることがありました。
こんなふうに朝の道を歩き、落ちているゴミを拾える自分になれたことが、ありがたかったんです。
誰かに評価されるためではありません。
誰かに見せるためでもありません。
自分で決めたことを、自分の足で始めている。
そのことが、ただうれしかった。
涙がこぼれないように、少しだけ上を見ました。
霧雨の空は、やっぱり灰色でした。
でも、不思議と暗くは感じませんでした。
家へ帰ると、妻がいました。
ぼくは、さっきの出来事を話しました。
妻は何も言わず、最後まで聞いてくれました。
その時間が、とても温かく感じました。
翌日も、その次の日も、ゴミ袋を持って家を出ました。
道端に落ちているゴミを拾いながら、季節の花が咲いていることに気づきました。
鳥の声が聞こえることにも気づきました。
急いで会社へ向かっていた頃には、気づかなかった景色でした。
桜
春になりました。
妻と、近くの公園を歩いていました。
満開の桜が、風に揺れています。
去年も、同じ景色を見ていたはずです。
その前の年も、きっと歩いていました。
でも、ぼくは見ていただけでした。
仕事のこと。
人間関係のこと。
明日のこと。
頭の中は、いつも何かでいっぱいでした。
桜は毎年咲いていたのに、ぼくの心には、咲いていませんでした。
今年は違いました。
満開の桜も。
散り始めた桜も。
葉桜も。
どれも美しく感じました。
思わず、こうつぶやきました。
「桜って、こんなにきれいだったんだ。」
妻は笑って言いました。
「毎年咲いてるよ。」
ぼくも笑いました。
本当に、その通りでした。
最近、妻とよく公園へ行きます。
四つ葉のクローバーを探すためです。
しゃがみ込んで、草むらを見つめます。
「あった。」
妻が声を上げます。
「こっちにもあるよ。」
ぼくも見つけます。
顔を見合わせて、二人で笑います。
不思議なくらい、四つ葉のクローバーに出会います。
去年も、そこにあったのでしょう。
でも、あの頃のぼくには、見えていませんでした。
毎日、急いで会社へ向かい、頭の中は仕事のことでいっぱいでした。
足元にある小さな幸せに、気づく余裕なんてありませんでした。
今は違います。
立ち止まる時間があります。
空を見上げる時間があります。
季節を感じる時間があります。
そして、その時間を妻と一緒に過ごせることが、何より幸せだと思えるようになりました。
去年も、同じ景色を見ていたはずなのに。
ぼくは、ただ見ていただけでした。
今は違います。
風を感じます。
桜を感じます。
四つ葉のクローバーを探す時間を感じます。
そして、隣で笑う妻の存在を感じます。
あの日、鏡の前で自分に言いました。
「もう、お前から逃げない。」
あの一言は、人前で話すための言葉ではありませんでした。
自分の人生から、逃げないと決めた言葉でした。
十五歳の教室から、ずいぶん遠くまで来ました。
それでも、あの日の自分が消えたわけではありません。
今も、心のどこかにいます。
怖がりで、逃げたくて、名前を呼ばれるだけで胸が苦しくなっていた自分。
でも、もう責める気持ちはありません。
あの自分がいたから、今のぼくがいます。
逃げ続けた時間があったから、逃げなかった一日が、人生を変えてくれました。
風が吹きました。
桜の花びらが、静かに舞っています。
ぼくは空を見上げました。
隣には、妻がいました。
それだけで、十分でした。
あの日、教室が世界のすべてだと思っていたぼくに、今なら伝えたい。
世界は、そこだけじゃない。
逃げなかった一日は、
人生を変える。
人生は、何歳からでも変えられる。
感謝。
