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“夫は自由でいいよね”と思ってしまう夜|1人5万円の寿司へ行く夫と、冷めたポテトを食べる私。それでも「どっちも正解」と思えるまで

夫は自分を優先する。私は子どもや夫を優先する。

どっちが正しいんだろう、と考えることがある。


週に2回までできるリモートワークは、
だいたい夫が眠い日の翌日だ。


私が

「再来週の木曜日、健診があるからリモートワークにしてくれる?」

と聞いても、

「大事な会議があるから無理!」と言う。


でも実際にその週になると、

水曜日に帰りが遅くなって、

木曜日は仕事が始まるギリギリに起きて、

そのままリモートワークをしていることがある。


なんだかな、と思う。


喉が渇いて、飲み物を買ったとき。

夫は、迷わず自分からゴクゴク飲む。

私はというと、

まず娘に「飲む?」と聞いて、先に飲ませる。

そして夫にも「いる?」と聞く。

自分はそのあと。

なんなら、自分自身は口をつけずに飲む。


外食でもそうだ。

夫はチゲ鍋や辛口カレーなど、
そのとき「自分が食べたいもの」を頼む。

私は、

子どもが食べられるものを選ぶ。

最近はお子様セットを頼むことも増えたけれど、

結局「ちょーだい」と言われたり、
そもそもお子様セットを食べなかったりすることもある。

だから結局、

“みんなが食べられるもの”に落ち着く。


そして、こういう小さなところにも出る。

犬の水が少なくなっていると、

私はすぐに気づいて足す。

でも夫は、

空っぽになっていても気づかない。

悪気があるわけじゃない。

ただ、

見ているところが違うんだと思う。


それは、休日の過ごし方にも出る。

夫は、ふらっと言う。

「ちょっとジム行ってくる」
「ランニングしてくる」
「美容室行ってくる」
「歯医者行ってくる」
「友達とご飯言ってくる」

わりと、いきなり。

そしてそのまま、2~3時間、長いと5時間以上、出かける。


私はというと、

事前に、

「この日、少し見てもらってもいい?」と聞く。

0歳と2歳をお願いするから、

タイミングも気にするし、
予定も合わせる。

それでも当日、

「やっぱり仕事で無理」と言われることもある。


だから結局、

自分の予定は、なかなか実行できない。


夫は、ひとりで、
あるいは友達と、

子どもが入れないようなお店に行くこともある。

たとえば、高級なお寿司屋さん。
この前は1人5万円のコースを食べてきたらしい。

同棲していた彼女に振られたという男友達を励ますため、
毎週末その人の家に泊まりに行っていた月もある。

その間、

私はいつも通り、子育てをしている。

「マルチタスクの私」と、「シングルタスクの夫」


夫は、先のことをあまり考えない。

たとえば、お風呂に入れてくれるとき。

何も用意せずに子どもをお風呂へ入れる。

タオルや着替えは、私が準備する。


逆に私が入れるときは、

最初から最後まで、全部自分で準備する。

平日は一人でやっているから、

正直、できなくはない。

でも——

夫がいると、やっぱり期待してしまう。


また、ごはんを作ってくれるときもそうだ。

18時から作り始めて、

こだわって、こだわって、

出来上がるのは20時半。


私は、

子どもの就寝時間から逆算して動く。

「明日はプレ幼稚園があるから、早く寝かせよう」

そういう発想が、夫にはあまりない。


娘が「ママー!来てー!」と呼べば、

私は反射的に手を止めて向かう。

だから家事は、だいたい予定通りに進まない。


でも夫は、

呼ばれても、

たとえ娘がうんちをしていても、

大泣きしていたとしても、

自分の筋トレを最後までやり抜く。

そして翌日、

筋肉痛で抱っこできないとか言う。


正直、最初は思っていた。

なんで?って。


でも、あるとき思い出した。

飛行機の話。


もし機内でトラブルがあって、

酸素マスクが落ちてきたとき。

「まずは自分が先につける」

子どもより先に。


それは、

自分が意識を失ってしまったら、

子どもを守れなくなるから。


高い場所では、

数秒から数十秒で意識を失うこともあるらしい。

だからまず大人が安全を確保して、

正常に判断できる状態になってから、

子どもを助ける。


世界共通のルール。


それを思い出したとき、

少しだけ思った。


もしかして、

夫の「自分優先」は、合理的なのかもしれない。


自分が満たされているからこそ、

余裕を持って動けるのかもしれない。


でも、それでも。


目の前で「ママ」と呼ばれたら、

手を止めてしまうし、

お腹が空いていそうなら、

先に食べさせたくなる。


お互い命の危機がある場面じゃないし、

合理性を飛び越えて、子どもを優先したい。


それはきっと、

愛情であり、ある意味では私の「わがまま」なのだと思う。


夫が間違っているとも思わないし、

自分が正しいとも思わない。


ただ、

優先順位が違うだけ。


でも、ひとつだけ願うことがある。


もし自分を優先することで、

「余裕」が生まれるのなら。


その余裕のほんの一部を、

子どもと向き合う時間に向けてほしい。


一緒に遊んだり、
呼ばれたときに応えたり、
まだ拙い言葉で一生懸命伝えている話を聞いたり。


ほんの少しの歩み寄りで、

この家の空気は、

もっとやわらかくなる気がするから。


今日も私は、

娘に呼ばれて手を止めて、

夫は筋トレを続けている。


不公平なようでいて、

どこかでバランスが取れている。


そんな歪で、でも愛おしい日常の中に、私たちはいる。

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