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💔モラハラで離婚した私の記録①|静かなる逃避


こんばんは⭐️KPカエルです。
今回は、先日こちらの記事でお話ししたテーマの第一弾として「私が離婚を決意した理由」を綴ります。



☝️モラハラ夫とは?

出典:アディーレ法律事務所「離婚の原因|離婚理由ランキング」
https://www.adire-rikon.jp/special/01.html



これはHPの切り抜きですが、「精神的に虐待する」ことイコール、モラハラ(モラルハラスメント)というのは皆さんの共通認識ですよね。
男性・女性側両方の離婚原因の上位に入っていることからも、相手の繰り返される心無い言動に傷つき離婚に踏み切っている人が大勢いることがわかります。

モラハラ夫についてもどんな夫のことを言うのか、よく知られていると思いますが、あらためてAIに教えてもらいました。


Q:モラハラ夫の定義を簡潔に教えて下さい。

A(AI):モラハラ夫とは、言葉や態度によって配偶者を精神的に支配・傷つける夫のこと。
暴力は伴わず、見えにくい形で継続的に相手を否定・無視・侮辱・コントロールし、自尊心を損なわせます。

例:

  1. 無視する、会話を拒否する

  2. 些細なことで怒鳴る

  3. 外見や人格をけなす

  4. 判断力を奪うような発言(「お前はバカだから何もできない」など)

目に見えにくいため、被害に気づきにくいのが特徴です。


💔 私の経験①:12年間のすり減り

(自分らしさを失った過程)

そうそう、その通り。
離婚した私の夫は、絵に描いたような典型的なモラハラ夫でした。
本人に自覚はなく、暴力はふるわれていないし、優しく大事にされていると感じる時もあるのですが、じわじわと長い年月をかけて自分らしさを剥ぎ取られていき、逃げ出さなければ心が死んでしまう!と感じました。
実際、12年かかって逃げた後には何も残っていませんでした。
大事な友人や、過去の思い出の写真や、お気に入りの服やアクセサリーも。
全て、彼が気に入らないと言ったものたちです。

モラハラっていう言葉、当時はメジャーではなかったと思います。
確か、タレントの三船美佳さんが離婚理由として挙げたことで話題になっているのをテレビで見て、あ!うちもこれなんだ、立派な離婚理由になるんだ、と気づかされたような。


💣 暴力ではなく、精神的支配


夫と結婚した後、すぐに子どもに恵まれて、私は専業主婦になりました。
結婚前に、大学を中退した挫折感を味わい、就職活動の経験もなかったので、バリバリ働く自分の将来像は皆無でした。
かといって、専業主婦でいたいと希望したわけでもありませんが。
夫からしたら、囲うにはもってこいの妻だったんだと思います。


その頃の自分の状態はこうでした。

  • 良いお家柄でもなく、大学も出られなかった。私に誇れるものは何もない。

  • 結婚したら、子どもを産み、母として家事・育児に勤しむのも普通のこと。

  • 懸命に働いてくれているから、ストレスを家で発散しちゃうのもある程度は仕方ないんだろう。

  • 成り行きにまかせて、ダメだったらやめればいい。最悪死んでもいい。

  • 子どものためにも、事を荒立てたくない。とにかくその場は謝って切り抜けるのが一番

  • 我慢していれば、丸くおさまる。

  • 泣きたくないのに、勝手に涙が出てきて止まらない。


夫は、直接私に手をあげることはありませんでしたが、ちょっとしたことで不機嫌になり、運転中、急にスピードを出して暴走したり、汚い言葉で罵ってきたり、壁や家具を殴って壊したりしました。

私が妊婦で、つわりで何も食べられなかった時も、「仕事で疲れている中、心配だからお弁当を買ってきてあげた」という気持ちだったんでしょうね、
「いい加減、何か食えよ!!」
と、弁当を叩きつけられて震えたこともあります。

私は子どもの頃から親や先生の顔色を伺って生きてきたので、典型的な優等生でした。
声を荒げて怒られた経験がほとんどないので、相当怖かったです。
物を目の前で壊されるのも、とんでもない恐怖でした。

でも、当然ですが、良い部分もありました笑、
機嫌が悪いのは日常茶飯事ではなく、特にひどいのは年に数回くらいの頻度なので、慣れとやり過ごす癖もついていきました。
まぁ、家事育児は全くやりませんでしたが。そんなものを求められるレベルではなかったので、頼ろうなんて鼻から思いもしませんでした。

全ては、子どものため、ですね。
いえ、違うかもしれません。ただ、結婚して母親になった以上は、それを貫くのが当然だと、優等生らしい考えだっただけかもしれません。
自分も怖かったので、純粋に、子どもを怖がらせたくない、と思っていました。


・夫は、外面がいい人でした。

私の実家の両親や、ママ友など、みんなから理想的な旦那さんだと言われていました。
話題を提供するのがうまく、家の外では気配り上手で、率先して私に目配せをして働かせていることは、周りの人からはいい旦那さんとしか見えなかったようです。

・夫は、束縛が激しい人でした。

日中、電話をかけてきては、今家にいないの?誰と一緒にいるの?と心配という名の詮索を頻繁にしました。
その中に男性が混ざっていると(学校の役員会とか💦)、浮気を疑うような発言をされることも。
挙げ句の果てには、自分と子どもの顔が似ていないから、よそで作ってきたんじゃないかと疑う始末。
その発想が気持ち悪く、うんざり。
こんなに家族のことだけを思って主婦業を頑張っているのに??褒めたり感謝することなく、ひたすら疑うことしかできないの?と失望しました。


夫は金遣いが荒い人でした。

営業という職業柄、日々夜のお付き合いで後輩や取引先の人にご馳走し、土日はゴルフや釣りの付き合いで毎週のように出かけていました。
仕方ないとは言っても、家計の圧迫は酷く、仮に手取り30万だとすると、交際費のカード請求が25万円来たこともありました。
当時家のローンに月々11万円払っていたので、途方に暮れました。
子ども2人の将来の学費どころか、食費もままならない時期もありました。


・夫は仕事熱心な人でした。

休みの日は寝ているか、仕事の付き合いで出掛けているかのどちらかで、平日は飲み付き合いも多く、育児なんて、どうだろう??1ヶ月に数回、こどもをお風呂に入れてくれるくらいだった気がします。

私が40℃近い熱を出した時も、仕事を早く上がって帰ってきてくれることはありませんでした。
実の母親には、インフルエンザなら感染ると困るから看病には行けないと言われ、夫には仕事を抜けられないと言われ、ふらふらの状態で運転して病院を受診したこともあります。


🕊️ 逃げる決意と始まり


書いても書いても書き足りないくらいですが、今思えば、良かったと思える部分は本当にわずかだったと思います。結婚して2年くらい経過した頃には、ただ法的に家族として拘束されている、と思うようになりました。

子どもが大きくなり、家の外での活動やママ友付き合いが盛んになって、よその家庭がどんなかを知れば知るほど、私と夫の関係は歪だと確信しました。

けれど、夫に逆らうとどんな目に遭うか、
離婚したいなんて口にしたら、刺されるかもしれないと、本気で思っていました。


それならば!と、夫を刺激しないように、準備を進めながらの「静かなる逃避」が始まります。

程度の差はあれ、モラハラに苦しんでいる人は、この頃の私のような思いをしていると思います。

世に一般的に言われている”法的な手続き”は、跳ね除けられたら終わりです。そのあとに待っているのは、さらなる報復に耐える日々。
そして子どもたちにも極力辛い思いをさせたくない。

この思いから、子どもたちが寝たあと、丸3年かけての用心深い話し合いと説得が始まります。
こんなの間違ってるし、私は私らしく生きたい。子どもに申し訳ない気持ちはすごくあるけど、私が幸せに笑っている方が、子どもも嬉しいはず!
そう信じて、強い気持ちで推し進めました。

そんな、話し合うだけでは上手くいかないよ、と思われるかもしれませんが、気持ちの持ち方とか、どんな準備をしたか、相手の気持ちを諦めに変えていった方法、などを順にまとめていきたいと思います。

同じように悩んでいる方のヒントになれば嬉しいです。次回は「モラハラ夫と冷静に向き合った日々」について綴ります。


今回はここまで。

読んでくださり、ありがとうございました!


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